第14話 真相
「その……助けに来てくれて、ありがとうございます」
「いや、僕の方こそ遅くなってごめん」
「いや、ほんと。逃げだしたのかと思いました」
「掃除道具入れの扉がなかなか開かなかったんだ。建付けが悪いみたいで。流石に、あれに素手で立ち向かうのは無謀かと思って」
「デッキブラシ……あんまり役に立っていませんでしたね」
「初めの一撃をそらせただけで十分に仕事はしたよ」
「腕、大丈夫ですか? 殴られてましたけど、折れたりしてません?」
「こうみえて、僕はそれなりに丈夫なんだ。それに、もし折れていたとしても女の子
の前で折れていると泣き言をいうような軟弱じゃあないよ。そのくらいの見栄は張る」
「そんなこと言って、本当は木梨君と一緒に診察を受けるのが嫌なだけだったりして」
「ぐ……。いいかい、僕は女の子の前では見栄を張るんだ。だから女の子はそれを見抜いてはいけない。もし見抜いても、口に出してはいけないよ」
「そうですか。それは残念です。もしわたしのせいでけがをさせてしまったのだとしたら、わたしもわたしなりにお詫びをしないといけないかと思っていたんですけ
ど……」
「あ、腕折れたわ。これ、完全に折れてるな。まいったなー」
「とは言っても、わたしにできることなんてあまりなくて……。体で払うというのでは、ダメですか?」
「あー、腕治った。うん。今完全に治ったわ。ありがとう。いろいろと気づかいして
くれて。でも、もう大丈夫みたいだ」
「ねえ、それってちょっとひどくないですか?」
「ヒドイのはどっちだよ。思春期の男子ってのはな、そういう冗談をわりと本気にしてしまうんだ。それを見て面白がるというのはずいぶんとたちが悪い」
――それを、冗談だとして受け流すのだってたちが悪い。そういうの、思春期の女の子は割と傷ついてしまうというのに……
「でも、ありがとう」
聞こえないくらいに小さな声でつぶやく。
「ん?」
「なんでもない」
「そうか……」
「それにしても、どうして犯人が木梨君だとわかったのですか?」
「うん、まあ、いろいろあったけれど、最終的に決め手となったのはあの三色ボールペンだよ。
あのボールペンはおそらく犯人が藁人形を打つ時に落としたもので、赤のインクがなくなっていた」
「でも、それがどうして?」
「木梨が見せてくれた、あの緋文字のルーズリーフがあっただろ? おそらくあれを書いたことがきっかけで三色のうちの赤のインクだけがなくなってしまったんじゃないかなと思ったんだ」
「え? どういうこと? あのペンは、木梨君のものなの?」
「そうじゃないと思う。多分あれは、海山さんのものじゃないかな。理由まではわか
らないけれど、彼女が進藤さんに恨みがあって『進藤死ね』を書き綴ったんだと思う。僕が見る限りでは、海山さんは、あのボールペンで練習のレポートを書くとき、赤のインクを使っていないんだ。あれは、赤のインクがなくなっていることを知っているからじゃないのかな?」
「え? だとしたら、犯人は海山さんになるんじゃ?」
「海山さんはね、あと、花宮さんもだけど、あの三色ボールペンを大切に使っている様子だったんだよ。部活でのマネージャー業務をこなすときには必ずそのペンを使うように意識していた。それは、去年の全国大会に行った人からすれば大切な記念品であると同時に、厳を担ぐラッキーアイテムでもあったんじゃないかと思う。だけど、見た目の変わらないそれは思い入れのない一年生からすれば全部同じものなんだよ。
木梨は部室でそのあたりにあるペンをかってに使っていたんだ。おそらく、海山さんのペンを借りて、ほかのペンとごっちゃになってしまったまま別のペンを返した。
海山さんはすり替わってしまったことに気が付いてないから、赤のインクを使わなくなってしまった習慣が身についてしまったから、今日に至るまで赤のインクを使おうとはしない。使おうとしないから、すり替わったことにも気づいていないんだ」
「でも、だからと言って木梨君が犯人だということにはならないのでは?」
「まあ、木梨には一人だけアリバイがなかったからね」
「アリバイ? アリバイなら、全員にあったんじゃあ?」
「それじゃあ、犯人はあの中にいないということになるだろ? 木梨には完全にアリバイがないんだ。何しろ彼は土曜日の朝か夕方までのアリバイがないんだ。確か、親戚の法事に行ったという話だ」
「ちょっと待ってください。犯行は、金曜から土曜にかけての深夜二時じゃないんですか?」
「違うよ。だってそんな時間じゃ交通の便も何もかもが都合が悪すぎるだろ? それに、あの山道を深夜に上るのはあまりにも過酷だ。第一、丑の刻参りは何も深夜にやらなくても、丑の刻は一日に二回あると言ったのは上田さんじゃないか」
「え? それじゃあ……」
「丑の刻参りをしたのは土曜日の午後二時だ」
「それって」
「ああ、僕たちがあの場所に行った直前だということになる。一歩間違えたら鉢合わせしてしまっていたかもしれない。
そいえば進藤さんの病室でゆずシャーベットを貰っただろ? あれは新見市久米南の名物のはずだ。甘いもの断ちをしている進藤さんたちが買ってくるものじゃない。あれは、親戚の法事に行った木梨が土産として買って帰ったものだろう。親戚が、おそらくあの近くに住んでいるのだろうね」
