第9話 マネージャー木梨

 炎天下の屋外だというのに、部室から出た時には少し涼しくも感じる。

 サッカー部の面々は大きな声を出し合って走り回ってりというのだから素直にすごい。

 部のキャプテンである進藤さんが怪我をしたことに不安もあるだろうに、むしろそれでも勝つという意気込みが伝わってくるようだ。


 いや、むしろ意気込みがありすぎるのかもしれない。センターフォアードの部員の掛け声は大きな声を出しすぎてしまったのか、掠れてしまっている。


「あの人、気合入れすぎだな」


 僕のそんなつぶやきに、隣のななせは答える。


「あの人がカシワギ君よ。さっきの海山さんのかれぴ」


「ふーん、そうかあ……なんていえばいいのかな。その……普通だね」


「ふつう?」


「うん、進藤先輩ってイケメンでサッカー部のエースなんだろ? その進藤先輩に言い寄られていたのを断ってまで付き合った樫木君とは、いったいどれほどのいい男か

と思ったんだが……」


「そうかしら? アタシ、結構カシワギ君ってポイント高いと思うけどね。なんか誠実そうだし、気が利きそうじゃない? シンドウ君は確かにイケメンだとは思うけれど、恋人にすると考えたらどうかしら? やっぱり浮気性な男は信用できないわよね」


 ななせのそんな言葉を、僕は心のメモ帳に記載しながら「あっ」と指さすその先に視線を送る。買い物袋を両手に下げた制服姿の生徒が炎天下の中のろのろと歩いている。流石にあのか細い腕であの量の荷物を一人で運ぶのは気の毒に思えた。


「あれが、木梨さんよ。サッカー部の三人目のマネージャー」


「え、あれが?」


「そうよ?」


「いや、なんというのかな……。あの木梨さんって人と進藤先輩は今付き合っている

んだよね?」


「だからそういってるじゃない。まあ、表向きには秘密にしてるっぽいけど」


「いや、花宮さんが言っていたけれど、進藤先輩って本当に手あたり次第なんだな」


「マコトォ~。さっきから君、よくないよ。人を見た目だけで判断してんじゃん。大事なのは中身だよ」


 ななせは木梨さんに駆け寄る。荷物を半分持ってやろうというのだろう。流石にそれを僕が黙ってみているわけにもいくまい。ななせと木梨さんが荷物を半分ずつ持って、その横を手ぶらの僕が歩くというわけにはいかないだろう。


 駆け寄った僕は手帳とペンをななせに渡し、木梨さんの荷物を半分持った。中身はほとんどがスポーツドリンクで、残りの少しは絆創膏などの医療品だ。


 ペンと手帖を持ったななせは歩きながら質問を開始する。


「ねえ、木梨さんって今、進藤キャプテンと付き合ってるのよねえ?」


 ――おいおい。まさかいきなりの直球勝負かよ。慌てた様子の木梨さんはキョロキョロと周りの目を気にしている。あたりには僕ら以外にはなく、サッカー部員の声が大きいので誰かに聞かれることはないだろう。


「大丈夫よ。これは、アタシたちだけの秘密だから」


 じゃあ、なぜアタシたちはそれを知っているのかという話ではある。まさかそれをハナミヤさんから聞いただなんてことを口走るほどにななせはおろかではないだろうけれど。


 追い詰められた子猫のように木梨さんは小さく頷いた。


「シンドウ先輩の怪我のこと、聞いてるでしょ。あれをやった犯人をつかまえて、復讐したいと思わない?」


「えっ。だってあれは、練習中の怪我だったんじゃ……」


「そうでもないのよ!」


「ああ、えっと……確かにあの日、自分は練習場にはいなくて見たわけではないですけど……みんなが自分に嘘を言っていると?」


「ううん。そういうことじゃないのよ。呪いよ!」


「のろい?」


「そう、呪い! ちょっとこれを見てくれる?」


 ななせはスマホの画面に映した呪いの藁人形を見せる。


「こ、これは?」


「先日とある場所で見つけたのよ。シンドウ先輩の怪我は、明らかにこの呪が原因ね」


「え……でも……」


「アタシたちは犯人がいつ、どこで呪いをかけたかを知っているの。そして犯人がこの部員の誰かじゃないかと思って探しているわけ。それでね、少し話を聞きたいのだけどいいかしら?」


「あ、はい……そういうことなら……でも、ちょっとこの荷物、届けてからでもいいですか」


「もちろん」


 僕と木梨さんは花宮さんのところに荷物を届け、それから部室の脇の日陰へと移動した。部室の中には海山さんがいるだろうし、僕はあの部屋のにおいがどうしても好きになれない。


