第5話
後悔するように舌打ちをして、苛立ちを押さえるために指先でせわしなく机を叩く。
「そうだよね。メールはただのメールなんだもんね」
アコにはきっと別に悩みがあったに違いない。
私達に言えないような悩みをひとりで抱えていて、それが爆発してしまったのだ。
そう考えるのが一番妥当だった。
そうなるとアコの悩みに気がつかなかったことが悔やまれるけれど、起きてしまったことはどうしようもない。
時間を遡ることはできないのだから。
せっかくの休憩時間でも、今日はにぎやかな笑い声が聞こえてくることはなかった。
他のクラスや学年でも真面目に登校している生徒は少ないようで、大半の生徒たちが今朝の騒動の中帰宅してしまっていた。
そして、放課後になっていた。
和はあのまま帰ってしまったようで、後か『今日は早退する』とだけ、裕之に連絡が来ていた。
「今日は大変な騒ぎがあったけど……」
担任の女性教師が教卓に立ち神妙な面持ちで残っている生徒たちを見つめる。
その目は少し赤く腫れていて、泣いていたのだとわかった。
「つい今しがた、川口さんは病院で息をひきとりました」
その声はとても小さくて聞き取るのもやっとだった。
それなのにその言葉は大きな爆弾となって2年A組に落とされた。
一瞬の沈黙の後、ざわめきが教室内に湧き上がる。
私は唖然として担任教師を見つめることしかできなかった。
アコが死んだ?
その事実を受け止め切れず、頭の中は真っ白だ。
ただ、飲み込みの早い生徒たちからすすり泣きの声が聞こえてきて、私はまるで他人事のようにその声を聞いていたのだった。
☆☆☆
もしも呪いのメールが本物だったとしたら?
そんなこと、とてもアコの葬儀で話題にできる雰囲気ではなかった。
アコの両親は終始泣き崩れていて、アコと中の良かった友人らは目を真っ赤に腫らしてハンカチで押さえていた。
その光景を見てようやく、あぁ、アコは死んだんだ。
と、実感が湧いてきた。
目の前にはアコのために作られた祭壇があり、アコの遺体が寝かされている真っ白な棺桶がある。
黒い額縁の中で微笑むアコは、私がよく知っている明るくて元気なアコそのものだった。
だけど今棺桶の中に入っていうるアコは違う。
生前のアコとは見る影もなくなっている。
「私がアコの手を掴んでいれば……」
私の横で加菜子が何度も悔やみの言葉を呟いた。
加菜子が死ぬ直前に会っているのだ。
その思いがどれだけ強いか、想像もできない。
「大丈夫、加菜子のせいじゃない。誰にも止められなかったんだよ」
私は小さな声でそう答えることしかできなかった。
「アコちゃんが自殺するなんて、ありえない」
そんな声が聞こえて来て振り向くと、そこには知らない学校の制服を来た女子生徒が立っていた。
女子生徒は長い髪の毛をポニーテールして、ジッと祭壇を睨みつけている。
「それってどういう意味?」
聞くと少女は一瞬視線をこちらへ向けて「アコちゃんが自殺するほどの悩みを抱えてたとは思えない」と、答えた。
それは私も同意見だった。
全く悩みのない人間はいないと思うけれど、アコがそこまで追い詰められているようには思えなかった。
「だとしたら、今回のことはどうしてだと思う?」
ふと思いついてそう尋ねると、少女は祭壇から床へと視線を落とした。
「呪いのメール」
小さな声でそう呟いた気がして「え?」と、聞き直す。
しかし少女は「なんでもない」と早口で答え、背を向けて斎場から出ていってしまったのだった。
☆☆☆
アコの葬儀が終わったあと私は加菜子の家にきていた。
6畳ほどの広さがあるフローリングに丸テーブルとベッド、本棚が並べられていてベッドの上にはピンク色のぬいぐるみがギュウギュウ詰めになるほど置かれている。
愛くるしいぬいぐるみの表情も、今はどこか哀愁が漂っているようにみえた。
「アコは本当にただの自殺だと思う?」
麦茶を一口飲み、十分に時間を開けてから私は言った。
加菜子は一瞬ビクリと体を震わせ、恐る恐るといった様子で私を見た。
「正直、そうは思わないんだよね」
実際にその目で自殺する瞬間を加菜子は見ていた。
その説明によれば、アコは目の焦点が合っていなかったという。
声をかけると振り向いたけれど、なにも見ていなかったと。
そして振り向いた状態のままフェンスを登り、なんの躊躇もなく飛び降りた。
今から自殺しようとしている人間の行動とは思えなかった。
自殺直前に友人に声をかけられて、少しも心が揺らがなかいなんてことあるだろうか?
いいや、アコの場合はこころが揺らがない所か、表情がなかったようだ。
自殺者をこの目で見たことがないからハッキリとはわからないけれど、もっと泣いたり、喚いたり、この世への恨みを吐き出すものなんじゃないだろうか?
それがアコは振り向いた状態のままで自殺をしたのだ。
フェンスを登るときにも顔だけは加菜子の方へ剥いていたという。
そんなこと、通常ではありえない。
「裕之は悩みがあったんだろうって言うんだけど、そう思う?」
加菜子は左右に首を振った。
誰がどう見たって、アコに自殺するほどの悩みがあったようにはみえない。
もしかしたら他人からすれば本当に些細なことを気にしていたのかもしれいけれど、そんな相談を受けたことも1度もなかった。
アコの親族だって、まるでなにがなんだかわからないといった様子で混乱の中葬儀を出していたようだった。
「あの写真が無関係だとは思えないよ……」
私もそれには同意見だった。
裕之が言っていたことを思い出して書き出してみると、メールを受け取った24時間以内に死ぬということだった。
アコが最初にメールを受け取ったのが何時頃かわからないけれど、昨日学校へ来たときにはすでに届いていた様子だった。
アコはきっかり24時間くらいで自殺した可能性がある。
「隣町ではやってるって本当なのかな?」
「わからない。でも、ネットで調べてみればなにか出てくるかも」
噂や都市伝説はすぐにネットで拡散される。
その中でどんどん尾ひれがついていったりするけれど、一度ネット上に出回った情報はそう簡単には消えはしない。
私と加菜子はそれぞれスマホを取り出して、それらしい言葉を入力して検索してみることにした。
呪いのメール。
自分の死体写真が送られてくる。
24時間以内に死ぬ。
それらの言葉で検索した結果、出てきたのは莫大な量の都市伝説だった。
何十万件ものヒットに一瞬メマイを覚える。
「こんなに沢山出てくるなんて」
思わずつぶやく声は暗く沈んでしまう。
「よくある都市伝説なんだろうね。小説や映画の宣伝まで出てくる」
この中から探し出そうとすると時間がどれだけあっても足りない。
「隣町の名前で検索してみようか」
ふと思いついたように加菜子がいい、検索をかける。
すぐに出てきたのは最近多い自殺者についての記事だった。
しかし全員が未成年のため名前や学校名はふせられておいて、詳しい情報は消されてしまっている。
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