第5話 白装束
白装束の人物は先ほどの藁人形の前に立つと、懐から榊のようなものを取り出して振り、何やら呪言をつぶやいてから、名状しがたいバールのようなもので樹の幹から五寸釘を抜き取り、取り外した藁人形とお札を巾着袋へとしまう。
どうやら僕らの警戒は無駄だったようだ。
せっかくだから話を聞きたいと思った僕は繁みから出て、白装束のひとに歩み寄りながら声を掛けた。
「あの、すいません。ここで、何をなさっているんですか?」
自分で言いながら思った。その言葉をかけるのは僕たちではなくて、相手のほうではないのかと。
「これ、君たちがやったの?」
白装束の男、おそらく神社の神主であろう人物は僕たちにそう言った。眼鏡をかけた、初老でいかにも人のよさそうな人相だ。髪の毛は半分くらいが白く染まっている。
「いいかい、人をの呪わば穴二つと言ってね、呪いを掛ければ自分自身に帰ってくるということを忘れていけないよ」
「ああ、すいません。それは……僕たちがやったわけではありません」
「あ、ああ……そうか、すまなかったね。つい」
「いえいえ。でも、そこに名前を書かれている人物に思い当たることがあって気になっていたんです」
「そういうことか。まあ、これは見ての通りのものだよ。この山はこういうのが有名になっているようでね。わたしは毎日こうして山に入っては藁人形をはずして、その呪いが起きないようにと祈祷をしているんだよ」
「あの、神社の神主さんなんですよね」
「そうだよ」
「あの、こんなことを言ってはなんなのですが、複雑じゃないですか? せっかくの神社の山が呪のスポットになっているっていうのは」
「ははは。確かに少し複雑ではあるかもしれないね。でも、神社の裏だからこそこうして回収しやすいというのもあるしね。まあ、呪いなんて言うのも神様に頼むのだから神社にゆかりのある場所でなければ意味もないのだろう。それに、この山にはかつて生野之城というのがあってね。鎌倉時代にそのお城が落城した際、祠に身を隠していた依玉姫とその飼い猫がいたんだが、敵兵に見つかった猫が殺されてしまい、それを苦に姫は自害した。そしてそれを悲しんだ父、城主、斎藤尾張守影宗は姫と猫の祠を立て、呪いの儀式を行った。すると敵兵たちは次々の発狂して死んでしまったという伝説がある。それ以来、ここは呪いが成就する山田と言われているんだ」
「いっそのこと、入山できなくするというのはどうなんでしょう?」
「そうだね。でもそんなことをしてしまうと呪いたいと念を抱くものがその想いを解放することができなくなり、物理的な危害を与えかねないだろう? そうなるよりもこうして溜まった念を樹に打ち付けて溶かし、それを私が回収して呪を払うというのはなかなか効率がいいともいえるんじゃないかな」
「なるほど、物は考えようですね。そういえばさっき、毎日と言っていましたが、ちなみにその、昨日の見回りをしたのっていつくらいだったかわかりますか?」
「そうだね、確か昨日は昼過ぎまでいろいろと仕事が詰まっていたので、来たのは確か夕方四時くらいだったかな」
「するとこの藁人形を打ち付けられたのはやはり昨日の夜と考えて間違いないんでしょうか?」
「おそらくそうだろうね。わたしは毎日大体この時間に見周りをしているのだけど、昨日来た時にはなかったからね。だから、心配はいらないよ。ちゃんと今日の内に祈祷を済ませておくからきっとその人物に呪いが降りかかることはないだろう」
「その言葉を聞けて安心しました」
それから僕たちは神主さんと一緒に山を下りることに。
しかし、下りの途中で上田の仕掛けたカラフルな藁人形が神主さんに見つかってしまった。
「ふう」
とため息をついた神主がその藁人形を取り外そうとしたとき、上田が間に入ってそれを阻止した。
「こ、これはわたしが仕掛けた人形なのです。どうか、どうかこれだけは見逃してください!」
――あ~あ。言っちゃったよ。
「そんなことを言ってもねえ」
困る神主。そして神主は僕のほうに視線を向ける。いや、僕には責任はないと言い訳したいところだが……
「わかった。今日だけだよ。明日には取り外してお祓いをするから呪いの効果があるのは今日一日だけだ。いいかい?」
「は、はい。わかりました」
意外と神主も女の子を目の前にすればチョロいものだ。そんな落としどころが許容できるのかと言いたいところだが、あの藁人形には僕だけじゃなくななせののものも含まれている。どうせ呪いなんてものは存在しないとは考えているが、無論気持ちの悪さがないというわけではない。
神主が明日には取り外してお祓いをしてくれるというのだから、今日一日を無事に過ごせればあとは安心だというのならば悪い話ではない。
せっかくだからと藁人形の焚き上げにも参加して、それから例の道の駅で千屋牛バーガーを食べる。文句なしにうまかった。
バスが到着して乗ろうとしたところで、上田が思い出したように言う。
「それでは伏見さん。気を付けて帰ってください。わたしと高野君は今日この辺りで一泊するので」
「調子に乗るな。さっさと帰るぞ」
「麻里ちゃん、残念だったね。呪いの効果は今日一日しかないっていうのに」
そんな言葉を交わしながら僕らの一日は終わりを告げ、よく日曜日も何事もなく平和に終わった。
しかし、失敗したのはゆずシャーベットを買い忘れてしまったことだ。
「また買いにくればいいじゃない」
とななせは言うが、あいにく僕はそうそうこんなところまで気軽に出かけるタイプではない。
これで物語はめでたしめでたしと終わればよかったのだが、そうはいかなかった。
月曜日の放課後、上田からの電話で事件は始まる。
『もしもし、わたし、麻里です。ヤバいですよ。呪いは本当にあったんです。
聞きましたか?
サッカー部の進藤隼人さん。昨日の練習で両足をけがしてしまったらしいのです。
時間は土曜日の昼のことらしいです。神主さんがお札をお祓いする前に、呪いは発動してしまっていたんです!』
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