Ep7.青い光の矢

 トラウェルが村民に対し声を荒げたのは初めてのことだった。

 いつも穏やかに対応する彼が、一変した姿を目の当たりにした村民たち——。辺りは異様な静けさに包まれ、夜風の吹く音だけがその場に響いた。

 

「ビクターのことは本当に残念だった。だが・・・、スレグの事を悪く言うのは、他の誰よりも彼のことを知っている、この私が許さない!!」


 彼の悲痛な叫びを村民は静かに聞いていた。表情から垣間見える怒り、切なさ、やるせなさ――。トラウェル自身、このような事態を防ぐことができなかったことを悔やんでいた。それだけ今回の魔物は理性が高く、戦闘能力も高いことが判明したのだ。村民たちは魔物討伐を魔族の騎士団へと依頼し、討伐が済むまでの間は結界の外へ出ることを控えることで、今回の事態は収拾した。

 ビクターの埋葬に関しては、魔族騎士団へ依頼することとなり、村民たちは村の中で冥福の祈りを捧げた。


 

 ビクターの死後、スレグは『ダカラコ』で過ごすこととなり、自ら進んで店の手伝いをしていた。以前に比べ、表情も穏やかとなり、カイルやライラとも打ち解けるようになった。

 そんなある日、スレグはカイルから農作物の収穫を依頼され、店の近くにある畑へと出向いた。畑へ着くと、目の前には見たことのない生き物がいた。全身は水色のフサフサした毛に覆われ、5束ほどの尾をゆらゆらとさせ、頭の中心から伸びた長い耳を時折曲げ、4本脚で駆け回る小型の生き物——。スレグが近づこうとすると、まん丸とした目がスレグを捉えた。よく見ると、左右の瞳の色も違うことに気付いた。


「襲ったりしないよ。こっちにおいで。」


 スレグが手を前に出すと、その生き物は警戒しながらもゆっくりと近づいてきた。スレグも生き物のペースに合わせるように待ち続けた。しばらくすると、生き物はスレグの手に顔をすり寄せ、撫でて欲しいと催促するような仕草をした。


「なんだお前ー。僕のことを受け入れてくれたのか。かわいいなぁ。」


「キューン、キュキュキューン。」


 その言葉に反応したかのように、鳴き声を上げながら生き物もスレグにじゃれつくようになった。


「おい。はははは。くすぐったいよ。」


「あら、コリートが懐くなんて、スレグすごいじゃない。」


 声のする方を見ると、そこにはライラの姿があった。ライラはスレグと目線が同じになるように屈み、コリートと呼ばれる生き物を撫でた。


「コリートってこの子の名前?」


「ううん、違うわ。コリートっていう魔獣の一種よ。警戒心が強いから、普段は人前に姿を見せないの。」


「そうなんだ。魔獣の一種・・・。」


「私も遠目でしか見たことなかったわ。こんなに人懐っこいのね。」


 ライラは微笑みながらコリートを撫でていた。その姿を見ていたスレグは、胸の奥がチクリとする感覚を覚えた。

〈なんだこの感じ――。〉


「スレグ、どうかした?私の顔に何か付いてる?」


 ライラに声をかけられるまで、彼女の顔をまじまじと見ていたことに気付いたスレグはみるみる顔が赤くなり、慌てて視線を外した。


「・・・ごめん。何も付いてないよ。・・・ただ・・・ライラの笑顔が可愛くて・・・。」

〈えっ!?僕何て言った?どうしよう、思ってたことそのまんま言うなんて――〉


「・・・・・あ、ありがとぅ。」


 照れながら答えたライラの顔も赤くなり、2人はしばらく無言のままその場で固まっていた。

 話題を変えてこの空気感を変えようと思い、スレグはあることをライラに尋ねた。


「あ、あのさ・・・、ライラ。ずっと聞きたかったことがあるんだけど、聞いてもいいかな。」


「なんでもどうぞ。」


「ありがとう。・・・僕が村へ向かっていた道中のことなんだけど、川の近くで魔物に襲われそうになってたときに助けてくれたのって、・・・ライラだよね?」


「・・・そう・・・、だね。」


「僕の見間違いじゃなかった・・・。だったら、あのとき・・・魔物に向かって放ってた青い矢も、ライラが持ってるの?」


「やっぱ気になるよね・・・。うーん。持ってるというか、普通の矢に特殊な能力を付加してる、って表現が合ってるかな。」


「特殊な能力!!?」


「スレグも魔族なら何かあるんじゃないの?」


「僕にはそんな能力・・・・・ないよ・・・。」


「キューーン。」


 スレグを慰めるようにコリートが頭をすり付けた。

 

 ライラが言うように、魔族には魔族ならではの能力を秘めている。スレグがその能力を目覚めさせたのは――しばらく経ってからのことだった。

 


*・*・*

 その一方——、魔族の国ではあちこちで騎士団が魔物を食い止めきれずにいた。

今まで目の当たりにしてきた魔物とは違い、理性を持ち合わせた類が多く、襲撃も数か所で起こり、騎士団を手こずらせている。——まるでがいるようにさえ思えた。


「一体どこから入って来てるんだ!!」

「攻撃が効かない!!」

「被害状況が把握できない!!」

「我々で抑えきれない!!」

「このままでは住宅街にも魔物が押し寄せるぞ!!」

「ケガ人の手当を!!」


 飛び交う騎士団の声を城の屋上から見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべ彼は呟いた。


「さあ、準備は整った。」

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