第4話 育霊神社
ななせも僕たちと同じようにレンタルサイクルでここまで来ていた。そのまま三人で育霊神社に向かい、ひとまず境内に参拝して手を合わす。
たいてい山の入り口というものには何らかの神社があるもので、山は神聖な場所であり、そこにはいる許可と無事を祈るためにもその存在は重要だが、今から裏山でひとを呪おうとしているものが、その前に神様に手を合わせるというのはなんと滑稽だろうか。
呪いの名所と言われるその山道は、想像以上に険しい道のりだった。呪いのスポットとして有名な奥の院まではおよそ三十分。当然街灯などもあるわけでもなく、昼ならともかく深夜の丑の刻にここを登ることはよほど困難に思える。つまり、それほどに強い恨みを持ったものが意を決して登るものなのだろう。
ほどなくして山道は終わり、なだらかな森林となる。よく見ればあたりの木々にはくぎを打ち付けたであろう傷跡や、幹に深くめり込んで抜くことも出来なくなった、錆びた五寸釘が見受けられる。
「それじゃあ、この辺りで呪いましょうか」
と、上田がつぶやく。まるでピクニックでお弁当を食べようと言い出すような物言いだ。
リュックから藁人形を取り出した上田は打ち付けやすそうな樹を物色するようにあたりをうかがい、めぼしい樹を見つけて、「ここがいいですね」とつぶやく。時間はすでに午後の二時を大きく過ぎて三時の手前だ。一応、丑の刻と言えば丑の刻範囲ギリギリだと言えなくもない。来る途中に寄り道してしまったのがあだとなったか。まあ、丑の刻参りと言っても昼に行うくらいだ。時間などさほど重要なものではないだろう。
「なあ、ところで上田。いったい誰を呪うことにしたんだ?」
右手に藁人形、左手には五寸釘を握りしめた上田が不敵な笑みを浮かべながらに振り向く。
「た~か~の~く~ん。いまさら何を言ってるんですかあ? なんで高野君にここまで付き合ってもらっているのか、よく考えてみてください」
「や、やっぱり、ぼ、僕、なのか?」
「だってそうじゃありませんか。果たして呪いの藁人形は有効なのかどうか、検証するためにはその後、動向観察できる対象じゃなきゃ意味ないじゃないですか。それに、入れる髪の毛は新鮮なものであるほうが効果が大きいように思えるんですね」
「い、いや、ちょっと待てよ」
「何をいまさら。高野君、呪いなんて存在しないって啖呵切っていたじゃないですか。それなのに何をいまさら日和っているんです? 呪いなんてないのだからいちいち日和る必要なんてないはずです」
そう言いながら上田はリュックのポケットから鋏を取り出して迫ってくる。
「いや、べ、別に呪いなんてもの怖れているわけじゃないさ。だ、だけどさ、やっぱり今からおまえを呪うと言われると、心地のいいものじゃないだろ」
上田から逃げるように後ずさる僕の背を、ななせが後ろから押し返す。
「マコトもいい加減観念なさい。ここまで来たのに何もせずに帰るというわけにもいかないでしょ」
「だ、だけどさあ」
「あ、なんでしたら伏見さんでも構わないですよ。呪った相手の動向調査ができるなら相手は誰でも構わないですから。ああ、そういえばこんなところで偶然わたしたちに出会って、ついてくることになるなんて、言ってしまえば運命みたいなものですよね。神様が今日の呪いのために生贄として差し出してくれたのかもしれません」
上田は、持っている鋏をななせのほうに差し出す。
「ア、アタシ? な、なんでそんなことに」
「運命です、あきらめてください」
上田がななせに迫る。今こそ男気を見せるときだ。ななせを護るためという名目があるならば、僕は呪いなんて怖くない。
「わかったよ。僕がやる!」
なんて、要するにななせに対して点数稼ぎをしたいだけなわけだが……
「そう、それじゃあよろしくね」
ななせケロリとした表情で上田から鋏を受け取り、それを僕に差し出す。
観念して前髪の端のほうを少し切り取る。ななせは上田に背を向ける形で僕の前に立ち、鋏と切り取った髪の毛を受け取る。そうすると、背中を向けている上田から見えないように、胸元に垂れている自分の髪の毛の毛先をそっと切り取り、僕の髪の毛と混ぜて束ねた。
「な、なにを……」
ななせは上田に聞こえないような小さな声で囁く。
「大丈夫。運命は共有するから」
上田はななせから受け取った髪の毛をポップな藁人形に詰め、『呪 高野聖』と書かれたお札を藁人形時の間に挟み、樹の幹に逆さまにした人形の左胸にヘッドがハート型になった五寸釘を打ち込む。
