Ep8.通じ合う心

 日が経つにつれ、スレグの中でライラに対するある想いが芽生え始めていた。無意識に彼女を目で追ってしまったり、話すときも今まで以上に緊張する始末——。その姿を間近で見ていたカイルがある日、スレグを畑へと誘い出した。


「スレグ―、収穫に付き合って。」


「あっ、うん。わかった。」


 2人で畑へと向かって歩いていると、スレグの気配を感じたのか魔獣のコリートが尻尾を揺らしながら近づいてきた。スレグの足に頭をすり付け、甘えたように喉を鳴らしていた。


「すっかり懐かれちゃってるね。」


「うん。この間も歩いていたら、僕に近づいて来てくれたんだ。」


「警戒心、どこに置いてきたんだ?」


「キューン?」


 カイルの問いかけに答えるかのようにコリートは鳴き声を上げた。

 畑に着き、収穫作業を始めると、コリートはスレグの肩までよじ登り、じゃれついてきた。


「ちょっと、くすぐったいって。」


「なぁ、スレグ?」


「なに?」


「お前、ライラの事好きだろ。」


「ぐふっ、けほけほけほ・・・。急になに・・・。」


「最近の様子を見てて、思ったことを言ってみたら当たってた。」


「いつもと同じようにしてたんだけど・・・。」


「はっ?あれで?」


「えっ?」


 カイルによると、ダカラコで接客中のライラの事を見ている姿や、食事のときにも落ち着きのない様子を見てすぐさまわかったそうだ。


 スレグがライラに向けたその想いに言葉をつけるとするならば――恋心。


 思わぬ指摘を受けたスレグは、今まで自分自身の気持ちに気付かぬふりをしていたが、認めざるを得なくなった。だが、気持ちを受け入れた途端、スレグは胸のチクリとした痛みが引くのを感じた。

〈これが――恋。〉

 ライラの笑顔を見るだけで幸せを感じていた、ライラと話をするだけで心が温かくなった――、色々な事を思い返し、スレグは無意識に笑みをこぼした。


「ちょっと、デレデレしてないでさっさと済ませて。帰ったら仕込みが待ってるんだから。」


 カイルの言葉に我に返ったスレグは慌てて作業を再開した。

 ある程度収穫を終え、2人と1匹はダカラコへと踵を返していた。しばらくすると、スレグの肩に乗っていたコリートが地面へと飛び降り、2人を背に毛を逆立て、何かを威嚇する仕草をし始めた。同時にカイルもスレグも何かを察し、辺りを警戒した。


「スレグも感じたか?」


「この感じ、あの時・・・、ビクターのときと同じ?いや・・・あの時以上だよ。それに・・・カイル!!村が!!」


「急ごう!!」


 カイルとスレグは持っていた荷物を放り投げ、ダカラコに向けて走った。その後を追うようにコリートも走り出した。

 ダカラコへ着くなり、勢いそのまま扉を開けた。


「母さん!!ライラ!!」


「カイル、スレグ。」


 息を切らし入って来た2人を出迎えたのはダンだった。椅子に腰かけ、まるで2人が帰ってくるのを待っていたかのように出迎えた。


「父さんっ。母さんとライラは?」


「今しがた出て行ったところだよ。・・・村の結界が打破されそうだと。」


「やっぱり。よしっ!!スレグ、行こう!!」


「2人とも!!」


 急いで出ようとしていた2人をダンは止めた。


「本当に行くのか?」


「行かなきゃ!!村を守る役目が俺にはある!!」


「スレグ。君はどうなんだ?」


「僕も、僕も村の人たちが心配です。トラウェル先生も、おじい様だっている村が危険だなんて・・・。ビクターのときは何にもできなかったけど、僕にだって何か力になれることがあるはずです!!」


「私はここでみんなの帰りを待ってるよ。・・・それしかできないからね。・・・気を付けて。」


 その言葉を聞き、2人は扉の外へと駆け出した。

 開いたままの扉の近くには先ほどまでカイルとスレグと一緒にいたコリートの姿があった。ダンが気付くと、コリートは一声鳴き、2人の後を追うように去っていった。


「これも何かの縁か・・・。どうか無事で。」


 ダカラコを後にしたカイルとスレグは村まで急いでいた。その道中——、スレグはあることに気付いた。懐かしいとも言えるこの感じ。


「カイル。僕———。」



*・*・*

 不気味な雰囲気を感じ、人族村では村民が1か所に集まっていた。破られることはないと思っていた結界が打破されそうであり、辺りを警戒していた。


「この結界、破られることはないよな?」「魔族の結界だぞ。」「何が起ころうとしているんだ。」「不気味なくらい静かだ。」


 時同じ頃——、コメリアとライラは村の近くである光景を目の当たりにしていた。

 

「あ、あれは一体・・・。」


「魔物を統率しているのは誰?!」


「母さんっ!!ライラっ!!」


 2人が声のした後ろを振り返ると、カイルとスレグが息を切らしながら走って来る姿が目に入った。


「カイルはともかく、なんでスレグまで来てるの!!?」


 ライラはスレグに詰め寄るように問いかけた。


「じっとしてられなかったんだ。」


「だからって・・・、こんな所に来るなんておかしいわ!!今すぐ店に戻って!!」


「いやだ!!」


「なっ、何言ってるの!!ここは危険なの。今すぐ戻って!!」


「絶対に戻らない!!僕も一緒にいる!!」


「どうしてわかってくれないの?」


「わかってないのはライラじゃないか!!僕だって守りたい人がいるんだ!!」


「その人たちなら結界で守ってるわ!!」


「村の人たちもそうだけど、僕はライラを守りたいんだ!!」


「私?!自分の身ぐらい自分で守れるわよ!!」


「あー、もうっ!!好きな人を守りたいんだ!!」


「なっ、えっ、えぇ?スレグが?私を?」


「もう、こんなときに2人の世界を作らないで欲しいわ。」


「やっと終わった・・・。見ててこっちが恥ずかしくなったよ・・・。」


 スレグとライラのやり取りを見ていたカイルは笑うのを必死に堪えていた。コメリアは微笑ましそうにその光景を見ていた。


「なんだか微笑ましくてずっと見ていたかったけど、そうは言ってられないわね。」


 コメリアの言葉に3人は身が引き締まった。視線の先には、先ほどよりも姿形がはっきりと見えるまで距離が縮まった魔物たちの姿があった。

 スレグは息を整え、3人に向かってこう言った。


「この魔物を統率しているのは、紛れもない、僕の兄であるマーレンだよ。」

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