アウトオブ眼中。

 なにかものを作る時に、誰かに見られるものだから。という理由で迷うことはよくないことなのだろうか。自分は度々これを思って、何も作れなくなる時がある。アートだけを学んだのだったら、きっと、この悩みにぶつかることはなかっただろう。人の目を気にしてこそのものづくりであるデザインを学んでからは、学校の課題をするにも、この先生にこう言われそうだ。この友達にはこう言われそうだ。そんなことを考えて、自分が心の底から作りたかったものは本当に作れたのだろうか。いや、一度だけ、本当に心の底から作りたかったものを学生時代に作れたことがある。卒業制作だ。展示自体にテーマはあったものの、制作物に関しては自由だった。グラフィックデザイン学科であっても、映像や写真の展示をしたって構わなかった。担当講師が、そういう方針だったのである。基本的にその先生の授業は自由だった。授業中でも、煮詰まったらいつでもタバコを吸いに行けばいい。もっとも、教室から抜け出してカフェに行ったっていい。そんな感じだった。その講師の授業である、卒業制作だけは奔放にできたし、本当のモノづくりをしている感覚をやっと手に入れた感じだった。いまでも卒業制作は思い出に残る作品だし、たまに見返したり、思い返したりする。

 人の目はそんなに気にするようなことなのだろうか。自分自身が人の目を気にしているからこそ、わからない。きっと、そんなにみんな、人の目なんて気にしていないだろう。自分は、自信がなく卑屈なため、どうせ自分なんて一歩でも踏み違えれば見捨てられる…と思ってしまうのだ。というか、話が変わるが、星野源は自分によく似ていると思っていた。しかし、そんなことはないことが今日、判明してしまった。テレビ番組に出演した際、無茶な質問に対して誰も傷つかない返答をしていた。自分なら、きっと傷付けはしないが、全員を気まずい微妙な雰囲気に陥れていただろう。星野源、根暗だと思っていたが本当に見当違いだった。ごめんなさいという気持ちとともに、裏切りやがって。とも思っている。あとの仲間は、オードリーの若林と、南海キャンディーズの山里だけだ。あなたたちは、裏切らないと信じています。

 人と話しているときにはなんとも思わないけど、最近なんだか自分が本当に根暗だなあ。と思うことがある。気に入ったドラマや映画は一年を通して何度も何度も繰り返し見る。だいたい、一年スパンで見るものが変わる。それ以外を一切見ない。とかそういうわけではないのだが、本当に同じ作品ばっかり見る。ハリーポッターは、サブスクが解禁されてからほぼ毎日繰り返し見ている。賢者の石から順に見るのではなく、気に入っている秘密の部屋、炎のゴブレットのいずれかから見始めるのである。だから意外と賢者の石とかはあまり見ていない。星野源、綾野剛のW主演のドラマ、MIU404も狂ったように見ている。これに関しては、見ない日はない。さいしょのうちは何周したか記憶するようにしていたのだが、もう数えれなくなり放棄した。お風呂のお供はこれじゃないと、なんだか日常を送れない気すらしてしまう。こういった鬼リピ作品の気に入った点は、世界だ。ストーリーの世界。単純に言えば、建物や主人公を取り巻く周りの人々、服、部屋の内装、などである。それを見るために見ているので、ストーリーに飽きることはない。そもそも、眼中にないからだ。ハリーポッターで言えば、ホグワーツ城、ハグリッドの家、生徒のガウン、多種多様な先生陣。MIU404で言えば、4機捜の分駐所、機捜の仲間たち、上司との関係性。ほとんど、ストーリーと直接的に関係のあるものではない。視覚的な、世界が好きなのだ。「そんなに何度も見て飽きないか?」という質問をたまにされるが、飽きない。まずそもそも眼中にないからだ。いつまでも面白く楽しく見ることができる、私の特性だ。

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