第10話 新参
その後しばらく経った日の午前、開店の準備をしていると、
「朝比奈さーん!」
と玄関で呼ぶ声がした。
あの声は大佛君だ。
彼は私より三四歳若いので、声にも元気が溢れている。
「見てください。これこれ!」
それはどこかの時代劇で見たような脛当てだった。
「うちの白妙が僕の膝に乗りたがって引っ掻くんです。それで爪痕だらけになったのを見て、家内が撮影所から貰ってきてくれたんですよ。」
「うちの白妙って?」
「神猫様の名前です。」
「ほう、良い名じゃないか。」
「これで僕も戦えますよね?」
ん、戦う?
その脛当てで?
「まさか………君もやりたいの?」
「あの戦いを見たらもう、自分の書いている時代小説より遥かに凄かったです。」
「まあ、蒲原先生も精進次第とは言われていたがねえ………」
「うちの白妙を助けてやりたいんです!」
「……じゃあ、蒲原先生に伺ってからね。」
「先生はいつお見えになりますかね?」
「さあ………」
これ、もしや父圭介と同じ、のめり込むタイプじゃないか?
仲間が出来るのは嬉しいんだけど。
「ではそれまで神猫様と鍛錬していましょう。」
じゃれているだけな気もする。
「酉子さんは何と?」
「………まだ言ってなくて、」
「それはいかんね。」
「お二人に稽古を付けて貰えるようになったら話します。」
まあ稽古と言っても主に戦うのは白妙の方だろう。
「では先生が見えたら私から話しておくから、君も暇を見てここに寄って。」
「はい、お願いします。」
「それと君、祝詞は読める?」
「延喜式くらいなら。」
「なら立派なもんだよ。何度か読み返しておくと良い。」
「はい、やってみます。」
こうして大佛君は帰って行った。
あの行動力ゆえに学生の身にして人気女優と結婚出来たのか。
彼が『鞍馬天狗』や『赤穂浪士』で人気作家になって行くのは、もう少し先だ。
今はまだ暇もあるだろう。
この戦いも彼の後々の小説の役には立つのかも知れない。
翌日の夕方、また蒲原先生が私には一声も掛けず玉依姫にお参りしていた。
他の用事のついでにしても、もう三日と空けずお参りに来る。
余程この浄域が気に入ったのだろう。
拝礼の済むのを待って大佛君の事を相談した。
「うむ、あの猫は十分戦力になろうが、大佛君は………」
そこで彼の持って来た具足の事も話した。
「わっはっは、あ奴がそんなに入れ込むとはなあ。よし、君が大佛君の神器を適当に見繕ってやれ。防具さえしっかり揃えば大丈夫じゃろ。」
「先生、適当にと言われても見当も付きませんが。」
「なあに、この鎌倉には結構転がっておるよ。今は震災で神社からも寺からも、役に立たなくなった物がたんと放出されとるじゃろ。」
「そうでしたか。では古道具屋でも覗いてみましょう。」
「ああ、そうしてくれ。」
若く活動的な大佛君はこの時代で出来た弟分のような気がして応援したくなるのだ。
そして数日後の休店日に大佛君が来た。
神器の事を話すと、
「それなら知り合いの古道具屋があります。由比浜通りにあった店は半壊で休んでいますが、自宅を知っているので直ぐ行きましょう。」
と言う事で、早速出掛けた。
その家に着くと裏の納屋に案内され、
「今は鎌倉中から我楽多を引き取ってくれと頼まれてねえ。良い物はそう無いが良かったら好きに見てくれ。」
と言って面倒くさそうに家に引っ込んでしまった。
納屋の外まで溢れている我楽多を見るにあまり期待は出来ないが、二人して納屋に入って行った。
まず傷んだ家具道具類が山ほど積まれているが、その辺は素通りして奥に積まれた細かな物を見て行く。
何でも良いから、神気が感じられる物だ。
骨董、衣類、装身具、ごちゃ混ぜになった中を掻き分けて探した。
「これどうですかね。」
と大佛君が差し出したのは珠数だった。
残念ながら神気も仏気も何も無い。
