第19話 大百足退治

日が暮れて集合時間となった。

何だかんだ言って芥川君も付いて来てしまった。

大町の四つ角で早々と来ていた皆と合流する。

手に手にカンテラや手提灯を持ち釈迦堂谷戸の奥へ向かった。

前日見つけた穴周辺にはやはり何の気配も無い。

我々は更に奥の絹張山の釈迦堂切通しへと向かう。

「白妙が瘴気を感じたようです。」

大佛君が絹張山を指し、白妙と共に先頭に立った。

私にはまだ何も感じられない。

更に進み白妙が切通しの少し手前で立ち止まる。

ここまで来れば私にも絹張山全体から薄く広く瘴気が漂っているのがわかる。

「敵が潜んでいるかも。」

「瘴気はどこも平均して薄いな。」

「山全体を捜索するのは夜間ではちょっと………」

我々が立ち止まって絹張山を眺めていると、突然白妙が山の中へ飛び込んで行ってしまった。

大佛君も唖然として、

「山中で白妙のスピードには着いて行けないよ。どうしよう?」

私も白妙が消えた山の方を見上げるしか無かった。


いきなり山の上の方がぼぉーっと光った。

白妙の光だ。

バキバキッ!

ザザザーッ!!

折れた木の幹や枝に混じって何か巨大な影が落ちて来る。

我々は慌てて飛び退った。

……………

キシッ

ギシャギシャギシャッ!

それは…………赤黒く……てらてら光る…

大百足の邪鬼だった!

全長五丈ほどもあり無数の脚を波打たせて怒っている。

その上から白妙が大百足の頭を蹴ってこちらに跳び降りて来た。

百足はさらに怒り、頭を高く上げ顎をギシギシ言わせながら威嚇している。

ギシャーーー!!!


「透音さん、神鈴!」

「はい!」

「大佛君は祝詞だ!」

「おお!」

「私が前で奴を押さえる。その間に!!」

私は百足の前に進み出て八片焔剣を構えた。

剣に神気が籠り、ぼぉーっと光り出す。


シャンシャンシャン

シャンシャンシャン

隠國おんごくの〜!」

「隠國の〜!」

比良坂ひらさか出でし五百足いおたりの〜!」

「比良坂出でし五百足の〜!」

奴が纏っていた瘴気が薄まる。

山全体にあった薄闇が晴れ、月明かりに照らし出された大百足の真っ赤な血色が禍々しい。

頸根うなね衝き抜き夜奈よなのいすすき〜!!」

「頸根衝き抜き夜奈のいすすき〜!!」

そして………

シャンシャンシャン

「“神楽舞”!」


透音さんの強力な神気が放たれた!

奴は瘴気を祓われぐったりと緩慢な動きになったが、まだ仕留めた訳では無い。

ここだ!

私は八片焔剣を振りかぶり百足の首下へ踏み込んだ。

「滅却ぅー!」

右袈裟斬り!左逆袈裟!

奴の足が十本余りまとめて吹っ飛んだ。

しかし大百足の本体にはほとんどダメージが通らなかったようだ。

固い!

岩のような手応えではじかれた。

大蜘蛛とは大きさも固さも数段上で刃が通らない。

しかも剣の炎も効果が薄い。

奴の体色からして剣と同じ火属性の邪鬼だったか。

私は深追いせず一旦間を取り剣を構え直す。

間髪入れず奴が身をうねらせながら突っ込んで来るのを何とか躱した。


「白妙ぇ!“幻燈”!!」

白妙の光が膨れ上がり五色の残像を引きながら跳び回り、敵を幻惑する。

私は再び踏み込み首筋へ突きを入れ薙ぎ払いで飛び退る。

入った!

大百足の首の関節ならダメージが通る。

私は何度もその攻撃を角度を変えながら繰り返す。

足はまた何本も斬り飛ばしたが、奴は全然応えていない。

だが沢山ある首の関節のうちの一つに狙いを絞るのは難しかった。

大百足がのたうち回るのに掠られるだけで、こちらは吹き飛ばされる。

だんだん敵の攻撃を躱すだけで精一杯となって来た。


シャンシャンシャン

「“振鉾舞えんぶまい”!」


透音さんが援護してくれる。

また百足の動きが鈍った。

私は奴の首下に踏み留まり、連続の突きを繰り返した。

よし、効いている!

首の同じ箇所に二度目三度目と、より深く突きが入って行く。

四度!

五度!!

………そこでまた私は以前と同じ誤ちを繰り返した。

深追いし過ぎたのだ。

突然私の死角から大百足の尾の攻撃が襲って来た!


