第7話 マネージャー 花宮

 サッカー部が必死で練習をしているグラウンドの隅。ななせは躊躇することなく侵入していく。地方予選を勝ち抜き、全国大会の日も近い。そのタイミングでキャプテンの進藤隼人が怪我をしたことで部全体が殺気立っていることは明白で、そんなところに躊躇なく入って行けるななせのメンタルはすさまじい。


 ななせはグラウンドの隅で、選手の様子を見ながら記録をつけている女子マネージャーのもとへと進む。実際に運動するわけではないが、ちゃんと学校既定の体操着を身に着け、長い黒髪をポニーテールに結わえているその人は、遠目に見ただけで美人であることがわかる。女子にしては背が高く凛々しささえ感じる。


 ななせは一度立ち止まり、振り返ると僕にポケットから取り出した新品の手帳と三色ボールペンを差し出した。


「ところでマコトン君」


「まことんくん? それはもしかしてあれか? 僕のことを頼りのない助手として使おうって意味なのか?」


「君の役割は記録係だ。アタシが聞き取りをした事実を君はそれで記録したまえ」


「なんか、楽しそうだなって、このボールペン、昨日拾ったやつじゃないか」


「つべこべ言わない!」


 ――へいへい。黙って記録係に徹することにしよう。



「あの、サッカー部のマネージャーのハナミヤさん、ですよね?」


「え、ええ……そうですけど……」


 ななせが彼女の名前をはじめから知っていたとは限らない。体操着の胸にはちゃんと『花宮』と書かれている。彼女の名前がよほど変わった読み方をするのか、あるいは事情があって誰かの体操着を借りているというわけでもない限り、彼女の名前はハナミヤだ。


 いやしかし、クイーン風の可能性をいちいち考えていくというのは少々面倒くさいのでこんな物言いはやめることにしよう。


「花宮さん、ちょっと聞きたいことがあるですが、今、少し大丈夫ですか?」


「え、ええ。なにかしら」


「キャプテンのシンドウ先輩のことです」


「もしかして、進藤に何かされた? それとも彼に興味があるとか? もしそうならやめておいたほうがいいわよ。何かされる前に」


「興味があるなら、何かされてもいいんじゃないですか? むしろ、興味のある人になにもされないことのほうが悲しいですよ」


「何か、されたいの?」


「あ、シンドウ先輩の話じゃないですよ。アタシ、ああいうのは苦手なタイプなので」


「そう、じゃあ、何が聞きたかったのかしら? やっぱり、怪我のこと?」


「はい。そのことなんです。脚をけがしたっていうから、どうしたのかなって思って」


「どうしたっていうか、ちょっと肉離れを起こしてしまったのよ。まあ、頑張りすぎね。進藤、今年が最後の試合だからって気合入れすぎちゃってるとこあったからね。ろくに休憩も取らずにやってたから無理がたたったのね。これ、見てくれる?」


 花宮さんがさっきから練習を見ながら記録していたものだ。

 各選手の休憩時間や、水分補給をしているかどうか、さらに練習上のエラーの数や声の大きさの変化まで。三色ボールペンで丁寧に色分けしながら記録している。


 わが校のサッカー部の強さはもしかすると選手そのものよりも、マネージャーの努力にこそあるかもしれない。おそらく良好な状態を青色、好ましくない傾向を赤色で色分けしているようだ。


 進藤先輩の最近の練習状態は、一目見ただけで赤色での記入が目立つ。無理をしているということだ。


「見て、休憩も取っていないし水分補給も出来てない。わたしが注意してもシンドウは聞く耳を持たないのよ。『お前なんかに何がわかる』とか言って。まあ、試合が近くなっていらだっているのはわかるけど、無理しすぎたのよ、結局」


「じゃあ、誰かにケガさせられたとかじゃないんですね?」


「ええ。わたしも、目の前で練習を見ていたとこだったから」


「それっていつぐらいのことですか?」


「一昨日、土曜日の午後二時くらいかしら。すぐにコーチが車で病院に連れて行って、マネージャーの木梨さんも病院についていったわ」


「じゃあ、やっぱり呪なのかも」


「呪い?」


「そうなんです。これ、ちょっと見てもらっていいですか?」


 ななせはスマホに保存しておいた、先日の呪いの藁人形の画像を見せた。


「これは、確かに穏やかじゃないわね」


「アタシたちがこれを見つけたののちょうど二時くらいで、神主さんのところでお祓いを済ませたのが大体午後三時半くらいだったかしら。でも、その時にはもう呪は発動してしまっていてお祓いは間に合わなかったみたい」