「それでさ、木梨さんは先週の金曜日から土曜にかけての深夜二時ごろ、どこで何してた?」


「それは、自分が疑われているってことですか?」


「念のためよ。一応、みんなに聞いて回ってるの」


「そんなこといわれても……午前二時なんて、多分寝てましたよ」


「ああ、じゃあ……そうね。交通手段がなくなる深夜十二時過ぎてからでいいわ。そ

れならどうかしら?」


「あ、ああ! それならその……」


「どうしたの?」


 困った様子の木梨さんに、僕が助け舟のつもりで割り込む。いや、とどめを刺しに行くだけか?


「進藤先輩と一緒にいた?」


 木梨さんはこくりと小さく頷く。


「進藤先輩に証言してもらえる?」


「えっと……それはどうでしょう。進藤さん的には自分と交際していることは秘密にしたいようですし……」


「どうしてシンドウ先輩はひみつにしたいのかしら?」


「そりゃあ、自分はこんなですし、海山さんのことまだひそかに狙ってるみたいなんですよね。だから、自分のことはそれまでのつなぎというか……」


「……木梨さんはそれでいいの?」


「まあ、よくはないですね。でも、進藤先輩のこと好きなんで……」


「それじゃあもはや呪いね」


「純愛ですよ」


「まあ、いいわ。それじゃあもうひとつ。このボールペン、現場で拾ったものなんだけど。見覚えは?」


「それなら、ほとんどの部員は持ってますよね。でも、自分は持ってないです。去年全国大会に行ったときの記念品らしいんですが、自分はまだ入学していなかったので……」


「そっか、それもそうね。それじゃあ、ほかに、シンドウ先輩に恨みを持っていそうな人とか、心当たりないかしら」


「どうでしょう? 味方が多い人っていうのはそれだけに敵も多いわけですから……ああ、そうだ。そういえば以前、部室にヤバいものがあったんですよ。ちょっと待ってくださいね。写真を撮ってあったので」


 木梨さんがスマホから取り出して見せてくれた画像、それは一枚のルーズリーフ。

 そこにはぎっしりと文字が敷き詰められている。すべて赤文字で『進藤死ね進藤死ね進藤死ね……』と、隙間なくぎっしりと敷き詰められている。


「うわあ、これはヤバいね」


「部室の真ん中に置かれていたんです。その日は自分が部室に入った時、ほかには誰もいなかったので、誰も見ていないんじゃないかと思って、誰にも見られないうちに自分が処分しました。でも、ちょっと気になったので写真だけ撮っておいたんです」

「さすがにこれは正気じゃないわね。相当にシンドウ先輩のことを恨んでいるみたい。それに、呪いだとかそういうものに通ずるものがあるわね。きっとこれを書いた人が犯人だと考えて間違いないんじゃないかしら」


「ところでこれ、いつ頃見つけたものなんだ?」


 僕は聞いてみた。


「一か月前くらいです。自分が進藤さんと付き合い始めたばかり」


「まるで、ふたりが付き合うことに強い憤りを感じているみたいだな」


「まあ、気持ちはわかります。自分、こんなですから。納得できないって人もいるでしょうね」


「あまり自分を卑下しないほうがいいわ。周りがなんて言おうと関係ないじゃない。シンドウ先輩がいいって言ってくれてるのは事実なんだから」


「だと、いいんですけど」


「もっと自分に自信をもって!」


「ああ、まあ……はい。あの……もういいですか? そろそろ練習の休憩に入るみたいなので」


「いや、もうひとつだけいいかな」僕は口を挟む。「さっき、進藤先輩が怪我をしたとき練習に来ていなかったって言っていたけど、それはどうして?」


「え? あ、ああ……。親戚の法事だったんです。それで、朝早くから家族と一緒に田舎のほうに」


「そうか、ありがとう」


「じゃあ?」


「うん、いいわよ。ありがとね」


 花宮先輩がホイッスルを吹き、練習は一時中断となった。木梨さんは慌ててハナミヤさんのほうへとかけていく。マネージャーとはいえ、やはり部活動の先輩後輩というやつはいろいろと面倒ごとが多そうだ。その点で言えば、部員が一人しかいない我が文芸部は実に気楽である。


 サッカー部員たちは汗を拭きながら、各々が手に持ったスポーツドリンクを勢いよく喉に押し込んでいる。


「今の内よ。カシワギ君に話を聞いてみましょ」


 ななせに従い休憩している部員たちのもとへ行く。

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