第16話【淫夢】

 ――地に足が着かない、この身体中がふわっと宙に浮いているような感覚。

 その情報だけで今が現実ではないことが直感として自然に理解できた。

 仄暗ほのぐらい視界に写るのはレンガ調の壁と、それに鉄パイプとよく似た拘束具に両手・両足を固定され痴態を晒す――全裸の沙優。

 足を逆八の字に開き、穴と目視できる全ての箇所には物を入れられ、胸の突起についたクリップのような器具が鈍い光を放つ。

 視点の定まらない、とろけた両の瞳から溢れる涙は下と同様に止まることを許されず、頬を伝って地面へと流れ落ちる。


「......んぅぅぅっっっ」


 沙優は口を塞ぐ球状の器具の隙間から、不自由にあえぐ。

 感覚など感じないはずなのに、俺の男たる部分はかつてないほどにたかぶり、いきり立つ。

 部屋中を漂うむわっとした発情するメスの香りと、沙優の周囲に散らばる使用済みと思われる快楽を与える器具に異常性を感じながらも、俺は気持ちを抑えることができず襲い掛かった。


「ンぐ!? ふぅぅぅン!?」


 子供を産むための入り口を塞いでいる棒状の振動機をこれでもかとさらに力強くねじ込むと、煽情的せんじょうてきな声が一層大きく室内に響き渡り、脳髄をこれでもかと刺激。間髪入れずにその下の排泄物を出すための穴から飛び出た輪っかを勢いよく引っ張り出すと、今度は獣のような鳴き声で咆哮する。


「おっぅ!!! ほぉぉぉっっっ!!!」


 達することができないジレンマを抱えながら身体を小刻みに震わせていたとは思えないほど、お腹をきゅっと締め台座から腰をビクンビクンと痙攣させて甘美な汁を垂れ流す。

 よだれまみれの上の口周りを舌で舐め回し、時には唇を這わせ。

 一緒に下の穴を塞いだままの振動機を上下にピストンさせたり、胸の突起を苛めるクリップに刺激を与えて反応を楽しむ。


「......ぷぁっ! んふぅぅぅ......んっ......んぅ」


 沙優をもっと感じたくなり、口を塞ぐ器具を外し思いきり唇にかぶりつくと、沙優も負けじと俺の想いに応えるかのように舌をなまめかしく動かしむさぼる。二人の唾液が混ざり合い、唇を離してもお互いの舌先を細く透明な純度の高い愛のラインが繋ぐ。

 

 ――まだ足りない――沙優を支配したい――犯したい――。


 心の底からとめどなく溢れ終わりの見えない黒く歪んだ負の感情が、沙優をさらなる快楽の沼へと堕とせと命ずる。


「......え? ちょっと待って吉田さん! そこはまだ......いぎッ!!!???」


 振動機が入ったままの穴へ、『ここは俺の場所だ』と言わんばかりに、いきり立った俺のものは無理矢理挿入を開始した。

 

「......かはッ! ......はッん!......あぁぁぁ......」


 骨がギチギチと鳴り、狭くなった肉の壁の中を、真っ赤に充血した肉の棒が邁進していく――目を見開き魚のように口をパクパクとさせながらも、苦悶と快楽の二重奏で歪ませた沙優の顔が徐々にフェードアウト――そこで夢は終わり、目を覚ませば、見慣れた家の天井がそこにあった。


「............勉強のし過ぎだな、こりゃ」


 深い大きなため息が漏れ、股間に感じるのは独特な粘り気と冷たさ。どうやら俺は夢精をしてしまったらしい。

 夢の中で淫らな痴態を晒していた沙優はというと――俺の肩に頭を乗せ、幸せそうな寝顔を湛えている真っ最中。二年の月日で沙優は良い意味で大人の女性に成長したが、寝顔なんかはあの時から変わらず、あどけなさが残る。


