第4話

☆☆☆


そう何度もアコにメールを送ってくるなんて、もしかして犯人はアコのことが好きなんじゃないだろうか?



わざとアコを困らせて、自分に頼ってくるように仕向ける作戦かもしれない。



そう考えて一瞬脳裏に浮かんできたのは和の顔だった。



そしてすぐにそれをかきけす。



まさか和に限ってそんなことをするとは思えない。



いくら写真などの加工が簡単できるからといって、あんなに手の混んだことはできないはずだ。



それに、和はそんなことをする人じゃないとわかっている。



じゃあ誰なのか?



もしかしたら、私達が知らないような相手がアコのことを好きになっているのかもしれない。



その相手がストーカー気質な人間だったとすれば、ありえないことじゃないかも。



でも、いくら考えてみても答えはわからないままだ。



とにかく明日のアコの様子を見て、どうしていくか考えないと……。


☆☆☆


しかし、それは不可能に終わった。



翌日いつもどおり学校へ向かった私は校庭に入る前に警備員に止められてしまった。



それは学校に常勤している警備員ではなく、見たことのない人だった。



しかも同じ制服をきた警備員たちが3人ほど校門前で立ちはだかっている。



一体なにがあったのだろうかと背伸びをして確認しようとしてみても、人垣に隠れてなにもわからない。



校舎に入れない生徒たちからは不満の声が漏れているが、それに対応している先生の姿はない。



それに、校舎前の道路には1台の救急車と3代のパトカーが停車しているのだ。



ただ事ではないことは明白だった。



「結!」



生徒たちでごった返す中声をかけられて振り向くと、青ざめた加菜子が校舎の方角から近づいてきた。



「加菜子。これ一体どうなってるの?」



聞くと加菜子は一瞬黙り込んでゴクリとツバを飲み込んだ。



口に出すのもはばかられるといった様子で強く身震いをして、ようやく口を開く。



「私、今日はちょっと早く学校に来たの。委員会の用事で」



加菜子は美化委員に入っていて、週に1度早く登校してきて校舎内の清掃を行っている。



今日がその日だったみたいだ。



「委員会のみんなで普段掃除市内場所を掃除してたの。私は屋上担当だったんだけど……」



そこまで言って言葉を切る。



さっきよりも顔色が悪くなっていることに気がついて、加菜子の手を握りしめた。



「そこに、アコがいたの」



「え?」



アコは美化委員の生徒じゃない。



そんなに早く登校して来る必要はないし、ましてや普段は施錠されている屋上に出ることなんてないはずだ。



「だから私、声をかけたの。なにしてるの? って」



「それで?」



「そしたらアコ、振り向いたの。でもその目は私を見ていなくて、どこも見てなくて……そのまま、フェンスを乗り越えて、飛び降りた!」



飛び降りた?



一瞬頭の中が真っ白になった。



アコが屋上から飛び降りた?



咄嗟に思い浮かんできたのはあの写真。



作り物の、たちの悪いイタズラ写真。



「なにそれ、笑えないんだけど」



自分の声が情けないほどに震えていた。



アコが飛び降りたなんて信じられない。



だけどじゃあ、目の前に広がっている騒動はなんなんだろう?



今加菜子が説明した通りのことが起こっているから、校舎に入ることを禁じられているんじゃないだろうか。



「私、今まで事情を説明してたの。目撃者は私1人じゃないから、今は他の子が説明してる」



加菜子の声も震える。



相当衝撃的な出来事だったのだろう、聞いてもいないことまでベラベラしゃべる。



「私見たの。アコが飛び降りた後も。あの写真とそっくりそのままだった。そんなことってあり得る?」



「そ、そんなわけないじゃん!」



思わず怒鳴りつけてしまっていた。



昨日家に戻ってからのアコからの電話を思い出す。



アコはあのとき本気で怖がっていた。



私はそれをただのイタズラだと言って、メールを削除するように伝えた。



そして、今朝、アコは死んだ……。



その事実が重たくのしかかってきて立っていられなくなる。



強いメマイに襲われたとき加菜子が手を差し伸べて体を支えてくれた。



「大丈夫?」



その問いかけに答えることはできなかったのだった。


☆☆☆


ようやく教室へ入ることができるようになったとき、アコの体はすでに搬送され、アコが落下したであろう地点には立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされていた。



ただそれだけの光景だったのに、私の胸には重たくのしかかってくる。



教室へ入った頃には半数の生徒たちが帰宅しており、教室内には静けさが漂っていた。



「結」



声をかけてきたのは裕之だ。



裕之もあの喧騒の中でアコが飛び降りたことを聞いているはずだった。



「裕之……」



名前を呼びあったものの、次に発する言葉を思いつかない。



「アコは大丈夫なんだよな? 病院に行ったんだよな?」



言葉をなくしてしまった私達の間に割って入ってきたのは蒼白顔の和だった。



和はせわしくなく教室内を眺め回していて、まるでアコの姿を探しているようだ。



「そ、そんなの大丈夫に決まってるじゃん」



強く言ったつもりだったけれど、声が裏返ってしまってほとんど声量がでていなかった。



加菜子が説明してくれたことを聞く限りでは、アコが無事であったとは思いにくい。



アコが落下した地点はコンクリートで固められており、屋上から落ちて平気でいられるような場所ではなかった。



それは和もわかっているはずだけれど、大丈夫だと口に出さないと精神的におかしくなってしまいそうなのかもしれない。



「そうだよな。大丈夫だよな」



そうつぶやく和の声は震えていて、今にも倒れてしまいそうだ。



「和、保健室に行ったほうがいい」



「なんでだよ。俺は平気だって」



「大丈夫じゃない。真っ青じゃないか」



裕之に説得されて、和は渋々教室を出ていった。



そのまま素直に保健室へ行くのか、それともどこかでサボるのかはわからなかった。



「アコはあの写真と同じ格好で死んでたって」



私は裕之にだけ聞こえる声で囁いた。



一瞬裕之の目が大きく見開かれる。



「まさか、あのメールのせいだっていうのか?」



「そうじゃないけど、でも……」



気になっていることは事実だったが、険しい表情になる裕之を見ていると最後まで言うことができなかった。



「あんな噂、聞かせるんじゃなかった」

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