カーン、カーンと森林の中に釘を打つ音がこだまする。
嬉しそうにくぎを打ち付ける上田を僕は眺め、ななせはさらに森の奥のほうをぶらぶらと歩きまわっていた。
藁人形の胸に深々と釘を打ち終わった上田はご満悦のようだ。
「なあ、ところでなんで藁人形を逆さまに打ち付けるんだ?」
「そりゃあ、いろいろやってみたほうが検証の価値があるじゃないですか」
「そうはいってもさ、普通とは違ったやり方で呪ったせいで十分な成果が上げられないなんてこともありうるだろう?」
「大丈夫です。ちゃんと調べたうえでやってますから」
「なら、かまわんが……なんて、呪いなんか起きないほうがいいんだけどな。僕としては」
「それより、何か変わった様子はないですか? 胸が、痛くなったり熱くなったりはしていませんか?」
「そんなすぐに効果が出るかよ。つか、出てもらったら困るわ。呪いなんてあるわけないだろ」
「いやいや、効果、出てもらわないと困りますから。こっちはわざわざ藁人形セットを買って、こんなところまで呪いを掛けにやってきたわけですから」
「そんなことよりも僕の身の上を心配しろよ」
そんな無駄話をしているところに、森林の奥のほうからななせの声が響く。
「マコトー! 大変だよ! ちょっとこっちに来て!」
声を頼りに森の奥に入り、ななせの差す樹に括りつけられた藁人形。
見た目はシンプルな良くある藁人形だ。五寸釘が体の中央と、両足との合計三本が打ち付けられている。人形と樹との間に挟まれたお札には『呪 進藤隼人』と書かれている。
「これは、ちょっと……穏やかではないですね」
さっきまで喜び勇んで人形に釘を打ち付けていた上田が言う。
「さすがにこれはちょっとヤバいわね」
神妙な面持ちの二人に、僕はちょっとした違和感を持ち、聞いてみることにした。
「ところでさ、この進藤隼人って人、どんな人なのかな」
ななせと上田が二人そろって僕のほうを見る。
「本気で言っているんですか? うちの学校の生徒で進藤隼人を知らない人なんていないと思っていました」
「ああ、もしかして、うちの学校の生徒……とか?」
「マコト、シンドウハヤトっていうのはうちのサッカー部のエースだよ。今年三年でもうすぐ引退だけど、プロからのスカウトが来てるっていう話だし」
「そんなにすごいのか?」
「うちのサッカー部って、全国でも結構いいところまで行ってるし、そこのエースなんですからすごくないわけがないでしょ」
「しかもさあ、シンドウ君って、超イケメンで学校中の女子からモテまくってるのよ。それを知らないっていうマコトのほうがどうかしてるわよ」
「なるほど、そういう訳か……。よし、それじゃあ僕も釘打ちに参加することにしよう。ここで確実に息の根を止めておかないと後々わが校すべての男子生徒に不幸が訪れる」
「マコトって、最低だね……」
「いや、だって男子生徒みんなの敵じゃん」
「何言ってんのよ、シンドウ君一人とその他烏合のモテない男子たち全員なんて、天秤にかけてもシンドウ君一人のほうが重いに決まってるでしょ」
「暴論だな……」
「正論よ」
「よし、わかった。やっぱり殺そう。どこかに余っている釘はないのか?」
あたりを探すふりをして周りを見渡す。そこでふと、足元に白い三色ボールペンが落ちているのを見つけた。拾ってみると、よくある赤、黒、青の三色ボールペンだ。更に文字が印字しており、僕らの学校の名前と去年のサッカー全国大会出場記念の言葉が印字されていた。
「これ、犯人が落としたものでしょうか?」
「状況から考えるとそうだろうな」
「これを持っているっていうことは犯人はやっぱりウチの学校の生徒……しかも、たぶんサッカー部の関係者ってことよね」
「まあ、言いきれるわけじゃあないけれど、そう考えるのが無難かもしれないな。まあ、聞く限りじゃあ誰かに恨まれることがあってもおかしくはないかもしれないが……確かに穏やかな話じゃない」
そのとき、森林の中を歩き回る音を衣擦れの音に気づいた僕たちは軽快して身を隠した。
森林の中を、真っ白な和装で歩いてくる人影を見つけた。
繁みに身を寄せ合って隠れた僕らは遠巻きに白装束の人物を観察する。状況によっては見てはいけないものを見て、見てしまった僕たちに災いが降りかかるとも限らない。
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