特別編
特別編1【4歳】
子供の成長は恐ろしく早い。
ついこの前まで私の母乳を美味しそうに飲んでいた娘が立って歩くようになり、そして今では会話ができるまでに成長を遂げていた。
「今日も白雪姫でいいの? 昨日も、その前の日も読んだでしょ」
「いいの~。あっち、したゆきいめだいしゅきなんだも~ん」
舌足らずな口調で娘は私に白雪姫の絵本を渡すと、いつもの定位置である膝の上にすとんと降りた。どうやら彼女の最近のマイブームらしい。
白雪姫――悪い義母の手によって毒リンゴを与えられ永遠の眠りについてしまったお姫様が、王子様のキスによって目覚め結ばれる、言わずとしれたグリム童話の一つだ。
絵本は子供が理解しやすいよう簡潔に、かつ白雪姫目線で平和的に物語が閉められているが、実際の物語はドロドロと嫉妬に狂った義母の転落劇。
その最後も
「ママもおうじさまにきしゅしゃれておきたの?」
「ん? どういうこと?」
絵本を読み終えると、娘がつぶらな瞳で私を見上げた。
「だって、かなちゃんがいってたよ~。おうじさまはパパで、したゆきひめはママなんだって」
「ああ、なるほど。そうだね......ママの場合は、パパに拾われて起きたの」
「しろわれた?」
「うん。お酒飲んで酔っ払ったパパに」
何年経っても吉田さん......夫との出会いは今でもハッキリと覚えている。
長年の片思いの相手に振られ泥酔状態だった彼は、電柱の下で途方に暮れていた私を見つけ、拾ってくれた。
運命の出会いと呼ぶにはあまりに雰囲気がアレだったけど。
「んげっ。パパおちゃけくちゃかったの」
「それはもう。しかも朝起きたらママを拾ったこと忘れてたんだよ。酷いよね~」
「しどい! これはパパ、かえってきたらおへっきょうだな」
4歳にしてお説教の言葉と意味を知っている我が
腕組して口を真一文字に結ぶ姿に、ある日の夫の姿が被り鼻を鳴らしてしまう。
「お説教はやめてあげて。パパ、ショックで泣いちゃうよ」
「でも......」
「パパはね、私たちのご飯のために夜遅くまで働いてるの。パパがショックでお仕事できなくなったら困るでしょ」
「......こまる」
子供は本当に喜怒哀楽が激しい。
ほんのさっきまで怒っていた顔が、みるみるうちにしおらしくなる。
「分かってくれてママ嬉しい。だから、パパが帰ってきたらいっぱい肩揉んであげてね」
「あ~い! わかった~!」
元気よく返事をする娘の頬はお餅みたいにぷにぷにしていて、私はなにかにつけて自分の頬を擦り付け、若さという名の
愛する人との間に生まれた子供――テレビやスマホのニュース等で、未成年者の家出少女の姿を見る度に思い知らされる。
私は本当に運が良かった。
最悪なところに行くその一歩手前で、夫に出会えたのだから......。
もしもあの時、電柱の下で出会っていなかったら、今頃こんな風に子供と楽しく夫の帰りを待つ幸せを味わうことはできなかったと思う。
それほど私にとって夫との出会いは、その後の運命を大きく変えたものだった。
リスクを
「ママも、パパとねりゅまえに、い~っぱいぷろれすごっこしてあげてね」
「......え?」
そろそろ夕飯の支度をと、娘を膝の上から動かし、立ち上がろうとした私の動きが止まった。
「かなちゃんがいってたの。かなちゃんちのパパとママも、ねりゅまえになかよくぷろれすごっこするんだって。いいな~。あたちもいっしょにぷろれすごっこしたい」
「ハ、ハハ......かなちゃん、そんなことまで知ってるんだ」
「うん! かなちゃんしゅごいんだよ! あたひがひらないことなんでもひってるし」
「す、すごいねぇ」
子供は無邪気だ。
意味が分からずとも響きが気に入ればところかまわず言ってしまう。
例えそれが、夜の営みを隠すための隠語だったとしても。
さて、どうしよう?
一度持ってしまった娘の興味を離すのはなかなかに至難の業だ。
「残念でした。プロレスごっこは大好きな人と一緒にするものなの」
「あたち、パパとママのことだいしゅきだよ?」
――まいった。
4歳児に好きにもいろいろな種類があることを教えるのはほぼ無理だ。
近所に住む一歳年上のかなちゃん、要注意幼児だな......あと私たち夫婦もしばらく自重したほうがいいかも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます