第3話

「そっか」



和はほとんど関心がなさそうにしていたけれど、加菜子にはなにがあったのか聞いてきていたようだ。



そしてアコに送られてきたメールのことを知って、怒っていたと言う。



「ああいうメールが隣街で流行ってたってことだよね?」



「そうだね」



私の質問に加菜子は頷く。



自分が自殺している写真が送られてくる。



そして送り主に返信することはできず、特定も難しい。



そうなると、気にしすぎてしまう子もでてきそうだ。



本当に自分はこんな風に死ぬのかも知れないと思い悩んで、そして自殺してしまう。



全くありえない話ではないと思う。



特に高校生とか中学生くらいの多感な時期では、人間不信になったり鬱っぽくなってしまう子もいただろう。



「ふたりとも」



声をかけられて振り向くと随分と顔色のよくなったアコが立っていた。



少し照れくさそうにはにかんでいる。



「今日は朝から騒いじゃってごめんね。いきなりあんなメールが届いてちょっとパニックになっちゃって」



そう言って頭をかく。



「誰だってあんなメールをもらったらパニックにもなるよ!」



加菜子はまだ頬を膨らませて怒っている。



なにがなんでも犯人を見つけてとっちめてやると言わんばかりの迫力だ。



「もう大丈夫そうなの?」



「うん。落ち着いた。思ってみればあんなの人形でもなんでも作ることができるもんね」



アコは自分に言い聞かせるように言って自分で頷いている。



そうやって自分を納得させたみたいだ。



「そうだよ。昔の不幸の手紙がちょっと進化しただけだからね」



不幸の手紙も出始めたときには大人だって怖がって、本気にしてしまった人がいると言う。



そういう人たちが自分たちに不幸が降りかかるのを回避するために、他の不幸の手紙を出す。



それが連鎖して、結局世間を賑わすほどの大騒動に発展してしまったのだ。



今回も似たようなものだろう。



反応せずにいれば何ごともなく消えていくはずだ。



「そうだよね。ありがとう」



アコはホッとしたように微笑んだのだった。


☆☆☆


「結局なにも起きずに終わったな」



今日の放課後も私と裕之は肩を並べて帰っていた。



「そりゃそうだよ。あんなのただのいたずらだもん」



噂が本当で、アコの命が危ないなんてことになったらこんな風にのんびり帰ることはできていなかった。



「アコも落ち着いたみたいだしよかったけど、和の反応見たか?」



その問いかけには私は一瞬足を止めた。



実は私も和については気にしていたところだったんだ。



「アコのこと、すごく気にしてたよね?」



アコが落ち込んで自分の席に座ったままだったとき、和は何度も話しかけに行っていた。



アコから返事がないときには返事があるまで声をかけていた。



それを見てもしかしたら、という気がしていたのだ。



「和からなにか聞いてないの?」



「いや、なにも」



裕之は左右に首を振る。



思えば和の恋愛経験とか、好きなタイプを聞いたことがないかもしれない。



少しヤンチャタイプでいつもにぎやかな和だけれど、女性に関してはもっぱら奥手なのかもしれない。



「もしもあのふたりが付き合いだしたらどうする?」



その質問に頭の中で和とアコがふたり並んで歩いている姿を想像する。



「なんだかうるさいカップルになりそうだね」



想像したままを素直に口に出すと、笑われてしまった。



ふたりとも口数が少ないタイプではないので、終始おしゃべりしていそうだ。



でも、それはそれでお似合いな気がする。



「あのふたりが付き合うようになったら、ダブルデートができるな」



「そうだね。それは楽しそう」



友人カップルと一緒にデートするのは憧れのシチュエーションだ。



きっと楽しくなるに違いない。



それがアコと和のカップルなら、なおさらだ。



「でもさ、あのふたりが付き合ったら展開早そうだよな」



いいながら手を繋がれて、私は自然とその手を握り返していた。



「そうかな? ふたりとも恋愛に関しては奥手だと思うけど」



「だからだよ。両思いになったらあっという間だったりして」



どうして急にそんな話しになるんだろう?



そう思って裕之の顔を見上げると、すぐに視線をそらされてしまった。



「だ、だからさ、俺たちも……」



え?



と、問い返す前に裕之が身を屈めてきた。



気がついたら目の前に裕之の顔があって、唇に柔らかな感触が降り注ぐ。



ドクンッと心臓が高鳴って体が熱くなる。



少しの間唇を寄せ合い、そして離れたときにはやっぱり照れくさくて互いに視線をそらせてしまった。



周囲に人影はなく、遠くの公園から子供たちの笑い声が聞こえてきている。



「そ、そうだね」



まだキスをするだけでドキドキしてしまうけれど、それはきっと裕之も同じだ。



だって、耳まで真っ赤になっている。



「お、おう」



裕之は曖昧に頷き、私達はまた歩き出したのだった。


☆☆☆


家に戻ってからも裕之の唇の感触を忘れることができず、私はベッドに飛び込むようにして横になった。



うつ伏せに寝てクッションに顔を埋める。



思い出しただけで全身から火が出そうだ。



この前から私も裕之も意識している。



今よりも先の関係へ。



そしてそれはきっとそう遠くない未来に訪れるだろう。



「どうしよう……」



流れに身を任せてもいいはずだけれど、いざその時が近づいているとなると気になって仕方がない。



自分にできることなんて、少しダイエットをしておくとか、念入りに体を清めておくことくらいなのに。



幸せの余韻に浸っていたとき、テーブルに置いていたスマホが震えて体を起こした。



もしかして裕之からだろうかと期待したが、相手はアコからの電話だった。



「もしもし?」



アコと和のことが話題に上がっていたこともあり、少し期待するつもりで電話にでたのだけれど、その声は切羽詰まったものだった。



『結どうしよう! あの写真がまた届いたの!』



「え?」



そう言われてすぐに思い浮かんでくるのは今朝の出来事だ。



せっかく忘れていたのに、リアルに作られた死体写真を思い出してしまう。



あれがまたアコのアドレスに届いたというのだ。



「落ち着いてアコ。それ本当なの?」



『本当だよ! 朝に届いたのと同じ写真だよ!』



「たちの悪いイタズラだね。また削除したほうがいいよ」



『でも、それでいいのかな?』



「どういうこと?」



『削除してもまた送られてくるかも!』



それはそうかもしれない。



相手は何度もフリーアドレスを取得して、何度も同じ相手に嫌がらせをしている。



そう考えると、隣町での自殺の噂も納得できるものがあった。



数時間おきに自分が死体になった写真を送りつけられるのだ。



大人だって気分が滅入ってきてしまうだろう。



「大丈夫だよアコ。噂はただの噂なんだから。もしかしたら、あの噂を聞いたやつが面白半分でやってるのかも」



アコを説得しながらもまた怒りがこみ上げてくる。



犯人は怯えている私達を見て楽しんでにいるに違いない。



もしかしたら、自分たちが思っているよりもずっとそばにいて、実際に見ている可能性だってある。



それならなおのこと大きな反応は控えたほうがよかった。



「とにかくメールは消して、気にしないようにすることだよ」



『……そうだよね。わかった』



まだアコは納得していない様子だったけれど、実際に自分たちにできることはそのくらいことだ。



アコは何度か礼を行って電話を切ったのだった。

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