第11話 キャプテン進藤

まったくもって、これは僕の失態だった。

やはり犯人は軽い気持ちで呪いをかけ、本当に進藤さんが怪我をしてしまったことに畏怖してしまったんじゃないだろうか。自分のせいかもしれないと感じているところに、僕らが余計な詮索をしてしまったがために、犯人は己の身を護るためにななせに危害を加えて沈黙させようとしたのではないだろうか。


呪が実在するかどうかはさておき、実際に進藤さんが怪我をしてしまったことで犯人は自分のせいかもしれないという念に駆られ、それがばれてしまうのではないかという恐怖と向き合わなければならなくなってしまった。


それば、いわば自分自身に呪いをかけてしまったと言えるのではないだろうか。


人を呪わば穴二つ。


呪いをかけるものはやはり自分にそれが返ってくることがあるのだ。


――自分のせいかもしれない。


総合病院に急ぐ自分自身に、その言葉が返ってくる。

思えばあの日、上田の用意した藁人形に僕とななせの髪の毛を入れてしまったのだ。もし、呪いなんてそんなものがあるとすれば、ななせが襲われたのはやはり自分のせいだ。


そうでなくとも、僕がちゃんと最後までついていてやれば、いや、もっと早い時点でこんなことに首を突っ込まないように言っておけば、こんな事態は避けられたのかもしれない。


総合病院の待合室、首にコルセットをつけたななせと、彼女に寄り添う上田の姿があった。


上田が偶々眼科の診療のため訪れたところで、病院の近くに倒れていたというななせが緊急搬送されてきたというのだ。


「ごめん、マコト。余計な心配かけちゃって。たいしたことないんだよ。こんなコルセットなんてしてるけど、念のためっていうだけで、明日は普通に学校にも行けるから」


 平常を取り繕うとしているが、実際に襲われて平気なはずがない。怪我こそそれほどではないにしても、メンタル的な問題のほうが重要だ。


「いったい何があったんだ?」


「うん、実はね……」


 ななせの証言をまとめるとこういうことになる。

 今日の放課後、僕と口論になり、ひとりになったななせは再び花宮さんのところに行き、進堂さんが入院しているというこの病院のことを聞いた。そしてななせは一人ここへ向かっている道中で後ろから何者かに襲われたらしいのだ。


 いきなり首の後ろを鈍器で殴られ、意識がもうろうとなり、振り返ったところにサングラス、マスク、帽子で顔を隠し、夏にもかかわらず体型のわかりにくい上下のジャージを着ていたそうだ。身長は定かではないが、特に大きくもなく小さくもない、170前後くらいだと思われ、金属バットにタオルのようなものを巻き付けていたのが見えたらしい。おそらくそれが凶器だ。もうろうとする意識の中で犯人は鋏を取り出し、ななせの髪の毛を一部切り取って行ったそうだ。


 その場で意識を失ったななせは通行人からの連絡で駆け付けた救急車によってこの病院に運ばれた。


 上田は個人的な要件で病院の眼科によっており、その眼科の診療室は救急汎用口のすぐ近く、運び込まれるななせに気づき、付き添い、僕に連絡をよこしてきたのだという。


 ななせはすぐに意識を取り戻し、念のためにCTを撮ってみたが特に異常は見受けられず、軽いむち打ちだけでしばらく様子見ということになったようだ。


「あのね、さっき気づいたんだけど、ポケットの中にこれが入っていて。多分、犯人が入れていったんじゃないかと思うんだけど」


 ルーズリーフを切り取ったもので四つ折りになったその紙には赤色のボールペンで書かれた文字。


『進藤の件にこれ以上首を突っ込むな 次に呪われるのはお前だ』


「どうやらななせの髪の毛を切り取ったというのは脅しのためだろう。呪いの藁人形に入れると言いたいらしい」


「でも、これではっきりしたわね。アタシを襲ったのは呪いの藁人形を打った人と同じ人物。それに、アタシが犯人探しをしているということを知っている人物。つまり、今日聞き込みをした誰かということになるわね」


「おい、まさかまだ犯人を捜そうっていうのか?」


「当たり前じゃない! こんなところで引き下がっていられないわ!」


「あれ、伏見さん?」息まくななせに不意に声を掛けてきた人物があった。「どうしたのそのコルセット! 大丈夫?」


「あ、ハナミヤさんこそどうしてここに?」


「わたしは、進藤君のお見舞いよ。この病院に入院しているからって、知ってるわよね。さっき教えたのだし」


 院内の売店で飲み物を買ったらしく買い物袋を提げた花宮さんだ。


「実はあの後、シンドウ先輩に話を聞きに行こうと思って、ここに来る途中――」

 

