第12話 犯人推理
伏見さんを見かけ、ちょとした事件が起きたものの、進藤先輩のその一言で一件は落着したかのように見えた。
病院を出て、伏見さんと高野君とは解散して、ひとり帰路についたころに電話が鳴る。
『上田。僕だ、高野だ。今からちょっといいかな。手伝ってもらいたいことがあるんだ』
「全部、終わったんじゃないんですか?」
『このまま終わらせるわけにいくかよ。ななせが、襲われたんだ。このまま見逃してやるわけがない。でも、ああでもしないとななせはまた首を突っ込むだろう? あいつをこれ以上危険な目に逢わせたくはないんだよ』
「わたしなら、危険な目に逢わせてもいいと?」
『信頼してるんだよ、上田のこと。それに危険なんかじゃない。僕ががちゃんと守ってやるから』
――まったく。信頼しているだなんて、なんてひどい呪の言葉だろうか。そんな呪を掛けられれば、協力しないわけにはいかないじゃないか。
それがたとえ、恋のライバルのための行動であっても、わたしは高野君の信頼に答えたいと思うのだ。役に立ちたいと。
まったく。彼はシンドウ先輩のことをどうこう言えた立場じゃないことを理解しているのだろうか?
大丈夫。高野君が守ってくれると言っているのだ。何を恐れる必要があるだろうか。
これは呪いの言葉なんかじゃない。純愛だ。
間もなく高野君がわたしのアパートへやってきた。狭いテーブルに向かい合って座り、「ひとまずここまでの話を整理しよう」と言ってきた。高野君は伏見さんから預かっている手帖と三色ボールペンを取り出し、これまでのいきさつを話してくれた。
今日の放課後、伏見さんと高野君の二人で関係者に聞き込みをして、その後伏見さんが一人になったところを襲われた。
おそらく犯人は今日接触した人物の誰か。
サッカー部の三人のマネージャー。花宮、海山、木梨。それと海山の恋人樫木の四人だ。
花宮は被害者である進藤とは幼馴染、どうやら以前付き合っていたこともあるようだ。
海山は以前、進藤から言い寄られていたが、海山が樫木と交際するようになり、現在進藤は木梨と付き合っているが、ふたりの仲は秘密になっている。
「ななせの証言によると、襲った犯人は身長が一七〇前後といったところらしい。もちろん、はっきり見たわけではないのでどのくらい信頼できるかは定かではないけれど」
「花宮さんは、華奢だからそんなに大きなイメージがなかったけれど、それは進藤先輩と一緒にいたのを見たから小さく見えただけで、実際はそれなりにあったはずよ。木梨さんもそれぐらいだし、明らかに違うのは海山さんね。彼女はたぶん一六〇もないはず」
「でも、恋人の樫木は大体そのくらいだ。二人が共犯だという可能性も考えられるな」
「動機は何なのかしら?」
「それを考えるのはむつかしいな。例えば花宮さんなんかだと、以前付き合っていたという話だし、今もかいがいしく世話をしている。なのに当人は他の女に目移りばかりしているというのであれば動機にもなりうる。
海山は一見動機がなさそうに見えるが、樫木と共犯だと考えると動機はいくらでもありそうだ。樫木からすれば恋人を奪いかねないライバルだし、サッカー部においても越えられない壁でもある。本人は尊敬しているような口調だったが事実はなんともわからない。
木梨からすれば今が幸せで進藤さんを恨む理由はなさそうに思えるけれど、僕としては木梨さんこそ何を考えているのか一番わからないまであるな」
「ひとの考えていることなんて流石にね」
「でも、僕は正直、花宮さんは犯人のリストから外してもいいんじゃないかと思っているんだ」
「『藤』の字の部首のことね」
「そうだ。ちょっとこれを見てくれないか」
高野君はスマホに収めた写真を見せてくれた。
「今日の聞き込みの時に何点か写真を撮っておいたんだ。これ、花宮さんが書いている『進藤』の字は部員の名簿なんかでも必ず艸部で書かれているんだ。だけど、ほかの人はそうじゃない。
そして、こっちが肝心の藁人形と一緒に貼られていたお札だ。ここに書かれている進藤の字は、くさかんむりになっている。それに、ななせのポケットに入っていたという警告の紙。あれも普通のくさかんむりだった」
「でも、花宮さんがわざとくさかんむりで書いたという可能性もあるんじゃない? ほら、ここを艸で書いちゃうと犯人であることがバレバレじゃない」
「それはどうだろう? 犯人としては、この藁人形やお札が僕らに見つかるだなんて考えていなかったはずだ。なら、わざわざ隠す必要なんてない。
それに、もし呪いをかけるんだとして、本人の名前が正確には艸部であると知っていたなら、あえてくさかんむりを使うと呪が効きそうにないと感じるんじゃないかな」
「確かにそれもそうね。じゃあ、あとはこの赤い文字で書き詰められた呪の文字なんだけど……この文字、海山さんの文字と似てないかしら?」
「そうかな?」
高野君が撮った写真に写る、小さな海山さんの文字を拡大して並べてみる。赤い文字で書き詰められた『進藤死ね』の文字には迫力があって、一見するとまるで似てないように見える。が、この二つの文字が似ていると感じたのに対した理由はない。言ってしまえばオンナの感というやつに過ぎない。もしかすると、わたしが勝手に彼女を犯人に仕立て上げたいと考えているだけなのかも知れない。
「うん、ちょっとこれだけじゃあ断言はできないね。ななせのポケットに入っていたというあの脅迫文。あれの写真を撮っておけば比べることも出来たのにと今更ながらに思うが、藤の字がくさかんむりであったことを覚えていただけで良しとするべきか」
「じゃあ、あとはアリバイかしら? 一応全員にはアリバイがあるようなのだけれど……」
「でも、海山と樫木が共犯なら二人のアリバイは崩れる」
「でも、ふたりとも次の日の朝七時には練習に来ているのよ。じゃあ、どうやって帰ってきたのかしら?」
「いや、そもそもこのアリバイにそれほどの重要性はあるんだろうか? アリバイなんて言っても、金曜の夜の深夜二時に藁人形を打っている姿を見た人がいるわけじゃないんだ。もしかしたら神主がもっと前の日に打たれていたものをあの日まで発見できていなかっただけなのかもしれないし……」
言いながら、高野君は二人で相談した内容を手帳に書き綴っている。
黒いインクで一通り書き上げると、今度は赤の色にペン先を変える。カチッという音がして赤く滲んだペン先が飛び出し、高野君は手帳に滑らせる。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「このペン、赤のインクが切れている……」
「まあ、落とし物ですからね」
「そう、落とし物なんだよ。この三色ボールペンは、現場に落ちていた、つまり、犯人が落としたボールペンだ……」
「つまり?」
「ちょっとまって、今、大事なところなんだ」
高野君は目をつむり、静かに考え込む、唇をかすかに動かし、言葉を反芻する。
――丑の刻、ボールペン、ゆずシャーベット、幼馴染、元恋人、かれぴ、緋文字のルーズリーフ、朝練……
「上田さん、犯人がわかったよ。今すぐあいつを呼び出そう。協力してくれるね」
「わたしが、囮なわけね」
「大丈夫。僕がちゃんと守るから」
「うん、信頼している」
「ありがとう。あの男だけは絶対に許すわけにはいかない」
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