第10話 副キャプテン樫木
「今の内よ。カシワギ君に話を聞いてみましょ」
ななせに従い休憩している部員たちのもとへ行く。
「あの、カシワギ君。少し話をしたいのだけどいいかな?」
不意に話しかけられた樫木は少し驚いた様子できょろきょろとあたりを見回す。海山さんと視線を合わせ、何やらアイコンタクトした様子で立ち上がり、皆が休憩している場所から離れた。僕らの一行を少し離れた場所から海山さんが心配そうに見ている。
「ごめんね、そんな緊張しなくてもいいのよ。アタシたち、今、進藤先輩のことでみんなに話を聞いてるの」
「はあ……でも、なんで俺に? 部員ならほかにもたくさんいるのに」
「それは、カシワギ君が海山さんと付き合っているからよ」
ななせは、樫木に呪いの藁人形のことを話した。
「アタシはね、犯人は女子生徒じゃないかって思っているの。わかるでしょ?」
「そりゃあ、まあね。進藤さんは多くの女子から好かれ、多くの女子から恨まれている」
「そこで、疑いの深い人から順に話を聞いているわけだけど、それで、海山さんとカシワギ君が付き合っていると聞いて少し聞きたいことがあってね。そのことで、海山さんにもかかっている容疑が晴らせるかと思って」
「まあ、そういうことなら……」
「じゃあ、質問ね。海山さんと付き合うようになったいきさつは?」
「え? それって必要なこと?」
「そうね。シンドウ先輩は海山さんにしつこく迫っていたらしいじゃない? そのさなかをカシワギ君は割って入り、海山さんと交際を始めた。そのことで、シンドウ先輩から嫌がらせを受けたりはしなかった? あるいはそのことで、カシワギ君がシンドウ先輩に対して恨みを持ったりはしなかった?」
「それって、俺も疑われているってことじゃないっすか?」
「可能性はゼロではないと思うわ。だから、そのあたりのことを正直に教えてほしいの」
「まあ、そういうことなら仕方ないけど……
海山がサッカー部のマネージャーになったのは去年の夏くらいかな。全国大会に行く少し前で、あの時は人手が足りないからってすぐにマネージャーとして入部が認められたんだ。俺としては海山はもろに好みのタイプで、最初のころからずっと気にはかけていた。でも、まあ、なかなか積極的にはなれなくて、それでも少しずつは距離を縮めてたんだ。
進藤さんだって、そのころは花宮さんと付き合っていたし特にライバル視をする必要もなかった」
「花宮さんって進藤先輩と付き合ってたの?」
新事実に僕は思わず口を挟む。
「マコト、そんなことも気づいてなかったの?」
「ななせは気づいていたのか?」
「そんなの当り前じゃない。ハナミヤさんの態度を見ればすぐにわかるでしょう?」
「そ、そうなのか……いや、話を中断してしまってすまない。続けてくれ」
「ああ。それで、進藤さんなんだがあの性格だから花宮先輩とは喧嘩も多くて、春過ぎになったころに遂に別れたんだ。それで、海山にちょっかいを出すようになってきた。
俺としては焦ったんだよ。まともに勝負して、進藤さんに勝てるなんて思ってもいないし、放っておけば取られちゃうんだろうなって、だから、ダメもとで思い切って告白したらさ、海山、俺とつきあってくれるって……」
そこまで話して、樫木の顔はほころんだ。告白したときのことを思い出したようで、遠くを見ながら太陽に火照った顔をさらに赤らめた。
「それで、シンドウ先輩の様子はどうだったの? そのことで、カシワギ君につらく当たったりはしなかった?」
「進藤さんは、そういう人じゃないっすよ。確かに女癖は悪いですけど、サッカーに対しても、俺らに対してもそこはちゃんと一線引いてくれています。それに進藤さんはモテるんで、ほかにいくらだって相手はいますから。多分、今だって誰か付き合ってる人がいるみたいっすよ」
どうやら樫木は、木梨とシンドウ先輩との関係のことは知らないらしい。しかし、ななせは白々しく樫木に質問をぶつける。
「その、今シンドウ先輩が付き合ってる人に、心当たりってない?」
「いや、わかんないっすね。本人も隠しているみたいっす。進藤さん、俺が海山と付き合うっていう話を聞いた時、『まあ俺も大会が終わるまでは願掛けにオンナ断ちしようと思ってたからな』って言っていたんすよ。まあ、たぶん負け惜しみだとは思うんですけど、俺にそんなこと言った以上彼女は作れないっしょ。でも、まあ見ていればわかるっすよ。隠れてだれかと付き合ってることくらい」
僕はそこに思うことがいくらかあったが、あえて何も言わないことにする。
「じゃあ、次の質問ね。金曜の夜なんだけど、どこで何していた?」
「あれ、やっぱ俺のこと疑ってる?」
「ううん、そういうわけじゃないの、一応ね、確認」
「えー、あー。まあ、そういうことなら……ってか、それなら海山にも話聞いたんだろ? それなら俺は別によくね?」
「むしろ逆よ。嫌疑がかかっているというならむしろ海山さんのほうで、彼女とあなたの証言が一致するかどうかで彼女をリストから外せるわ」
「ああ、じゃあまあ、そうね。金曜の夜は海山とファミレスに行って……確か七時くらいだったかな。そのあとアイツの家に行ったのが十時半くらいだったかな。それから二回ヤッて帰ったから、大体十一時半くらいかな。土曜の朝だって七時よりも早くに練習に来たから、俺じゃないってことは証明できるだろ」
