死体写真
西羽咲 花月
第1話
学校へ行く準備を進めているとき、ふとテレビニュースの音声が耳に入ってきた。
洗面所で歯磨きをしていた私は手を止めることなく、耳だけを傾ける。
『昨夜、17歳の少女が自宅で首をつっているのが発見されました』
同じ17歳という年齢に思わず手が止まる。
更にニュースキャスターが続けた言葉で、それが隣町での出来事だとわかった。
スッキリとし口腔内を水ですすいでリビングへ戻ると、母親は神妙そうな面持ちでソファに座ってテレビを見ていた。
ニュースはすでに新しいものへ切り替わっていたけれど、さきほどの話題を引きずっているのは明白だった。
「また隣町で自殺ですって」
振り向かずに声を大きくして言ってくる。
「うん。聞こえた」
隣町での自殺は最近相次いでいてニュースになるのはこれで3度目だったはずだ。
そのどれもが17歳前後の男女ばかりで、嫌でも意識してしまう。
「あんたは大丈夫なの?」
ふいに振り向いて聞いてくる母親にドキリとする。
「私が自殺? 絶対にないから」
苦笑いを浮かべて答える。
自殺する子たちがどんな生活をしていて、どんな苦労を持っていたのかわからない。
だけど少なくとも私はそこまで追い詰められた生活を送ってはいなかった。
「そう、それならいいんだけど」
母親はそれだけ言うと再びテレビへ視線を戻した。
ニュースは先日起こった海外での大規模地震について語っていて、もう隣町の自殺問題は過去のものになっていたのだった。
☆☆☆
飯沢高校2年A組に入っていくと侵入の山本加菜子がすぐに駆け寄ってきた。
加菜子はぽっちゃりしたタイプでそばにいるだけで癒やされる。
普段からニコニコとよく笑うタイプで、笑うとエクボができてなおさらマスコット的な可愛さを醸し出している。
そんな加菜子が今日は深刻そうな表情をしている。
眉間に寄せられてシワを見て私は「どうしたの?」と、声をかけた。
「今朝のニュース見た?」
そのひとことでなにが話題になっているのかすぐに理解した。
「また隣町の自殺?」
加菜子はうんうんと何度も頷く。
加菜子は隣街に友人が多いらしく、自殺ニュースに関しては前から気にかけている。
「ちょっと多くない?」
加菜子の言葉に今度は私が頷いた。
たしかに多いと思う。
全国の自殺者は年間2万人に登るらしいけれど、それにしてもこれだけ立て続けにしかも隣町の高校生に集中しているのは気になる。
「やっぱり、隣町でなにかあったんだと思うんだよね」
「なにかってなに?」
「それはわからないけど。なにかこう、大変なことだ」
ふわりとした説明に思わず笑ってしまいそうになるけれど、加菜子が言おうとしていることは理解できる。
自殺者が相次いでいる今、隣町ではヤクザがらみの連中が学生に手を出しているだとか、相当ヤバイ筋の子供が転校してきて好き勝手しているとか。
そういう噂が後をたたない。
「それ、私もそうおもう!」
突然後ろから声をかけられて振り向くと、クラスメートの川口アコが立っていた。
アコは150センチでショートカット、更に童顔のためよく小学生に間違えられている。
「ね、そうだよね?」
「うん。私が聞いた話だと、自殺した子たちはみんな変な宗教にハマってたって噂!」
「宗教? 高校生で?」
私は思わず聞き返す。
さすがにそれはデマなんじゃないかと思う。
しかしアコは目を輝かせて、隣町で蔓延しているという宗教について語り始めてしまった。
それを加菜子は真剣に聞いて、何度も相槌を打っている。
アコは元気で明るい性格をしているけれど、少し噂話が好きすぎる性格をしている。
今みたいに信憑性の薄い話でもすぐに信じてしまうのが玉に傷だ。
「まぁた変な話してんのかよ」
呆れ声を出しながら近づいてきたのは千田数と高橋裕之だ。
私は裕之と目を気交わせて軽く微笑んだ。
「金のない高校生が宗教なんかにハマるかよ」
「じゃあ和はどうして自殺者が相次いでると思うの?」
宗教説を一喝した和に加菜子が質問している。
「そんなの、イジメとか、勉強のストレスとか、そういうもんだろ?」
一番学生らしい理由だと思う。
私も和と同じ意見だった。
「えぇ? それじゃ普通じゃん!」
それに対して頬を膨らませたのはアコだった。
アコはできるだけ面白いものに飛びついていきたいタイプだ。
「普通でいいんだよ、普通で」
私は苦笑いを浮かべてアコをなだめる。
それでも不服そうに唇を尖らせるアコを見て裕之が笑った。
「そういえば、こんな噂もあるよ」
笑ったついでに、といった様子で裕之が言葉を続ける。
「隣町では今変なメールが流行ってるらしい」
「メール?」
私は首をかしげて裕之を見つめた。
裕之がこういう話に乗ってくるのは珍しく、みんな興味を引かれたように静かになった。
「あぁ。たぶんただの迷惑メールの類なんだろうけど、自分の死体の写真が添付されてるんだって。それで、そのメールを受け取った人間は24時間以内に写真と同じ状態になって死ぬんだとか」
背筋がゾクリと寒くなった。
背中を直に冷たい手で撫でられたような感覚があって思わず振り返る。
しかしそこには教室の白い壁があるばかりで人はいない。
「なにそれ、ホラー?」
怖いものが苦手が加菜子が顔をしかめている。
「ホラーちっくな迷惑メールだろ。昔で言う呪いの手紙」
和が冷静にそう説明して、裕之が頷いた。
「それにしても、死体の写真が添付されてるなんて悪趣味だね」
私は顔をしかめて呟いた。
しかもその死体写真は自分の死体だという。
つまりそのメールは未来で死んでいる自分の写真を送ってくるということなんだ。
考えただけで気味が悪い。
「ニュースになっている自殺はほんの一握りで、本当はもっと沢山の自殺者が出てるらしい。その全員がメールを受け取ってる」
続けて言った裕之に一瞬みんなが静まり返った。
ニュースになっているだけですでに3件の自殺だ。
それが、本当はもっと多い?
それこそ笑い飛ばすような噂話なのに、なぜか笑うことができなかった。
笑おうとしても頬がひきつってしまってうまくいかない。
「なぁんてな。全部ただの噂。そんなに真剣な顔するなって」
明るい声でそういう裕之に、ようやくみんなに笑顔が戻った。
「なんだよ。びびらせるなよ」
和はホッとしたように微笑んで裕之の肩を叩いたのだった。
☆☆☆
「もう1年かぁ」
放課後、私と裕之は肩を並べて歩いていた。
オレンジ色に沈んでいく校舎を尻目に校門を出る。
「そうだね、1年だね」
私と裕之が付き合い初めて今日で丸1年が経つ。
高校1年生のころからの付き合いで、正直ここまで続くとは思っていなかった。
しかし、互いに初めての恋人ということで少し慎重になりすぎているのか、なかなか進展がないまま1年が過ぎてしまった。
「結はこれからどうしたい?」
突然聞かれてまばたきを繰り返す。
これからっていうのは、現在どこへ行きたいかということだろうか。
それとも、もっと未来を見据えた質問なんだろうか。
考えてすぐに答えが出せないでいると、裕之は空を見上げた。
つられて見上げるとオレンジ色の太陽が白い雲の隙間から覗いている。
風は穏やかで、雲の上にのってのんびりと昼寝をしたい気分になってくる。
「俺は結とずっと一緒にいたいと思ってる」
その言葉を発するとき裕之の頬は赤く染まった。
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