「まあ、それは大変だったわね」


 一通りの説明を受けた花宮さんは、心配そうにつぶやき「よかったら病室に行ってシンドウ君に話でも聞く?」と言ってくれ、僕らは三人で病室へと向かった。

病室の入り口の表札に進藤の文字を確認、その時にふと気が付いたことがある。

表札は油性ペンの手書き文字で書かれているが進藤の『藤』の字がくさかんむりではなく、真ん中の切れた『十』が二つ並んだ艸(そうぶ)とよばれる部首だ。


「花宮さん、ちょっといいですか?」


「なあに?」


「もしかして、進藤先輩の藤の文字は、四画の艸ですか?」


「そうよ。よく気付いたわね。本人的にはこだわっているところもあるみたいだけど、イマドキそんなことを気にする人なんていないから、ほとんど誰も気づいていないみたいだけどね」


「でも、花宮さんは気にしている?」


「まあ、わたしは進藤とは幼馴染だから知っているというだけよ。別に普通のくさかんむりでも間違いじゃないし、大体スマホとかじゃ変換で出てこないしね」


くだらない話をいつまでしていても仕方がない。その話はさっさと切り上げて病室へと入る。


「おいおい、いったどういうことなんだ? 今日はえらい大人数の見舞いだな」


 足にギプスをつけ、不自由そうなイケメンがベッドの上にいた。身長は180くらい、筋肉質でよく日焼けをしている。男の目から見てもうっとりしそうなくらいの好青年だ。進藤さんという人物がいかにモテてきたのかということが一目見ただけで大方理解できる。まさに才色兼備。おそらく全人類の半数が恋に落ち、半数が嫉妬すると言っても過言ではないだろう。


「伏見さん? だっけ? 悪かったな。俺のためにこんな目に合わせてしまって」


「いえ、そんな。お気遣いありがとうございます。でも、アタシが勝手にやったことなので、その、シンドウさんに謝ってもらう必要なんてないんです。ただ、アタシ、どうしても許せなくて」


「なあ、こうして知り合ったのも何かの縁だ。大会が終わったらさ、一度――」


「こほん。ななせ、そろそろ本題に入ろう。怪我で弱っている先輩をいつまでも付き合わせるのはよくない」


「え、ええ。そうね。それじゃあ」


「いや、そんなに気にしなくていいぞ。ほんとは動きたくてうずうずしているくらいだ。あ、そうだよかったらこれ」


 新堂先輩は病室に備え付けの冷蔵庫の隅からゆずシャーベットを三つ取り出して僕らに渡した。


「あ、これ、このあいだたべそこねたやつなんです! まさかこんなところで巡り合えるなんて!」


 いきなり興奮する上田。見ればゆずシャーベットは先日に意味の道の駅で見かけ、行きがけに買っても、帰るまでに溶けてしまうと断念してしまったものだ。

 この進藤という男、何から何まで乙女の心を懐柔するすべに長けている。喜んで食べ始める僕を含めた三人を目の前に花宮先輩と進藤さんは笑顔で眺めている。まるで老成した夫婦のようでもある。


「あれ、ふたりは食べないんですか?」


「ああ、今ちょっと願掛けをしているんでな」


「願掛け?」


「ああ、進藤君はね。昔から何かあるたびに願掛けをする癖があるのよ。わたしは幼馴染だからずっと横で見てきたけれど、ほんと何でもかんでも願を掛けたがるのよ。今はほら、サッカーの全国大会がもうすぐでしょ? だから、それに合わせて甘いものを断つんだって言い始めて」


 僕はそこでふと思う。


「あれ? じゃあ、花宮さんもそれに付き合って一緒に甘いものを断っているんですか?」


「そうよ。去年の全国大会の時も似たような願掛けをして、それでその時はわたしも一緒に付き合ったのだけれど、たまたまうまく行っちゃってね。全国に行ってそれなりにいい成績も残せたものだから、一緒に願掛けをするようになったのよ」


 嬉々として願掛けについて当たる二人を見て、それを自分自身にかけた呪いのように見えたことはあえて口には出さない。


「それでですね。シンドウ先輩。藁人形を仕掛けた犯人に何か心当たりは……」


「うーん。やっぱりその話はもうやめようぜ。怪我をしたのは呪いのせいでも何でもない。オレの不注意以外のなにものでもないんだ。それに、ななせちゃんに何か情報を与えれば君はまた何か動きかねないだろう? もう、このことで誰にも傷ついてほしくはないんだよ。だから、この話はもう終わり。オレは、オレの不注意でけがをした。でも大丈夫だ。ウチのサッカー部には樫木だっている。大丈夫だ。きっと今年も全国まで行けるよ」


「わかりました。それもそうですね。アタシも、サッカー部のみんなを応援しますから、みんな頑張ってくださいね」


「ああ、まかせてくれ」



 ――事件は、一件落着だ。

 悔しいけれど、進藤先輩はとてもいい人で、それでもあれだけモテてしまえばだれかに恨まれるということも致し方ないだろう。僕だって恨みたくもなる僕が言ったところでまるで耳を貸さなかったななせも、進藤さんの一言で一件から身を引いてくれると言い出した。一つの恨みはまた別の恨みを生み、それはとめどもなく広がっていく。だから、彼のようなそれを断ち切れる強さを持った人間に、僕もなりたいと、心からそう思った。


ただ、それはそれだ。なりたいからと言って誰でもそうなれるというわけではない。


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