それから彼が見つけたのは橋の欄干の宝珠、壊れた腕輪、神棚の火打石など。
それらにはほんの微かに神気があったが、私や先生の鉢金に比べると千分の一万分の一ほどだ。
大体瘴気を祓える神器なんてそうそうある物では無い気もするが………
「あっ!」
と大佛君が指差したのは、どこぞの神社から出たであろう神官装束のひと山だった。
数人分はあるだろう各種の装束の中で、一際古く傷みの酷い水干が目に付いた。
結構な神気が籠っている。
浅葱の水色だから権禰宜クラスの装束だ。
大佛君にそれを告げると、もう大事そうに抱きかかえている。
「その神気なら普通の瘴気は寄せ付けない。意外と良い物があったね。」
「ほつれた所は家内に頼んで繕ってもらいます。この水色も格好が良いですよね!」
「おお、猫の白とその水干の色は引立つと思うよ。」
そう言うと彼は再び装束の山をひっくり返し、白い差袴を見つけた。
「これで白妙とお揃いです。良いでしょう!」
得意満面だ。
私は彼の抱えている水干と袴の上に、これも古そうな烏帽子と笏を乗せた。
「どうせならこれも揃えておくと良い。」
水干以外の物も気休め程度の神気はあった。
ついでに私も古い狩衣と浄衣を選び、店主の所へ持って行った。
「神職さんは他人のお古は着ないし、普通のお客さんにはまず売れない。全部で五円で良いよ。持ってけ泥棒〜!だ、はっはっは。」
私は支払おうとした大佛君を制して、大きな巾着から小銭をジャラジャラ出し、
「釣りはいらねえ、取っとけ〜!だ、わっはっは!」
店の売上金が小銭ばかり貯まってしまい、換金はまだ出来ずいささか難儀していたのだ。
五円丁度しか出していないが、大佛君に先輩面も出来た。
我々はこの戦利品を風呂敷に包み、颯爽と引き上げた。
数日後大佛君が酉子さんと連れ立ってやって来た。
神官っぽい水干装束フル装備だが、袴の裾を紐で絞っているのが古様だ。
彼は体格が良いので、なかなか見栄えがする。
後ろから白妙も付いて来た。
「どうです?強そうに見えますかね。」
「ああ、君も白妙も精悍そうに見えるよ。神気もちゃんと纏えている。」
「酉子が全部繕って補強までしてくれたんですよ。」
「酉子さん、私からも有難う。いろいろ心配を掛けて申し訳ない。」
「いいえ、白妙ちゃんも居ますから心配していません。」
白妙はおとなしくお座りして、時折り尻尾を振っている。
「さすが女優さんだ。良かったね、大佛君。」
「そう、さすが女優さんなんです!」
「はっはっは。あとは小説の方に差し障り無い程度にね。」
「それが主人ったらあの邪鬼との戦いを見てからは、張り切って新作をバリバリ書き出したんです。」
「そうなの、それはそれは。」
「お陰様で迫力ある場面が次々と浮かんでくるんですよ。」
何と言っても鞍馬天狗や赤穂浪士の大人気作家になる人だからね。
酉子さんの協力も得られそうで良かった。
「それからこれは多分蒲原先生からだ。」
と、古びた小さな金銅の鈴を差し出した。
鈴の神気が大佛君の水干より少し上な事は、まあ言わないでおこう。
「わあ!白妙のですね。」
「ああ、玉依姫の前に置いてあったから、きっと先生が白妙にくれたんだと思う。」
「いやあ、先生有難う御座います!」
そっちに頭下げても誰もいないのに。
「じゃあ今度何処かに瘴気を感じたら二人で、じゃ無かった二人と一匹で行こう。」
「はい、お願いします。」
「瘴気祓いは大抵夜になるけれど、大丈夫かな?」
「ご心配なく。徹夜仕事もざらですから。」
「無理はしないように。」
「そうよ、睡眠は大事なの!」
「うーん、白妙と一緒に昼寝でもするかな。」
こうしてこの時代の私にも、大切な仲間が増えたのだった。
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