第50話【想いは墓場まで】

 吉田さんと沙優ちゃんを出たあと、とてもそのまま自宅に戻れる気分になれず。 

 私の足は自然と場所へ向かっていた。

 到着するなり膝は力無く折れ、髪が汚れるのもお構いなしに地面に大の字で寝そべる。

 ......ホント、冬の夜空は嫌味なくらい綺麗だ。

 夏の夜空も個人的には好きだけど、単純な綺麗さで言ったら空気中の水蒸気やちりが減って純度の高くなる冬の夜空には遠く及ばず。

 今にも星たちが地上に降り注いできそうで、いつまで見ていても飽きない。 

 但し、寒いという欠点を除けば。

 加えて胸の奥に痛みも感じるのは、寒さや病気によるものではないことがウチが一番よく分かっている。

 

 大人は身勝手な生き物だ。

 子供は大人の言う事を聞くのが当たり前だと思い込み、こちらの意思を無視して自分の考えを押し付けてくる。

 幼少期の洗脳はとても厄介で、ウチも親や先生の言うことが絶対に正しいと一定の期間まで全く疑いもしなかった。


「結城家の人間がそんな安定しない職に付こうだなんて、言語道断です。くだらない夢はさっさと捨てることね。惨めなだけよ」


『くだらない』と一蹴され、ウチは黙ってはいられなかった。

 母親に向けた怒りの感情はすぐに反抗と虚勢に姿を変え、偽りのギャルへと擬態させた。

 見た目だけでなく言葉遣いや仕草も徹底して。

 自信はあった。

 ただ演じるのを優等生からギャルにすればいいだけの話。

 なのにあの人は――出会ったその日にウチの擬態をあっさりと見破った。

 

 大人に対して全くいいイメージを持っていなかったウチにとって、吉田さんとの出会いは衝撃的だった。

 家出女子高生を拾って一緒に生活。

 やってることは法律上問題のある行為なのに、吉田さんには不思議とやましい雰囲気がまるでなく、むしろ沙優ちゃんに向ける温かい眼差しは保護者目線で。

 そのくせ同い年のウチには年の離れた友達のような接し方をしてくる。

 そう、あれは確か沙優ちゃんが北海道に帰ってから最初に家に訪れた日の夜だ。


「友達なんだから別にいいだろ」


 夜もそこそこ遅い時間、近くのお店まで夜食の食材を買いに行こうとした際。ためらうウチに吉田さんがかけた言葉。

 独善的な彼らしいと思ったと同時に、ウチのことを初めて『友達』と呼んでくれたのが何より嬉しかった。不意打ちすぎて反応に困ったけど。


 悩みを話せば真剣に一緒に悩んでくれて、大人の先人せんじんらしい助言を与えてくれる。

 逆に吉田さんが恋愛絡み等で困ったことがあれば、女性代表としてウチが助言を与える。

 年齢差も記号も取っ払った対等な関係。 

 諜報員? 監視役? 吉田さんに会いゆく理由付けはすぐに消え、だから沙優ちゃんが不在でもあの二年間は意外と楽しかった。

 彼はうら若きJK・JDが四捨五入すれば30歳のおじさんの家に夜遊びに行っても、や

ましいことは一切してこず。

 当たり前だ。相手はウチより可愛くて胸も大きい魅力的なJKと住んでいても平然としている、例えるなら全てを達観している仙人みたいなおじさんだ。

 仮にウチが面白半分で夜這いでも仕掛けようものなら「もっと自分を大事にしろ!」等とお説教付きで叱られることだろう。

 いつしか吉田さんへの信頼は憧れへ。

 そして、憧れからその先へ......か。


「正直、実感ないんだよね」


 心臓の位置に手を当ててみた。鼓動はまだ少し早く脈打っている。

 沙優ちゃんから吉田さんと結ばれたと直接聞かされた時、ウチは嬉しさのあまり沙優ちゃんの前で号泣してしまった。その気持ちに嘘偽りはない。

 なのに、この夜空に浮かぶ星たちみたいに掴むことができないもどかしさは一体なに?


「まいったな......ウチの恋人は小説のはずじゃなかったの」


 男女の間に友情は成立しないとはよく言ったものだ。

 まさか自分自身が身を持って思い知らされるなんて。ウチも案外ちょろい女なのかも。 

 

「知ったところでどうしろっていうのさ」


 収まるべき鞘に収まった吉田さんと沙優ちゃんには、誰にも断ち切ることができない強い絆があって。それを揺らすことさえウチは望んでいない。

 沙優ちゃんには笑顔が一番似合う。

 だからずっと幸せでいてほしい。

 親友の笑顔を奪ってまで、ウチは吉田さんと恋人になりたいとは断じて思わない。

 

「そもそも、勝てる見込みがこれっぽっちもないやつが何カッコつけてんだか」


 試しに小説でつちかった知識と経験を活かしウチが吉田さんと結ばれるルートを想像するも、出てくるものはNTRばかり。

 想像上の物語の伝家の宝刀である都合のいいことは、現実では起きて精々生涯一回が限度。

 作者、この場合は神様か。ましてや連続となれば、神様の気でも狂わない限りまず起きえない出来事なのだ。

 あとこの問題には致命的な欠陥も抱えている。

 大のおっぱい星人である吉田さんのお眼鏡にかなうほど、ウチのお胸は立派ではないこと。失礼な!


「......ぷっ。こんな時でも小説のこと考えて......ウチもつくづく小説バカだねぇ」


 親友との友情に挟まれて苦しむと思った?

 バカめ。誰が神様あんたの都合のいいように動いてやるもんか。

 冬の乾燥した冷たい空気を大きく吸い込み、神秘的な夜空に向けてこう叫んでやった。


「神様のバカヤローォォォォォォ!! 余計なことするなっつーの!! 許してやるからコンテストで入賞させろぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 物語にスパイスを。分かるよ。ウチも創作者のはしくれだし。

 でもやらされる側はたまったもんじゃないんだよ! そのくらい気付けバカ!

 今回だけは許してやる。

 その代わり、ウチをコンテストに入賞させてほしい。

 いろいろな想いと願いがこもった叫びは静寂をぶち壊し、言い終わればまた何事もなかったように静寂が押し寄せる。


「はぁーっ。スッキリした」


 もうちょっとだけここにいたい気分だけど、さすがにこれ以上いては風邪を引いてしまう。貴重な大学生の春休みを一日たりとも無駄にさせてなるものか。

 それに、いま無性に創作意欲が湧いて仕方がない。

 起き上がり、軽く全身を払い、さて帰りますか――とその前に。

 夜空へ向かって利き腕の拳を突き上げ。


「結城あさみをなめんな」


 ケチでサディストでどうしようもないこの世界の創造主様に宣戦布告してやった。

 母親のしがらみや厳しい現実に負けず、いつか必ず、望んだ未来をこの手にしてやると。

 こうしてウチの、大人になってから訪れた淡い初恋の物語は、体感約一時間でその幕が下りた......実にサバサバしたウチらしい。

 

   

          ◇

 第5章を最後まで読んでいただきありがとうございます!m(_ _)m

 次回は特別編を、8月23日(金)の午前6時01分に投稿予定です。

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