ギリギリで身を投げ出し横に転がり、追撃は何とか逃れたもの狩衣の袖は裂かれていた。

危なかった。

「朝比奈さん、切通しで戦いましょう!」

そうか!切通しのトンネル内なら奴の動きも制限される。

もっと早く気付くべきだった。

「よし、行こう!」

「白妙、牽制だ!」

白妙が敵を牽制する隙に、我々は切通しへ走った。


釈迦堂切通しの長さは十丈ほどしか無いが、奴の動きを止めるには十分だ。

私はトンネルの向こう側の出口付近で振り返り奴を待った。

白妙に上手く誘導されて大百足が切通しに入って来た。

思い通り大百足は身動きし難そうだ。

私の後ろで透音さんが神鈴を振り、大佛君が祝詞を唱え出す。

無数にある奴の足の動きも鈍った。

ここなら死角からの尾の攻撃も制限される筈だ。

よし!

私は助走をつけた全速力で敵の大顎の中へ、脳があると思われる一点へ向け神威を込めて、

「滅却ぅぅぅ!!!」

剣を突き上げた!


大百足が全身を切通しの壁に打ち付けながらのたうち、痙攣する。

それでも私は剣を離さず、さらに大顎の奥へ押し込む。

………やがて奴は全く動かなくなり、全ての足が縮まった。

ふうっと私は息を吐き、剣を引き抜こうと動かした時、

グゥワア!

っと大顎に襲われた!

大顎は私の手甲をずれて肘に達した。

思わず剣を離し、転がり逃れる。

「行け、白妙!」

私に代わり白妙が飛び出し、敵の攻撃を逸らしてくれた。

剣は奴の顎に刺さったままだ。

大百足の縮まっていた足がまた波打つように動き出した。

くっ、どうする!

どうすれば………………


「“河童”ぁぁぁ!!!」

突如切通しの向こう側から大声が聞こえた。

そして大百足の尾の方から半透明の生き物のような何かが取り憑いている。

その生き物は百足に取り憑きながらゆっくりと尾から頭へ這い上がって来た。

尾の方から頭部へと徐々に、赤かった奴の体色が灰色へ変わって行く。

大百足の体全体が灰色となり、やがて崩れ落ちた。

邪鬼の遺骸がこの世から消え去ると同時に半透明の生き物も消えて行くが、去り際に一瞬こちらを向いた顔は………やはり河童だった。


「朝比奈さん、お怪我を見ましょう。」

と言って透音さんが私の袖を捲る。

大顎の先が掠って少し出血した程度だが、段々痛み出して来た。

「応急にこれで縛っておきますが、お家に傷薬があればすぐ塗った方が良いですよ。」

「ああ、有難う。薬はあるからそうするよ。」

と礼を言い顔を上げると、トンネルの向こうに立つ人影が見えた。

彼の事をすっかり忘れていたが、芥川君だった。


「あっはっはっは!いやあ面白い、面白いよ!」

「芥川君、無事だったか!今の術は君だね?」

「ああ、こちら側に隠れて百足の尻尾のうねうねを見ていたらね、自分でも知らぬ間に叫んでいた。」

「火属性の百足に河童の水属性が効いたか。凄いよ、あっという間に倒したな。」

「咄嗟に出ただけだ。」

「それにしても助かった。有難う!」

「いやあ、自分でも何がどうなったのか解らん。怪我の功名さ。」

「きっと君が元来持っていた神気の術が発動したんだ。本当に助かったよ。」

「自分が神気を使えるとは知らなかったよ。はっはっはっ!」

「凄いな君は。はっはっは!」

いやもう………笑うしか無かった。


「芥川さん、これ!」

と大佛君が差し出したのは赤い色をした一寸ほどの玉だった。

芥川君が持つとぼぉーっと光る。

「宝玉みたいだな。」

「大百足が落として行ったんだよ。大型の邪鬼を倒すと落とす時がある。」

「僕にくれるのか?」

「君が倒したんだ。遠慮なく持って行くと良い。」

「そうか、なら貰っておこう。」


その帰り道でも芥川君はご機嫌で高笑いを響かせていたが、私は痛みがだんだん酷くなって来た。

傷は浅かったしあの百足に毒は無かったから、まあ家で傷薬を塗れば大丈夫だろう。

別れ際に大佛君が

「芥川さん、今晩はうちに来ませんか?前々から家内が芥川さんに会いたがっていたんですよ。」

「うん、怪我人の家に世話になるのも気が引けるから、じゃあ今日は大佛君の所にお邪魔するか。」

「ええ是非にも!家内が大喜びしますよ。」

どうやら私が道々元気なく黙ってしまったので、皆に気を使わせていたようだ。

「私、着いて行きましょうか?」

「なに、さっき見た通り浅い傷だ。心配は要らない。」

結局芥川君は大佛君の所へ行き、その夜は解散した。

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