「そう、それなら確かに海山さんの話と一致するわね、ぞれじゃあやっぱり二人はシロ、と……」
「ちょっと待った」僕はまたしても口を挟む。「二人の証言が一致するからと言って、ふたりともシロとは言い切れないんじゃないか? 二人が口裏を合わせているとも考えられる」
「しねーよ、そんなこと」
「それに、ふたりの証言に少しの食い違いも認められる」
「なんだよ?」
「海山さんは樫木が帰ったのは十二時ぐらいだと言っているのに対し、樫木は十一時
半には帰ったと言った。それにだ、十時半に彼女の家に行って、たった一時間で二回もヤッて帰るというのはあまりにも早すぎるんじゃないのか?」
「はあ? うるせーな。勝手だろ。早くてて悪いかよ」
「あー、ごめんごめん、カシワギ君。マコトの言うことなんて気にしないで。彼は童貞だからちょっとひがんでいるだけなの」
「おい、それとこれとは――」
「マコトもさあ、僻むくらいなら早く彼女作りなさよ」
「んだよ、お前ら、付き合ってたわけじゃねーのかよ。じゃあ知らずに言ってるだけじゃねえか。いいか、本物はな、めちゃくちゃ気持ちいいんだよ。一時間で二回なんか楽勝なの。お前の彼女のテンガちゃんとはわけが違う」
「待て、樫木。俺のことはいい。だが、テンガちゃんの悪口は言うな」
「え、なに? だれ? テンガちゃんって? マコト、アンタ彼女いたの?」
「ああぁぁぁ……いや、なんというか、その……知らないなら今の話は忘れてくれ、頼むから……」
「……まあいいわ。それじゃああと一つ。この三色ボールペンだけど、樫木君は持ってる? どこかで落としたり、失くしたりしていない?」
「ああ、それね。それならウチのサッカー部の二年以上なら全員持ってるはずだ」
「じゃあ、カシワギ君も今でも持ってる?」
「ああ、たぶん部室に置いてるとは思うっすよ。部室のペン立ての中。あれのどれかが俺のやつだわ」
「それじゃあどれかはわからないわね」
「まあ、そんなに大事なものでもないし、いくらでもおんなじものがあるわけなんで」
「そう、なら仕方ないわね。それじゃあ最後に、誰かシンドウ先輩に恨みを持ってそうな人の心当たりがあるかな?」
「うん、そりゃあありすぎてわかんないっすね。俺だって進藤さんには厳しすぎるくらいにはしごかれたし、そのことに恨みを持ってるやつがいたとしてもおかしくはないっすよ。でもね、そんなちっさいことで恨むような奴なら、とっくにサッカー部なんてやめてないっすか? なんだかんだで進藤さんにはカリスマがあるし、進藤さんだからみんなついていくんすよ。
それこそ来年、たぶん順当にいけば俺がキャプテンになりそうなんすけど、正直進藤さんの後ってのはプレッシャーっすよ」
「そう。わかったわ。いろいろありがとうね。ところで、テンガちゃんって、うちの学校の子? どのクラスだかわかる?」
「おい、ななせ。練習が再開するみたいだ。邪魔にならないようにさっさと帰るぞ」
僕はななせの腕を強引に引っ張りその場を立ち去ることにした。
「後、誰に話を聞けばいいのかしら? 後、容疑者っているかしら」
「まあ、無限に要るっぽいけどね。それこそ進藤さん本人に聞けばいいんじゃないのか?」
「シンドウ君、怪我が原因で入院しているみたいなの。しばらくは学校に来ないみたいなのよね」
「まあ、そういうことなら仕方ないな。学校に来るようになってからまた聞けばいい」
「だめよ、それじゃあ。早く犯人を見つけ出さないと!」
「そうはいってもなあ。犯人を見つけたところで、どうこうできるわけじゃないんだ。別に呪いをかけることは法律で禁止されているわけじゃないし、罪を償えとは言えない」
「でも、犯人が調子に乗ってしまって同じように呪いを繰り返し、新たな犠牲者だ出るかもしれないわ!」
「いや、案外犯人は逆に委縮してしまっている可能性だってあるよ。まさか、あの呪の藁人形せいで本当に進藤さんが足をけがしてしまうなんて考えていなかったかもしれない。自分の犯してしまった呪に怖れて萎縮し、反省している可能性だってあるだろ?
それに第一、呪いだなんてばかばかしい話さ。呪いをかけた翌日、たまたま進藤さんが足をけがしてしまい、それを呪いのせいだと結び付けてしまっていることがそもそもの間違いなんだ。だからこんな意味のないことはやめて――」
「あー、もういーわよ! マコトがそーいうこと言うなら別に付き合ってくれなくてもいーから! アタシ、ひとりで犯人を見つけるんだからっ!」
――怒らせてしまった。
だが、僕の言っていることは間違ってはいないはずだ。ななせはなんだかんだ言いながら、目の前に起きた呪によってもたらされた他人の不幸を面白がっているだけに見えなくもない。所詮は他人ごとにあまり首をツッコむべきではないと僕は考えている。
僕は一人家に帰り、ゆっくりと読書の続きをすることにした。
しかし、それはやはり間違いだった。
夕方過ぎに一通の電話。
『もしもし、わたし麻里です。今、総合病院にいるの!
大変! ななせさんが暴漢に襲われたみたいで病院に運ばれてきているの!」
「わかった。今からすぐに行く」
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