 夢の中で沙優と、しかもあんなアブノーマルな性行為をしてしまったのには、おそらく最近勉強の一環で見始めたAVが起因している。


 男の俺から見て、沙優はセックスが上手い。


 どうすれば男をよろこばせることができるかを熟知しているふしがあり、油断すると主導権を持って行かれそうになり焦ってしまう。

 こちらも負けじと愛する人にもっと気持ち良くなってもらいたいと考えた結果、俺は沙優が部屋にいない時間はもっぱらSNSやAVでセックスの研究をするようになった。

 ――違うな。相手のためと言っておきながら、本当は俺自身の尊厳のためと言うのが多くの部分を占めている。要するに見栄を張りたいだけなのだ。


「にしたって、一穴二本挿しはさすがに無理があるだろ......」


 主導権を握れる代表的なシチュエーションの一つ、拘束プレイ。

 昨晩沙優が風呂に入っている間に参考と称して見ていた過激な拘束・緊縛もののAVが、まさかこのような形となって俺の夢に表れるとは。大体、現実問題として一つの穴に二本はいくらなんでも不可能だ。人の体はそこまで軟体にできてはいない。沙優の体が壊れてしまう。


 でも――あの苦痛に歪み、白目を剥きそうになりながらも快楽に溺れた表情を思い出すだけで、また胸の奥の良かならぬ感情がざわざわと騒ぎ出す。

 それはいつもと違った趣向の行為に及ぶ時に必ずと言っていいほど現れ、気持ち悪さと気持ち良さが合わさった姿で、俺の自我を奪おうと手を伸ばす。


「......しばらく拘束プレイはお預けだな」


 沙優の手首に薄っすらと赤く残ってしまった拘束具の跡。

 大学やバイト先で周囲にあらぬ誤解を与えてしまっては可哀そうだし、何より沙優がそういう目で見られてしまうことが俺には耐えられない。これはあくまで俺の興味が起こしてしまった行為のせいなのだから。沙優には何の責任もない。

 

「ん............おはよう、吉田さん」

「ああ。おはよう」


 隣で寝ていた沙優が目を覚ました。


「手首、跡残っちまったな」

「......そうだね。昨日吉田さんがいっぱい愛してくれた証拠だね」


 俺の胸に片手を添えたまま、慈しみの笑顔で微笑む沙優。


「体調は大丈夫そう?」

「見ての通りだ。朝から目が冴えてるだろ」

「ホントだ。目つきが悪くない」

「うるせぇ」


 ピロートークはしょっちゅうだが、こうしてカーテンの隙間から早朝の陽射しが降り注ぐ中、お互い全裸でベッドの上で会話を交わすのは妙な新鮮味を感じてくすぐったい。

 ただ昨晩、黒いモヤモヤをノンアルコールで酔ったと嘘をついたことには、どうしても後ろめたさが残ったが。


「沙優の方こそ肩、痛くないか?」

「平気だよ。日頃からバイトで鍛えてるし。カフェスタッフの肩をなめないでください」

「へいへい」


 舌を小さく出し得意げに語る沙優は、学費以外の金銭は全てアルバイトで補っている。

 大学からほど近い場所の大型チェーン店で、同棲する前から続けていて今も週三程度、学業に影響が出ない程度に出勤している。


「俺としてはいい加減、働く沙優の姿を見たいんだが、ダメか?」

「ダーメ。私がいいって言うまで絶対に来ちゃダメだからね」


 来るも何も、家から一時間かかる場所では土日の休みくらいにしか行けないうえに、基本沙優は土日は俺と一緒にいることを優先するのでシフトに入らない。

 となると平日に仕事の有給を使ってまで行く手段のみ。

 同僚は同年代の女性ばかりだというが、恋人としてはどんな職場で働いているのか――いつか内緒で行ってやろうかと密かに思っている。


「......いま悪いこと考えてるでしょ」


 ジト目で問われ小さくうめいてしまう。


「してねぇよ」

「そんな吉田さんにはこうです」

「あ、バカ!」


 俺の股間に手を伸ばした沙優の動きが一瞬にして止まり、ゆっくり頭を上げ、


「......吉田さん、そんなに私が拘束される姿に興奮したんだ。起こしてくれれば、されたままでしてあげたのに」


 頬を赤く染め、もじもじとはにかむ沙優は、どうやら盛大な勘違いをしているようだった。そんな沙優に俺は、


「......またそのうち頼むよ」


 そう、本心ではない言葉で返し、自嘲気味に笑った。

          ◇

 次回、第17話は11月24日(金)の午前6時01分に投稿予定です。

 レビュー・応援コメント、いつでもお待ちしておりますm(_ _)m


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る