第6話

ネット上には無法地帯もあるはずだけれど、最近では好き勝手に書き込んでいた人たちが訴えられうなどの事例が相次いでいるため簡単にはそのサイトを見つけられないようになっていた。



「なんの情報も得られないのかな」



スマホで検索するよりも、新聞記事で読んだほうがいいのかもしれない。



そう思い始めたときだった。



手にしていたスマホが突然震え始めてビクリと肩を震わせた。




一瞬、自分にも呪いのメールが届いたのかと身構えたけれど、裕之からのメッセージだった。



葬儀が終わったあと裕之は学校へ戻ったはずだから、私達がいないことを気にしているみたいだ。



《裕之:学校に戻ってきてないけど、どうかしたのか?》



やはり、私達を心配するメッセージだった。



それを加菜子に見せてチラリと視線をかわせる。



もともと噂を知っていたのは裕之だし、もしかしたら噂の出どころを知っているかもしれない。



けれど、裕之はアコの死について呪いが絡んでいるとは少しも考えていないみたいだった。



裕之に相談するべきかどうか、少しの間逡巡する。



「ちょっとだけ質問してみたらどうかな?」



悩んでいる私に加菜子が言った。



「そうだね。このままじゃなにもわからないもんね」



もしかしたら裕之と喧嘩になってしまうかもしれないという不安を抱えていたが、今はそんなことを気にしてる場合じゃないと思い直す。



少しでも気になることがあるなら、聞いてみるしかない。



《結:今加菜子と一緒にいる。呪いのメールについて調べてるの》



送ったとほぼ同時に裕之から電話がかかってきた。



いつもと変わらない振動が、今は自分を叱りつけているように感じられる。



呼吸を整えてから電話に出ると『なにしてるんだよ』と、呆れた裕之声が耳朶を震わせた。



「ごめんね。でもやっぱりあのメールを無視はできなくて」



悪いことをしているわけではないのに、申し訳ない気持ちになってしまう。



『あれは単なる噂だって言っただろ? 呪いのメールなんて昔からよくある話だし、それを調べるつもりなのか?』



その問いかけに返事ができなくなってしまう。



確かに裕之の言う通りだ。



検索してみれば5万と出てくるし、その中から今回のメールと一致するものを探そうとすれば骨が折れるどころではない。



何日かかるかわからない作業になるだろう。



「でも、なにかわかるかもしれないし」



『なぁ結。こんなことはいいたくないけど、アコの死で遊んでないか?』



その問いかけに一瞬に頭に血が登った。



「遊ぶなんて、そんなこと……!」



そんなこと少しも考えていなかった。



衝撃と怒りで言葉がつっかえて思うような言葉が出てこない。



『……ごめん。今のはいいすぎた』



裕之の冷静な声が聞こえてくる。



裕之自身もアコの死に混乱していて、つい口走ってしまったのかも知れない。



「もういい。今日はこのまま学校を休むね」



これ以上声を聞いていたら本当に喧嘩になってしまう。



私はすぐに電話を切ったのだった。


☆☆☆


ネットで調べても出てこないのなら、図書館だ。



幸い加菜子の家から市立図書館までは距離が近く、歩いてでも行ける場所にあった。



平日の昼間ということで図書室の中に人はまばらで、時々幼い子どもを連れの親たちが子供に読み聞かせるための絵本を選んでいるくらいなものだった。



制服姿のままやってきた私達はまぐカウンターへ向かった。



生徒手帳を出して授業で調べ物をしに来たのだと、年配の図書館司書に説明する。



「新聞を読ませてほしいんですけど」



「それなら窓際に置いてあるわよ」



司書に案内された先には大きな窓があり、薄いカーテンが揺れている。



その手前に長机が並べられていて、新聞は長机が途切れた一角に置かれていた。



私と加菜子は司書に丁寧にお礼を言って新聞を手にとった。



ここには全国版の新聞と地方新聞とが並べられていて、隣町で最も読まれているものも置かれているのだ。



「葬儀にちょっと不思議な子がいたよ」



隣町の新聞を広げて活字を追いながら私は言った。



「不思議な子?」



「うん。見たこと無い制服きてたから、きっとこの辺の子じゃないんだと思う」



同じ市内であれば、制服だけでどこの高校の子かすぐにわかるはずだった。



「それに、メールがどうとか呟いてたきがするんだよね」



その声はとても小さなかったし、少女はすぐにいなくなってしまったから真相はわからない。



けれど、気になる存在だった。



「葬儀に来てたってことはアコの友達だよね?」



「たぶん、そうなんだと思う」



いいながらも首をかしげる。



アコの友人にしては無表情で、涙のひとつも流してはいなかった。



葬儀に参加した人全員が泣かないといけないわけではないけれど、それにしては蛋白な印象だったのだ。



声をかけて、引き止めるべきだったかもしれない。



今更悔やんでも仕方がないけれど、なにかヒントを聞き出すことができたかもしれない。



そう思ったときだった。



視界に《また高校生の自殺者か》という見出しを見つけて手を止めた。



加菜子と顔を寄せ合ってその小さな記事に目を通す。



《9月○日。17歳女子高生の遺体が河川敷に打ち上げられる。これで10人目》



10人目という数字に目が釘付けになる。



ニュース番組で見た限りでは3人目だと伝えていたけれど、それは自殺だと断定できる人数なのだろう。



新聞の中では自殺と思われる人数すべてがカウントされているため二桁を越えているのだ。



《河川敷で発見された少女は死亡が確認される。死因は溺死。外傷はなく橋の上から転落したものと見られる》



「見てここ」



加菜子が指先した記事へ視線を向ける。



《○○高校では臨時休校となり……》



「臨時休校ってことは、この○○高校で自殺者が相次いでるってことかな?」



「たぶん、そうなんじゃないかな?」



加菜子はせわしなく視線を泳がせている。



同じ学校で10人もの自殺者が出ていれば臨時休校になっても不思議ではない。



「この10人全員があのメールを受け取っていたとしたら、メールは親しい人たちにどんどん送りつけられていくってことにならない?」



いいながら背筋が寒くなった。



1度メールを受けた人間がいたとして、その周りの子たちにも同じメールが届くようになる。



つまり、アコに届いたということは、私や加菜子にも……。



その可能性に気がついて顔を見合わせる。



加菜子の唇がかすかに震えていた。



「もしかしてアコは隣町に友達がいたのかも。その友達がメールを受け取って、それでアコにもメールが届いた」



そう考えるとメールがどんどんつながっていく様子が浮かんでくるようだった。



チェーンのように切れ間なく、次のターゲットを狙っている。



「さっき、見たことのない制服姿の子が葬儀に参列してたって言ってたよね?」



加菜子に聞かれて私は頷いた。



あの子が隣街の子であった可能性は高い。



アコはやっぱり隣街に友人がいたんだ。



「でも、それだとちょっとおかしいよね」



「え? なにが?」

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