「ちょ、ちょっと待って。それじゃあ進藤の怪我はその呪いの藁人形のせいだってこと?」


「まあ、そういうことになるわね。だから、アタシたちは、その犯人を見つけようってわけ。ハナミヤ先輩、さっきシンドウ先輩が女の子に対してだらしないってこと言ってましたよね?」


「え、ええ。まあ」


「もしかして、そのあたりでシンドウ先輩に恨みを持っている人とか、いるんじゃないですか?

 何か、心当たりありません?」


「そうね。そういうことならなくはないわ。むしろ、ありすぎて手に負えないくらいよ。彼はかわいい子を見かけると手当たり次第だから、あちこちで恨まれていておかしくはないもの」


「あちこち、というのは、具体的に」


「本当に、手あたり次第よ。うちのサッカー部のマネージャーだけでも、二年の海山はずいぶんしつこく言い寄られていたみたいだし、でも、海山は別に彼氏いるみたいだから結局今は一年の木梨と付き合ってるみたいよ」


「えっ、木梨さんですか! ほんと手当たり次第ですね」


「でも、そのうち飽きたら捨てられるんじゃないかしら? そうしたらまた海山のこと追い回すかもしれないけれどね。ほんとやめてほしいわ。そんなことばっかりやってるからマネージャーどんどんやめてしまって、結局わたしがとばっちり受けるのよ」


 しばらく黙って話を聞いていた僕だが、やはり気になったので口を挟む。


「マネージャー、結構入れ替わってるってことですか?」


「そうね、年に二、三人は入れ替わってるかしら」


「すごいな。サッカー部に美人マネージャーが三人もいるって聞いただけでも多いと思ったのに、過去を遡ればもっといるのか」


「結局、うちのサッカー部、強いからねえ。マネージャーやってるだけで全国大会とか連れて行ってもらえるし」


 ――いや、むしろ花宮先輩がみんなを全国大会に連れて行ってあげてるんじゃないかという意見は、言わないでおくことにした。言ったところで、たぶん彼女は謙遜するだろうし。


「ところで、そういう花宮先輩はどうなんですか?」


「どうって?」


「シンドウ先輩と付き合い長いんでしょ? あんな高スペックのひとがいつも身近にいるのに、好きにならないっていうのはどうなんですか?」


「ああ、わたしの場合、近くにいすぎたのよ。あいつとは幼馴染でね、家も近所なの。だからお互いそういう感情にはならないわ」


「そういうものですか?」


「そういうものよ」


「それじゃああと、念のため聞いておきたいんですけど。花宮先輩は金曜の夜、どこで何してましたか?」


「えっと、それは?」


「花宮先輩を疑うわけじゃあありませんが、一応全員のアリバイは取っておきたいんです」


「アリバイ?」


「はい。神主さんは前日の午後四時に見回りをした時には藁人形はなかったと言っていました。


 アタシたちがこれを発見したのは翌日の午後二時くらいですから、呪いの藁人形が使われたのは金曜の夜の丑の刻です。あの辺りはすごい田舎なので丑の刻参りが終わった後、バスや電車は朝になるまでありません。つまり、犯人は金曜の夜から朝にかけてのアリバイが証明できないはずなんです」


「そうなのね。でも、それは困ったわ。わたし、金曜の夜はずっとひとりだったから……」


「何をしていたんですか?」


「えっと……その、漫画を読んでいたのだけど……」


「タイトルはなんですか?」


「ええ、それ、必要ある?」


「まあ、個人的な興味なんですけど」


「えっと、そのう……『お前の後ろには俺がいる』っていう……」


 ――知らないタイトルだ。


「きゃあ、花宮先輩も好きなんですか? 『ウシガイル』!」


「え、ええ。まあ……」


「いいですよね。アレ! 特に先輩のユキカゼ君が超かっこよくて! あ、もしかして先輩はアキオ推しですか?」


「え、えっと、どちらかというと、雪風君、かな……」


「あ、やっぱですか!」


 ――それからその話は少しばかり盛り上がった。

 ななせが好きな漫画だからと僕も少し興味を持って聞いていたが、どうやらBLもののようで俄然興ざめした。

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