「もし、鉢合わせしていたらどうなっていたのかと思うとゾッとしますね」
「うん、もしかしたらあの時、林のどこかに身を隠していたのかもしれないな。僕たちがあの場所に到着したのは確か午後二時半くらいだ、あの山道で下山してこようとする人がいたならすれ違った可能性が高い。神主さんのようにね。
つまり、木梨は僕たちがあそこに入ってきたことに気づいて、慌ててどこかに身を隠していたのかもしれない。もしかすると急ぐあまりにあの場所にボールペンを落としてしまったのかもしれない。これは、すべて推測に過ぎないけれど」
「それにしても、動機はなんなのでしょうか」
「まあ、おそらくは痴情のもつれ。なんだろうな。それにしても驚いたよ。僕は木梨に会う前に、海山さんから『マネージャーの木梨は今、進藤さんと付き合っているらしい』と聞かされていたんだ。当然、女の子だと思っていたのに、まさか男だったとはね。
初めてあった時は叙述トリックを食らったような気持ちになったよ」
「呪術トリップ?」
「違うよ。叙述トリックだよ。小説なんかで読者に勘違いをさせるような書き方をすることさ。
それにしても、これ、どうしようかな」
高野君は木梨君から取り返した伏見さんの髪の毛を眺めながらぼんやりとしている。
「返せばいいんじゃない? 伏見さんに」
「うーん、そうなんだろうけどなあ。なんかもったいない気もするなあって」
「もったいない?」
「ああ、そういえばさ、上田。この髪の毛を使って僕のことを好きになる呪とかってないのかな?」
「呪いとか、信じないんじゃなかったの?」
「いやでもさ、今回の一件を見ても、木梨の呪いは本当に成就したと言えるんじゃないか? だったらさ、もう少し、その……なんだ、検証してみるというのはどうだろうか?」
「しょうがないわね。あるにはあるわよ。そういう呪」
「へえ、あるんだ。で、どうやるの」
「特殊な藁人形を遣うのよ。カラフルでポップな奴。それにね、好きな人と自分の髪の毛を一緒に入れるのよ。そうしたら、上下をさかさまにして、人形の左胸に五寸釘を打ち込むのよ。それも頭がハート型になったものがいいわ。いろいろ準備は大変だろうけれど、ネット通販で一式がセットになった物を売っているわ。二千四百円よ」
「ああ……もしかしてそれって……」
「そうね。まあ、そういうこと……です」
「そうだったのか……ありがとうな上田」
「い、いえ……それほどでも……」
「まさか上田がそんなに僕とななせのことを応援してくれているなんて思わなかったな」
「え? どういう……」
「あの時の藁人形、僕とななせ二人の髪の毛を渡しただろ。まあ、そんな呪やまじないなんてものが信頼に当たるものだとは今も思ってはいるわけじゃないが、うん。決して悪い気はしない」
――あの時高野君から受け取った髪の毛が、まさか伏見さんの髪の毛と一緒になったものだとは知らなかった。
もちろんわたしは、その髪に自分の髪を混ぜてまじないを行ったのだけれど……
まじないが成就したとして、それはいったいどんな結末だというのだろうか……
また、あのまじないを行ったことによる呪い返しとはいったいどんなものになるのだろうか。
後日談。
進藤さんと木梨君は交際をやめたらしい。そして、全国大会が終わってマネージャーをやめた。
木梨君は進藤さんが女断ちをすることになって、それでも我慢できずに手を出してしまったのが自分だと知った。そして、サッカーの全国大会が終われば別れるつもりだということも。
ほかに、好きな人がいるらしい。
そんな話を聞かせてくれたのは伏見さんだった。
木梨君は事の次第を伏見さんに説明し、謝罪をしたそうだ。
伏見さんは何事もなかったようにケロリとしており、許すも何も恨んですらいないというのだ。結局。ひとを呪ったりしない人が一番強い。
海山さん。
探求心の強いわたしはこっそりと、ひとりで彼女のところへ行き、あの緋文字について問いただした。
「あれはさ。ちょっとムカついたから脅してやろうと思ってやっただけ。
進藤さ、あんだけあたしのこと追い回しておいて、結構本気だと思ったのよ。
あたしも本当は進藤のこと好きだったしさ。
それで、ちょうどその時に樫木が告ってきたから、そのこと進藤に伝えて揺さぶってやろうとしたら、あっけなく身を引いちゃってさ。樫木はいい奴だからって。
それで、付き合いだしたのが木梨よ? ふざけんなって話よ。
それでムカついてあの緋文字のルーズリーフを置いたんだけど、結局進藤が見るよりも先に木梨が見つけて捨ててしまったみたいね。まあ、そのほうが良かったかもなんだけど。
でもさ。今はあれでよかったと思ってるよ。
樫木はホントにいいやつで、付き合ってよかったって思ってる。
アタシたちを全国に連れて行ってくれるって約束してくれたしね」
樫木君は、進藤さんの代わりにキャプテンとなり、見事サッカー部を全国大会出場へと導いた。来年もおそらく彼が引き続きサッカー部を全国に連れて行ってくれると期待している。
全国大会が終わって受験も間近となり、進藤さんと花宮さんは部を引退した。その後、ふたりは再び恋人同士になったらしい。もう、二度とこんなことが起きないように、進藤さんが浮気心を出さないようしっかり手綱を握っていてほしいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます