第8話

「プリクラがあるの!?」



思わず身を乗り出す。



相手の顔がわかれば、探し出すこともできるかもしれない!



「あぁ、あるけど。見るか?」



私と加菜子は同時に頷いた。



和は怪訝そうな表情を浮かべながらもズボンのポケットからスマホを取り出した。



画面をひっくり返すと、透明ケースと本体の間に数枚のプリクラが挟み込まれている。



そのどれもにアコの姿が写っている。



「この子だよ」



一番上に挟み込まれているプリクラへ視線を向けると、そこには制服姿のアコと見知らぬ少女が一緒に写っていた。



グレーの制服に身を包んでいるその少女はアコを手をつなぎ、大きな口をあけて笑っている。



「この制服、今日の葬儀で見た!」



ハッと息を飲んで思わず声をあげる。



「本当か? これ○○高校の制服なんだ。その学校に何人か友達がいたみてぇだな」



○○高校!



ついさっき隣街の新聞で読んだばかりの名前だった。



「名前とかわからないよね?」



写真の中の少女は和が言う通りに自殺するような子にはみえない。



アコと同じで活発で明るい印象を受ける。



もちろんそれはひと目みた印象でしかないけれど、もしもこの子まで自殺ということだったら呪いのメールの存在に信憑性が増していくことになる。



「名前か……たしかクリちゃんって呼んでた気がする。名字が栗浜だとか、栗原だとか、そんな感じだっけな?」



プリクラともらったときに少しその子の会話をしただけだから、記憶は鮮明じゃない。



だけど○○高校に通っていたクリちゃんという情報だけで十分だった。



なにせ彼女はもうすでに亡くなっている。



亡くなった生徒の中でクリちゃんと呼ばれていた子は、そんなに多くないはずだ。



「ありがとう和。助かった」



「いいけど、死んだ人のことなんて聞いてどうするつもりだよ?」



「ちょっと、調べ物をしているだけ」



「調べ物って、もしかしてアコに関係してることなのか? それなら俺も手伝う」



勢いよく立ち上がる和にベンチがギッと短く悲鳴をあげた。



「でも……」



意気消沈している和にこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。



加菜子もそう考えているようで困ったように首をかしげた。



「頼むよ! なにかしてないと、頭がおかしくなりそうなんだ!」



頭を下げて懇願する和に慌てて「そこまでしないで」と諭す。



周りから変な目で見られてしまう。



それに、普段ヤンチャな和がここまで頼み込んで断れるわけがなかった。



「これから隣町の○○高校へ言って、クリちゃんについて聞くつもり。和もついてきてくれる?」



「おう! もちろんだ!」



そう答える和は少しだけ血色が戻っていたのだった。





3人でバスに乗って隣町に到着したとき、時刻は3時を過ぎていた。



もう少しで学校が終わり、部活動が開始される時間帯だ。



「部活が始まってからのほうが学校に入りやすい」



という和の意見を尊重して、私達はバス停近くのファミレスで時間をつぶすことになった。



「ねぇ、さっきから店員さんがこっち見てない?」



ドリンクバーでいれてきたオレンジジュースに口もつけず、加菜子が耳打ちしてくる。



レジカアウンターへ視線を向けると、オレンジ色のエプロンをつけた女性店員がこちらから視線を外すところだった。



制服姿のまま来てしまったのが悪かったのかも知れない。



「もう3時過ぎてるし、堂々としてりゃ大丈夫だ」



和はこういうことに慣れている様子で、ストローを使わずにコーラーをがぶ飲みした。



ここに来る前の間に和には今までの自分たちの考えを伝えていた。



裕之のように一笑して終わるかと思ったが、アコの自殺に納得できていない和は協力的な態度を見せてくれた。



「和はメールのことどう思う?」



少し落ち着いてきたところで、話題をふる。



「正直わからねぇ。呪いのメールなんてよく聞く怖い話だし、それが実在するなんて」



そこまで言って難しい表情で窓の外へ視線を向ける。



ファミレスの窓からはよく手入れされた花壇がみえて、色とりどりの花々が風にゆれて遊んでいる。



平穏な午後の様子と、今の自分達の心境に差異がありすぎてふくざつな気持ちになった。



「問題は誰が送ってきてるのかだよね。犯人はスマホをハッキングして、新しいターゲットを探していると思うの」



加菜子が言っているのは、犯人が生きた人間である場合の話だ。



もしかしたら、実態のないものが犯人かもしれない。



そうなった場合、こうして調べることに意味があるのか、捕まえることができるのかという疑念が湧いてくる。



私はそういった疑念を振り払うように左右に首を振った。



今日1日で色々と考えすぎたようで、少し頭に熱がこもっている。



冷たいジュースを一口飲んでどうにか熱を冷ますと、スマホの時計に視線を落とした。



時刻は4時が近づいて来ている。



自分たちの学校では4時15分に終礼が行われて、放課後になるが、○○高校はどうだろうか。



次に動きがあったのは和が3倍目のジュースを飲み干したところだった。



時刻は4時を過ぎていて、窓の外には学生たちの姿がチラホラみえ始めたところだった。



「終わったみたいだな」



和が呟いて立ち上がる。



学生たちの中に葬儀場で見たあの制服が混ざっているのを発見して、私も立ち上がる。



3人でファミレスを出て歩いていても、この時間帯ならそれほどの違和感はない。



見慣れない制服だからときどき視線を向けられても、堂々と歩いていればやり過ごすことができた。



それから10分ほど歩いたところに○○高校があった。



灰色の高い壁が来るものを拒み、狭い門が注意深くこちらを伺っている。



自分たちの学校とほとんど変わらない外観をしているのに、こんな風に威圧感を覚えるということは、きっと自分の気持ちが深く関係しているのだろう。



文化祭や体育祭の見学といった理由でここへ来ていれば、もっと浮足立っていたに違いない。



校門から出てくる生徒たちのなかに葬儀場でみた少女の顔を探したけれど、さすがに見つけることは難しかった。



だいたい、彼女が葬儀に出席したあと学校に戻ったのかどうかもわからない。



「行ってみるしかねぇな」



校門前でしばらく立ち尽くしていたけれど、和が先頭に立って歩き出した。



生徒たちの数は少なくなってきていて、スムーズに校門を入ることができた。



灰色に塗装されている通路を昇降口まで向かう。



木製の昇降口は自分たちの高校とは違うものだった。



「ちゃんと、入り口から入らなくてもいいの?」



後ろについてきていた加菜子が不安そうに声をあげる。



本来なら来客用の窓口へ向かい、受付で名前を記入しないといけない。



けれどそうなると、ここへ来た理由も聞かれることになるのだ。



和は少しでもやっかいなことを飛ばして校内へ入ろうとしているようだ。



「少しくらいなら大丈夫だろ」



加菜子の方を見ずに答え、熱心に下駄箱の名前を確認している。



「ねぇ、さっきから何してるの?」



「クリちゃんの名前が残ってないか探してんだよ」



そう言われて近くの下駄箱を確認すると2年1組と書かれている。



聞いていなかったけれど、クリちゃんは私達と同い年だったようだ。



「1組なの?」



「わからねぇ」



どうやら虱潰しに探しているだけみたいだ。



私とは2組、加菜子は3組の下駄箱を調べることになった。



どの学年も3組まであるようだけれど、2年生だけを調べるのは簡単だった。



「クリちゃんらしき名字はなかったけど、ここだけ空いてたよ」



3組を調べていた加菜子がそう声をかけてきた。



確認してみると、一箇所だけ不自然に空になっている。

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