第13話 対決
『今日、あなたの髪の毛を数本お預かりしました。
あなたの持っている伏見ななせの髪の毛と交換してはいただけないでしょうか?
学校近くの○○公園で待っています。もし、午後十時までに来ていただけないようでしたらお預かりしている髪の毛は私用に使わせていただき、かつ、すべての事情を関係者全員に報告させていただきます。
交換に応じていただければ、今後一切において他言無用とすることをお約束します
二年 黒魔術研究部所属 上田麻里』
犯人あてに長めのメールを送信する。そもそも犯人が伏見ななせを襲った理由は、事実を皆に知られたくなかったからだ。それを、こうして皆にばらすというのであれば従わないわけにはいかないだろう。
あえてわたしの名前を提示したのは、相手を油断させるためだ。
約束の公園に到着。この公園はその周囲を生け垣が覆っており、外から中が見えにくいばかりか、その逆もまたしかりである。日が暮れた後は薄暗いためあまり人は寄り付かない。
わたしはブランコのところで座って待ち、高野君は少し離れた公衆トイレの入り口の目隠し裏に隠れて待つ。公園の入り口は二つ、南北それぞれにあるが、このブランコの位置からならその両方の場所がしっかりと見える。逃げるにしても生け垣が邪魔をするため、この出入り口を使うほかないだろう。
犯人が到着したところで高野君が後ろから回り込み、逃げ道をふさぐことになっている。
犯人は間もなくして現れた。公園の南側の入り口からゆっくりと歩いて入ってくる。わたしの存在を見つけ、わき目も振らず、ゆっくりとねめつける様に近づいてくる。
静かな公園の中を、ずりずりと何かを引きずる音がする。
高野君は、もしかすると事態を甘く見すぎていたんじゃないだろうか。犯人は金属バットを引きずっているのだ。
無理もない。彼にとって事態は甘く見えたものではなく、すべてが露見してしまうのならば手段は辞さないつもりらしい。わたしはすぐにでもその場から逃げ出したかった。
しかし、高野君が守ってくれると言ったのだ。とはいえ、何も武器など持っていないはずの高野君に、金属バットを持つ犯人からわたしを守る力はあるだろうか。体格にしても、おそらく犯人は高野君よりもがっちりしている。
犯人はわたしのすぐ目の前に到着する。金属バットを持ち上げて、肩に担ぐ。威嚇するように私を見下ろす。
しかし、高野君はやってこない。まさか……逃げた?
「あまり手荒な真似はしたくない。君はぼくの髪の毛を持っているんだって? とりあえずそれを渡してもらおうか」
すぐに殺される。ということはなさそうではあったが、逆らえばどうなるか分かったものじゃない。素直に従ったほうがいいのだけど、少しくらいは虚勢を張りたい。
「あなたも、伏見さんの髪、持ってきているのでしょうね? 交換の約束よ」
「もちろん持ってきているよ。ほらね」
胸ポケットから小さなパウチに入れた髪の毛を見せる。が、すぐにそれはポケットにしまわれた。
「でも、ぼくはこれを渡さない。なぜなら君たちが余計なことをやらかさないように牽制しておく必要があるからね」
「それは約束と違うわ」
わたしがそういうと彼は冷酷な目をして、金属バットをブランコの前の金属の柵に打ち付けた。金属同士がぶつかり、大きな音が公園内に響き渡る。
「手荒な真似はしたくないと言っているだろう? さっさとそれをよこせよ」
すくみ上ったわたしは震えながら無言で髪の毛を差し出す。とはいえその髪の毛は犯人のものなんかではない。それは高野君の髪の毛で、虚勢を張るために見繕っただけの偽物だ。
しかし、犯人はそれを手荒く奪い取る。本当に自分の髪の毛だと思い込んでいるのか。
少なくとも彼は、一度藁人形の呪いを成功させ、それと同時にその効果も恐れているのだろう。
さらに犯人はポケットから鋏を取り出し、わたしに差し出す。
「次はお前の髪だ。念のため預からせてもらうぞ」
鋏を手に取り、自分の髪の毛に持って行こうとしたときに思いとどまる。
やはり、こんな奴の言いなりになるのは嫌だ。
鋏を握り、その先端を相手に向けて手を伸ばす。
「何のつもりだ? 手荒な真似はしたくないって言っているのに、まったく仕方のない奴だな」
犯人は金属バットを振り上げる。わたしは恐怖におののき目をつむる。
「まて! お前の相手は僕だ!」
その耳になじんだ言葉に薄目を開ける。
公衆トイレの目隠しから飛び出した高野君が走ってくる。手には、トイレの掃除道具から拝借したであろうデッキブラシを抱えている。
振り返った犯人がバットを振りかぶり、迫る高野君めがけて打ち付ける。
デッキブラシで打ち返すが、やはり力不足。デッキブラシははじかれ、体制を整えもう一度振りかぶるが取り回しが悪い。そのすきに振りかぶったバットが高野君の左腕を打ち、デッキブラシを落としてしまう。が、バットを振りぬいたそのすきを突いた高野君が犯人にとびかかり馬乗りになる。落としたバットをわたしが拾いあげる。
「観念しろ。木梨」
「なんだよ、くそっ!」
犯人。マネージャー一年生の木梨君は悔しそうに歯噛みする。
「おまえが進藤さんをなぜ呪ったのかなんてどうでもいい。別にそんなことに対して
興味はなかったが、僕の大切な人を二人も襲うとなれば話は別だ。僕は、お前を許すわけにはいかない」
「高野君、胸ポケット。伏見さんの髪」
その言葉で馬乗りのままでポケットから髪の毛を奪い取る。伏見さんのものと、高野君のものだ。それを取り戻し、高野君は安堵した様子だ。
呪いなんて信じていないと言いながら、伏見さんの髪の毛を使われるかもしれないという状況はやはり嫌だったのだろう。それを自分のポケットに入れた瞬間に油断が生まれた。
木梨君は高野君を押しのけ、立ち上がるや否や公園の北口に向かって走っていく。
「待て!」
高野君が追いかける。
木梨君が公園を飛び出した直後、道路を滑るタイヤのスリップ音とブレーキのキーッという摩擦音とが響き渡る。それに続く、鈍い衝突音。
わたしが追いかけてその場所に到着したときには、路上で倒れている木梨君と、そこに駆け寄った高野君の姿があった。
道路に飛び出し、走行中の車にはねられた木梨君は救急車に運ばれそのまま病院に。居合わせたわたしたちもそのまま病院へと赴き、治療を受けている間、夜間の救急病棟のベンチで待つことになった。
木梨君は右足を骨折したらしいが、それ以外に目立った外傷はなく、念のため精密検査を行うということだった。
骨折こそはしたものの、命に係わるほどのことではないことに安堵し、彼の精密検査の間にわたし達は病院を立ち去ることにした。
出てきたところにわたし達がいればやはり彼も気まずいだろうし、付きそうにしても、幸いあの病院には現在、適任者がいるのだ。
進藤さんに連絡を取り、治療後の面倒を見てもらうことを依頼し、それ以上の余計なことまでは言わなかった。
木梨君が、進藤さんにどこまで話すのかはわたしたちの知ったことではない。わたし達は彼に恨まれてしまったかもしれないが、彼が再びわたしたちに呪いをかけるようなことはないだろう。
――人を呪わば穴二つ。
身をもってそれを知った彼は二度と呪などに手を出さないだろう。
夜道を家へと向かう道すがら。
律儀な高野君は夜道の一人は危険だと家まで送ってくれると言ってくれた。
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