SS4【勝負下着】

「沙優ちゃん、これなんかどうよ?」

「うーん......ちょっとデザインが好みじゃないかも」


 あさみに誘われやってきた、ショッピングモール内のランジェリーショップ。

 最初こそあさみの下着を選んでいたはずなのに、いつの間にか私の下着を選ぶ流れへと変わっていた。


「おかしいな〜。今日はあさみのを買いに来たんじゃなかったっけ?」

「まぁそういう細かいことは気にしない。人の勝負下着を選ぶのもまた勉強の一環なのだよ」


 どうも生地が薄く派手なデザインの物ばかりをチョイスしてくるかと思えば。やっぱりそうだったか。


「勝負下着の勉強をするってことは、あさみにもついに彼氏ができた感じ?」

「だったら今日はそっちと予定入れてるはずでしょうよ」

「確かに」


 あさみなら今日がクリスマスイブでも彼氏より友人たちとの約束を優先しそうな気がしなくもないので、益々理由がわからない。


「チッチッチ。お嬢さん、勝負下着は何も好きな男性に見せるだけが役割りじゃないんですぜ」

「どうでもいいけど、お店の中でそれはちょっと恥ずかしいからやめて」


 芝居がかった口調で得意気に語ろうとするところを申し訳なく思うが、クリスマスイブ当日の幅広い層のお客さんで賑わっている店内で小芝居を始めるのはご遠慮願いたい。


「私は常日頃から勝負下着を履いてるのよ。ちなみに今日のは緑の総レース」

「ホントに勝負してる」

「良ければそこの試着室で沙優ちゃん限定に見せてあげてもいいし」

「ダメだよあさみ。子供じゃないんだから、冷やかし厳禁」


 何か購入するならまだしも、この様子だと見るだけ見て終わりになりそうな気もしなくもなく。

 購入目的以外で試着室を使うのは当然マナー違反だ。


「だよね。ごめんね。でも勝負下着の本質はさ、自分のモチベーションアップだと私は思うのですよ。可愛いものを身に着けてると、目に入るだけで気分良いじゃん。創作も含めて全てにおいてモチベーションも上がるし、気合も入る。いいこと尽くめな、自分にしか基本見せない宝石なわけ」


「あさみは小説書いてるだけあって、毎回着眼点が独特だよね」

「えー、そうかな?」


 もうあさみと出会ってから約二年半近く経つ。

 北海道に帰ってからも、彼女との連絡は私にとって大きな支えの一つになっていた。

 いつも喧嘩ばかりしているというあさみの両親には、こんな素晴らしい女性に育ててくれてありがとうございますという感謝しかない。


「そうだよ。その個性的な考え方、私は結構好きだよ」

「吉田さんより?」

「またそういう意地悪な質問をする。お店も混んできたから、早く私を納得させる勝負下着を選んでよ」


「おっ、沙優ちゃんノってきたね。んじゃあさ......これはどう?」


 次にあさみが棚から手にした下着を見るなり、つい昔を思い出し苦笑を浮かべてしまった。


「......黒の総レースか」

「そっ。沙優ちゃんみたいな上品で清楚系な子って、黒みたいに一見地味だけど主張が強い色がベストマッチだったりするんだよね」


 黒い総レースのブラを私の胸の前にあてがい、あさみは顎を手で触りながら不敵ににまにまと口角を上げた。

 彼女の読みは合っていると思う。

 でも私は、


「黒はちょっと......パスの方向で」

「えー! なんでよー! 吉田さんだって絶対に喜ぶよ!」

「......そうかな」


 未だに、黒の下着を身に着けることにはなんとなく抵抗があった。

 まだ吉田さんと出会う前の頃。

 自分の体を対価として、男の人たちから寝床を提供してもらっていた。

 その時に私が相手を誘惑するためによく利用していたのが、こんな風に煽情的な雰囲気の色合いとデザインの黒い下着だった。

 吉田さんにだってそれは例外ではなく。出会った時、そしていつまた宿を追い出さられるかわからない不安に襲われ迫ってしまったあの時も、私は身に着けていた。


「――ごめん。私、なんか沙優ちゃんの地雷踏んじゃった感じ?」

「ううん。そんなことないよ。あさみは全く悪くないし」  


 そうだ。全ては過去の自分のせいなんだ。

 男なんてちょっと誘惑してやれば簡単に宿を提供してくれると思っていた、酷く甘ったれたお子様だったあの頃のツケが、こうして大人になった今でも呪いとして縛り付けていた。


「本当に?」

「本当に。だからそんな顔しないで。女の子にとって勝負下着は宝石なんでしょ? そんなんじゃ私のどころか、自分に合ったいい宝石を見つけられないよ?」


「沙優ちゃん......やっぱり沙優ちゃんは私の一番の親友だよ~♪」

「ちょっとあさみ......恥ずかしいからこんな場所で抱き着かないで」


 周囲にいる制服姿の女の子二人組がこちらを興味深そうに凝視している。顔が熱い。

 明らかにあさみとの関係を勘違いされてしまった雰囲気だ。


「今はまだ無理だけどさ、いつか克服してみせるよ。このままずっと負けっぱなしなのは悔しいから」

「何のことかはわからないけどさ、沙優ちゃんならきっと大丈夫。ウチももちろん応援してるし」


 嫌な歴史があるなら、楽しい歴史を重ね上書きしてやればいい。

 いいことだけでなく嫌なことも全て受け入れた上で、新しい歴史を築いていけばいいことを、目の前の親友が教えてくれた。

 いつか私もあさみのような頼れる立派な女性になれたらいいな――憧れていることは、本人には絶対内緒だけど。


「普通のに抵抗があるならさ、ここは斜め上の角度から試しに責めてみるのはどう?」

「斜め上の角度?」

「そう。例えば......こういうのとかさ」


 ようやく腕から離れてくれたと思ったら、今度はニヤニヤと近くの棚にあった黒のティーバックを手に取って見せた。


「あ、いいよねティーバック。最初はあのお尻にくい込む感じが苦手だったけど、慣れるとそうでもないし。でも今みたいな寒い時期にはお勧めしないかな〜」


「......え?」


 ――いま私、何か変なこと言ったかな?

 あさみが目をしばたかせ、口をポカンと開けたままこちらを見ていた。


「......その口振りだと、履いた経験アリと受け取ってもよろしいんでしょうか?」

「うん。勝負下着でティーバックっていったら定番でしょ。何枚か持ってるよ」


 あれ? 店内の空調があってないのかな。

 あさみの顔色が急に悪くなっていってるような気がするんだけど。


「中にはもっと下着の役割を果たしてないのもあったり、それこそただの紐みたいなのもあったりして面白いよね......って、あさみ大丈夫? なんだか顔色悪そうだけど」


「......ハハ。......沙優ちゃんが私を置いて、どんどん遠いところに行ってしまう......」


 ――その後。

 どういうわけか、あさみは買い物中ずっと私に敬語で話かけてきた。

 でもクリスマスパーティが始まったら元のあさみに戻っていたので、結局何だったのかわからずじまいに終わってしまった。

 

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