第8話 マネージャー海山

「それじゃあ、アタシ、聞き込みがあるのでそろそろ……あ、その木梨さんと、海山さんって今どこにいますか?」


「木梨は今買い出しに行っているはずよ。海山なら向こうの部室にいるはず」


「わかりました。ありがとうございます!」


ななせは頭を下げて校庭隅の部室へと向かう。途中でぽつりとつぶやいた。


「やっぱり、ハナミヤ先輩はシンドウ先輩のことが好きね」


「本人は否定していたけど?」


「さっきのBL漫画のユキカゼ君って、シンドウ先輩に似てるしね」


「それはななせも推しだって言っていただけど――」


「それはそれよ。それに、ただの幼馴染なら部のマネージャーなんてしてないでしょ? あれは、シンドウ先輩に悪い虫がつかないように近くで見張っているのよ」


「めちゃくちゃついてるみたいだけど」


「恋は思い通りに行かないものなのよ」


「そんなものか?」


「そんなものよ。あ、ところで手帖、ちゃんとつけてくれてる?」


「こんな感じでどう?」


「うんうん、ちゃんとできてる……で、これは何?」


 手帳にはまず、ななせと書き、進藤に矢印を向ける。その下には『興味ない』の文字。そして進藤から雪風君に矢印を向け『似ている』また、ななせから雪風君に矢印を向けて『推し』と記入している。


「一見矛盾しているようにも見えるだろ? さっき聞いた話の中で、一番気になったところだ」



サッカー部の部室は平屋の小さな建屋だが、サッカー部は部員が多くて一年生は外で着替え、あとで荷物だけを中へ持ってはいるようになっている。


 二年の女子マネージャー海山は今、部室の掃除をしているらしいのだ。基本男子部員たちが着替えをする場所で中は窮屈だ。部員たちが校庭で練習しているときくらいでないと掃除をするタイミングはないらしい。


 縁に錆のついた部室の金属ドアを開き、中をのぞき込む。思春期男子の体臭と思しき匂いが夏の熱気にさらされてむわっと流れ出る。


 中央のベンチに制服姿の女子生徒が座り、スマホをいじっている。きれいに染色された茶色の長い髪で真っ白な肌。割とっしっかり目のメイクは運動部員にしては珍しいが、マネージャーという立場ならそれほどでもないのか。背こそはそれほど高くもないが、胸囲は十分に発育しているようだ。


「あの、マネージャーの海山さん?」


「は? そうだけど?」


 一瞬だけこちらに目を向けたものの、何事もなかったようにスマホに視線を戻して操作を再開ながら彼女は言った。


「あんた、調理科の伏見ななせでしょ? なんか用?」


「へー、アタシのこと。知ってくれてるんだ」


「まー、わりと有名」


「可愛いからね」


「どうだか」


 出会って数秒で、仲が悪そうな雰囲気だった。


「部室の掃除ははかどっている?」


「それを監視しに来たの? 花宮さんに頼まれて?」


「そうじゃないけど」


「なら、いいじゃん。どうせ掃除なんてしたって意味ないよ。あいつらどうせすぐ汚すし、きれいに使うつもりもない。これくらいでちょうどいいのよ」


「ま、確かにそれは同感」


「で、なんの用なの?」


「うん、ちょっとね、シンドウ先輩のことで調べていることがあるの」


「そう」


「ええ。海山さん、シンドウ先輩にしつこく言い寄られていた聞いて」


「え、あたしが?」


「ちがうの?」


「ああ……まあ、ちがわなくもない。でも、あたしにはかれぴがいるからね」


「ええ。それも聞いたわ。それでシンドウ先輩はあきらめて、今は一年の木梨さんと

付き合っているとか」


「それ、誰に聞いたの?」


「花宮先輩よ」


「おしゃべりだなあ、でもあんまりその話はむやみにしないほうがいーよ」


「どうして?」


「どうしてって、あの二人は付き合っていること周りには隠しているみたいだしさ。進藤さんは人気もあるし、周りがいろいろとうるさいのよ」


「嫉妬。ですか?」


「まあ、たぶんそういうものよ。花宮さんだってはじめ、進藤さんと仲がいいっていうだけで随分周りからやっかまれたみたいよ。それで、外面的にそっけない態度をとっているけど、近くにいたらわかるわ。花宮さんが進藤さんのこと好きなことくらい。それなのに、よりによって木梨とはねえ。花宮さんもああ見えて心中穏やかじゃないでしょうね」


「ところでさ、海山さんの恋人、誰だか教えてもらってもかまわない?」


「べつに、いいけどさ。あんた達、いったい何を調べてるの?」


「ああ、そうだったわね――」


 ななせは呪いの藁人形についての話をした。


「あーなるほどね。でも進藤さんにに恨み持ってるやつなんていくらでもいるからね」


「ねえ、海山さんはこのボールペン、持ってる」


 ななせは僕が手に持っていた拾った三色ボールペンを奪い、海山さんに見せた。


「ああ、それね。一応持ってるよ」


 ベンチの上に伏せておいてあったバインダーを持ち上げ、そこに挟んであったボールペンを見せた。バインダーには花宮先輩が記入していたものと同じ部員の管理表だ。しかし、その一面は花宮先輩が作っていたものよりはとても簡素だ。チェックしている項目も少ないし、ペンの色も黒と青の似たような二色しか使っていないから一目ではあまり見やすくは感じない。「これ、別に珍しくもなんともないよ。去年の全国大会に行ったとき、保護者やOBに寄付金を呼び掛けてさ、その寄付してくれた人へのお礼用にって大量に作ったやつだよ。だからうちの部員もマネージャーも全員持ってる」


 僕は口を挟む。


「でも、それなら一年のひとは持っていないんじゃないかな。配ったのは去年の話なんだろ?」


「そうとも限らないよ。ほら」


 海山さんが指さしたのは部室のテーブルの隅のペン立てだ。そこには、おんなじ三色ボールペンが数本差さっている。


「たぶん去年結構な量が残っていたんだよ。それに、二年以上の部員のみんなが持っているわけだし、ここで落としたものを誰かが拾ってあそこに差しているのもあるだろうからね。もし、落したとして同じものをあそこのものを取っておけばいいのだし、藁人形の前で拾ったというペンは何の証拠にもならないよ」


「そうか……。あ、じゃあさ、金曜日の夜から朝にかけてなんだけど、海山さんのアリバイを証明できる人っていないかな」


「あはあ……やっぱりあたしも容疑者なのね」


「べつに、そういうわけじゃないけど、一応ね」


「まあ、いいわ。金曜の夜ならかれぴとファミレスに行ったわ。次の日も朝から練習に出てたしあたしにはどう考えたって無理でしょ?」


「ファミレスに行ったのは何時くらい?」


「待ち合わせたのは七時三十分よ。かれぴは十分くらい遅れてきたけど先に中で待っていたから気にならなかったわ」


「解散したのは何時?」


「確か九時前よ」


「でも、それだとまだ終電や夜行バスに間に合う時間だわ。両親から家にいたことの確認とかって取れないかしら」


「ちょ、ちょっとやめてよ! 間違えても親にそんなこと聞かないでよ!」


「あ、でも、一応はアリバイを……」


「あーもう、わかったわかった。金曜の夜は両親はどっちも家にいなかった。アタシの家は両親とも夜の仕事をしてるから、週末はまず両親とも留守なのよ!」


「困ったわねえ、それじゃあアリバイは……」


「あんたさあ、わかって聞いてるでしょ? まったく性格が悪い!」


「顔はいいんだけどねえ」


「あーもう、ムカつくやつ。かれぴはその後うちに来たのよ。帰ったのは夜の十二時くらい。だから、終電とかはムリ。これでいい?」


「じゃあ、最後にもうひとつだけ、カレシって誰か、教えてもらえるかな?」


「いいわよ、別に。アタシは別に隠してるわけじゃないから…… 二年の樫木だよ?」


「サッカー部の?」


「そう、サッカー部の」


「そっかー、ありがとねー」


「あ、ちゃんと話したんだからさ、サボってたことは花宮さんには内緒だよ」

 海山さんの聞き込みは終わったようで、いったん部室を出た。


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