第10話

しかし近づいて見ていると目の周りにシワが刻まれていて、疲れを感じさせる顔だ。



プリクラのクリちゃんとは雰囲気がよく似ている。



「アキナの友達?」



門の前まで出てきてくれた女性が頬に手を当てて聞いてくる。



ここでもすぐに和がクリちゃんのプリクラを見せることになった。



「あぁ、隣町のアコちゃんね」



プリクラを見てすぐに破顔する。



アコのことはよく知っているみたいだ。



「アコちゃんは元気?」



和へ向けてそう訊ねる女性はアコが死んだことをまだ知らないようだ。



一瞬目配せをして、加菜子が半歩前へ出た。



「実は今日はアコの葬儀だったんです」



その言葉に女性がポカンと口を開けて絶句する。



大きな瞳が左右にゆれていた。



「アコちゃんが、どうして?」



「おそらく自殺です。でも、私は違うと思っています」



思わず声が大きくなってしまう。



ここで感情的になっても、この女性を困らせてしまうだけだとわかっているのに。



「自殺……」



女性に明らかな動揺が走った。



視線を漂わせ、胸元でせわしなく両手を握りしめたり話したりを繰り返している。



「クリちゃんも、一月前に自殺したと聞きました」



続けて言うと女性は手の動きを止めて私を見つめた。



その目はなにかを見定めようとしているかのように思える。



次になにを言うべきか、考えているようだ。



やがて女性はふっと息を吐き出して「よかったら、上がって」と、つぶやくように行ったのだった。


☆☆☆


クリちゃんの写真が飾ってある仏壇は棚の一角に収納するこじんまりとしたタイプのものだった。



仏壇に線香を立てて手を合わせる。



線香は高級なものを用意しているようで、甘くていい香りがリビングに広がった。



「あなたたちの言う通り、アキナはひと月前に自殺したわ」



女性、栗原アキナちゃんの母親は私達にお茶を出してくれて、それからソファに座って話しだした。



「アキナちゃんになにがあったんですか?」



聞いたのは加菜子だった。



しかしアキナちゃんの母親は左右に首をふると「なにもないわ。あの子に限って自殺するようなことはなにも」と、言い切った。



誰でも身内が自殺すれば、同じようなセリフを言うかもしれない。



それは自殺した身内が自分たちになにも相談することなく逝ってしまったことを受け入れることができず、やむおえず反発しているに過ぎない。



けれど、この女性に限ってはなにか他に理由がありそうだった。



「あの子、夜中に一人で泣いてたの。『死にたくない。死にたくない』って、怯えたように呟いてた」



その光景を鮮明に思い出したのか、顔が歪む。



「あれほど死ぬことを怖がっていた子が、自分から死ぬはずがないわよ」



女性は写真の中のアキナちゃんへ視線を向ける。



アキナちゃんはそこでずっと変わらない笑顔を浮かべている。



「死ぬのを怖がっていたってことは、なにか死ぬようなことがあったってことか?」



和が普段よりも少しだけ柔らかな声色で訊ねた。



女性は一瞬怪訝そうな目を和へ向けたが、すぐに気を取り直したように話し始めた。



「それが、よくわからないの。『死ぬわけがない。そんなに怖がらなくていい』って言っても、あの子全然聞かなくて。『無理やり自殺させられるんだ』とかいい出して、もうなんのことだかわけがわからなくて……」



女性は深い溜め息を吐き出すが、私達は目を見交わせた。



間違いない。



アキナちゃんには呪いのメールが届いていた。



そしてそれが呪いのメールであると、アキナちゃん自身が知っていたのだ。



だから『無理やり自殺させられる』なんて不可解な日本語が出てきたのだ。



そしてきっと、24時間以内に言葉どおり、自殺させられた……。



「自殺なんて考えなければいいのよと諭したけれど、アキナは『違うんだ。そうじゃないんだ』ってずっと泣いてて、どうしようもないからその日は朝までずっと一緒にいたのよ。それでようやく落ち着いてきて、学校へ行ったの。とりあえずこれで大丈夫だろうと思ったのよ。



アキナが帰ってきたらまたしっかり話し合おうって。だから、とにかくアキナが元気になるように夕飯にはアキナの好物ばかりを作ったの。カレーにハンバーグにエビフライ。あの子ったら、高校生にもなってお子様ランチみたいな食べ物が好きだったから」



アキナちゃんのことを思い出しているのか、女性の顔は幸せそうだった。



食卓を囲んで好きなものを好きなだけ食べるアキナちゃん。



しかし、その姿は永遠に見られなくなってしまった。



次の言葉を続けようとして、不意に女性の顔色が曇った。



「でも……一口も食べてくれなかった」



アキナちゃんはその日の昼頃、学校で死んだそうだ。



備品庫からロープと脚立を持ち出して、体育館舞台の幕を吊るしているレールで首を吊った。



「あの子が自殺するなんて、絶対にありえないのに!」



女性は両手で頭を抱えて叫ぶ。



アキナちゃんの死体を発見した誰かはすぐに女性へ連絡したのだろうか。



そして女性は病院で事切れているアキナちゃんを見たのだろうか。



食卓にはどんどん冷えていく食事が用意されていたんだろうか。



どれもがやるせなくて、言葉が出てこない。



1度も会ったことのないアキナちゃんことを思うと、目の奥がジンッと熱くなってきた。



でも泣いている場合じゃない。



私達にはやらないといけないことがあるんだから。



「実は、アコも同じです。アコが自殺する原因がどうしてもわからないんです」



私は声を絞りだした。



どうにかアキナちゃんとアコの死が共通しているものだと、探り当てたい。



女性がそっと顔を上げた。



その目は赤く充血している。



「アコちゃんもアキナと同じ?」



「おそらくは。それで、その原因がスマホの中に隠れているかもしれないんです」



アキナちゃんにもあの呪いのメールが届いていることは明白だと思う。



だが、確信ではない。



私達はアコに届いた呪いのメールは見ているがアキナちゃんに届いたメールは見ていないから。



「そういえばあの子、メールがどうとか言ってた気がするわ」



ハッと小さく息を飲んで女性がつぶやく。



今までアキナちゃんの死とか、自殺の真相とかに振り回されてすっかり失念していたみたいだ。



「それ、今見ることができますか?」



思わず身を乗り出す。



女性はちょっと待っていてと言いおいてリビングを出た。



すぐに階段を上がっていく足音が聞こえてくる。



どこかの部屋のドアを開閉する音。



きっと、アキナちゃんの部屋にスマホも置いてあるんだろう。



アキナちゃんの部屋が生前のまま残されている様子が目に浮かんでくるようだった。



しばらくして階段を降りてくる足音が聞こえてきて、女性が戻ってきた。

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