第2話

それが夕日のせいでないことはすぐにわかった。



照れ隠しのために上をむいたのだ。



私は微笑んで「そうだね。私もそう思ってるよ」と、答える。



そんなの当たり前のことだけれど、こうして声に出すとどうしてこんなに恥ずかしいんだろう。



気がついたらお互いに赤い頬をしていた。



そっと手を伸ばして握られた右手が熱くて、心音まで相手に聞こえてしまいそうに感じる距離。



手をつないで帰ることには慣れた。



校舎裏で誰にも秘密のキスもした。



でも、そのあとは……。



チラリと横目で裕之を見ると、裕之も私を見ていた。



互いに何も言わずにはにかんで微笑みあう。



そろそろ、もう少し先に進む時期がきたのかもしれない。



そんな予感を抱いていたのだった。


☆☆☆


この日もいつもどおり2年A組に登校してくるとアコが青ざめた表情で席に座り、うつむいていた。



「今日のアコどうしたの?」



荷物を置いてから加菜子にそっと声をかける。



加菜子は困ったように首をかしげて「私も何度も声をかけてるんだけど、全然反応してくれないの」と、つぶやく。



アコへ視線を向けると、相変わらず1人で座っていていつもの元気さはない。



風邪でもひいて体調が悪いのだろうかと思ったが、それなら素直に学校を休めばいいだけだ。



あんなに青ざめた顔をしてまで来る必要はない。



ということは、体調不良以外になにか原因があるはずだ。



そう思っていたとき裕之が教室に入ってきた。



視線がぶつかり、互いにほほえみ合う。



「相変わらずラブラブだねぇ。羨ましい」



加菜子がうっとりするような目で私を見つめる。



「そんなんじゃないよ」



付き合って1年目のあの日は結局真っ直ぐに家に帰るだけだった。



でも、私達の間ではもう心の準備ができている。



ふたりでともに過ごせる時間があれば、もう一歩を踏み出すことができるはずだった。



「ねぇ!」



ガタンッと椅子を蹴る音がして振り向くと、青ざめたアコが勢いよく立ち上がって裕之の方へかけていくのがみえた。



その表情は真剣そのものだ。



「アコ、どうしたんだ?」



圧倒された裕之がその場に立ち止まり、数歩後ずさりをする。



「この前言ってた噂って、ただの噂だよね!?」



突然アコに両肩をガッシリと掴まれた裕之は目を見開いて唖然としている。



「ねぇってば!?」



「う、噂ってなんのことだっけ?」



学校内での噂話は毎日のようにはびこっている。



そのどれもが些細無いことで、すぐに忘れてしまうようなものばかりだ。



それに、噂話しに関してならアコのほうが詳しいはずだ。



「ちょっとアコ、どうしたの?」



とにかくアコが話してくれたのをキッカケに、私と加菜子はふたりへかけよった。



しかし、アコはこちらを見ようともせずに裕之に詰め寄っている。



「噂ってもしかして、メールのことじゃない?」



加菜子に言われてようやく思い出した。



自分の死体写真が送られてくるという、あの噂のことだ。



アコは何度も頷いている。



「なんだ。あんなのを気にしてたのか」



事情がわかった裕之は安心したように笑顔になった。



「あんなのただの噂に決まってるだろ。それもよくある子供だましの噂じゃないか。そんなのを気にしてたのか?」



そう言って笑う裕之につられて私と加菜子も笑った。



「でも、アコがあんな噂に惑わされるなんて珍しいね?」



加菜子がふわりとした声色で言う。



様々な噂を集めることが大好きなアコだけれど、その噂に完全に踊らされるようなことは今まで1度もなかった。



特に、迷惑メール系とか、誰かに迷惑がかかるような噂については絶対に信じないタイプだ。



しかし、アコ1人だけが笑っていないことに気がついて私は顔から笑みを消した。



「本当にどうしたの?」



「……メールが届いたの」



それは普段のアコからは想像できないほどの小さな声だった。



今にも消え入ってしまいそうな声は、たしかに私の鼓膜を震わせた。



「メールって、もしかして噂のメール?」



聞き返すとアコは頷いて、スカートのポケットから白いスマホを取り出した。



画面に表示されていたのは手足の関節が逆を剥き、血に染まったアコの写真だった。



アコは写真の中で白目をむき、口はだらしなく開かれたまま止まっている。



作り物だとわかっているのに思わず顔をそむけたkなるようなひどい写真だ。



吐き気がこみあげてきてすぐに視線をそらす。



「これはひどいな」



写真を見た裕之が顔をしかめて呟いた。



誰だってこんなメールが送られてきたら気にするに決まっている。



アコが噂のメールについて気にしていたのは、このメールのせいだったみたいだ。



「悪質ないたずらだよ」



隣で青ざめた加菜子がつぶやく。



青ざめてはいるが、友人を傷つけられたことでその目は少しつり上がっている。



「本当だね。こんなの気にしないほうがいいよ」



よくできた合成写真だと思うけれど、白目をむいて顔はハッキリとアコだとは言い切れない。



他の誰かが死体のフリをして撮影していてもこんな風になると思う。



「ちょっと貸して」



裕之がアコのスマホを確認し始めた。



「知らないアドレスからだな。ちょっと送り返してみよう」



迷惑メールに返信するのは少しためらわれたけれど、アコの承諾を取って空メールを送ってみることにした。



もしかしたら相手からなにか反応があるかもしれない。



そう思っていたのだけれど、帰ってきたのはエラーメールだった。



宛先が存在しないと書かれている。



「存在しないってどういうこと?」



思わず両手で自分の体を抱きしめて裕之に尋ねる。



送られてきたアドレスはこの世のものではないのだろうか?



「きっとフリーアドレスを使ったんだろう。メールを送った後、すぐにアドレスを削除したんだ」



だとすれば相当な常習犯だ。



相手に嫌がらせメールを送りつけて自分の存在は決して明かさない。



それが今回の噂の真相のようだ。



「こんなメール気にしない方がいいって」



私はそう言うと裕之からアコのスマホを受け取り、メール自体を削除した。



見ているだけで気分が悪いし、アコもなにも言わなかった。



「はい。これで今回のことは終わり!」



パンッ! と手を叩くとアコの顔色が少しだけ良くなっていたのだった。



午後になるとアコの顔色は元に戻っていたけれど、やはりいつもの元気さはなかった。



あんな写真を見てしまったのだから仕方のないことだけれど、犯人を許せない気持ちがふつふつと湧いてくる。



人に嫌がらせをして楽しんでいるヤツがいると思うと腹が立つ。



「結、さっきから怖い顔してるけど大丈夫?」



休憩時間中、雑談をしていた加菜子が心配そうにそう言ってきた。



「え、あ、ごめん」



慌てて笑顔を作るけれど、どうもうまくいかない。



それもこれも、あの写真が脳裏にこびりついてしまっているせいだった。



一瞬見ただけの写真だったけれど、白目をむいて口をあけている少女の写真は衝撃的だった。



手足はあらぬ方向へむいていたし、地面には大量の血が流れていた。



あれは見方によってはどこか高い場所から落ちて死んだように見える。



「和も心配してたよ、アコのこと」

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