第7話【続・夏祭り】
控えめに言って、沙優はモテる。
以前、外で待ち合わせをした際、同年代に近そうな男たちにナンパをされている現場を目撃したことがある。それも数回。
何処の誰とも知らない、いかにも遊び人といった風貌の赤の他人が、人様の恋人へちょっかいを出してくるのは勿論イラっとする。
沙優はそういった連中をあしらい慣れてるにしても、毎回簡単に済む保証はない。
今だってそうだ。
沙優が早めに待ち合わせ場所に来ていることを見越してこちらも早く向かえば、案の定、神社の鳥居の下で2人の男に左右を囲まれていた。
一応笑顔は取り繕っているが、挙動はほとほと困っているという様子。
俺の姿を見つけた沙優はこちらに満面の笑みで手を振り、男たちに軽く会釈をして真ん中をすり抜ける。
『なんだ、おっさんじゃねぇか』
賑やかな
捨てゼリフを吐き、男たちは屋台が立ち並ぶ境内の人混みの中へと消えていった。
「早いね吉田さん」
「こんなことだろうと思ったから早めに来たんだよ。やっぱ正解だった」
「心配性だね。私があんな人たちに引っかかるわけないでしょ」
沙優は過去の暗い経験から、他の女子大生よりも高い危機感地能力を持っている。
そのおかげで、最悪の展開を免れることに一躍買ったと言っても過言ではないかもしれないが。
「というか、一緒に住んでるんだったら一緒に向かえばいいじゃねぇか。なんでわざわざこんな面倒なことをする必要がある?」
「神社の鳥居の下で待ち合わせってさ、なんか学生同士のデートみたいなシチュエーションで興奮しない?」
「しねぇよ。ガキじゃあるまいし」
こちらの気も知らない沙優の発言をばっさりと切り捨てる。
「つれないなぁ......それより吉田さん、何か私に言うこと忘れてない?」
「......似合ってるよ」
「それだけ? 彼女がこんなに気合を入れておめかししてきたのに? 寂しいなー」
ナンパを追い払うのに気を集中していた俺に、沙優が
紺地に桜の花が散らされた浴衣は落ち着いた大人っぽさを引き立たせ、メイクもそれに合わせたのか、いつものデート用のメイクとは気持ち抑え気味。
すっぴんの可愛らしさがギリギリ隠れる絶妙な塩梅に新鮮味と、どこか懐かしささえ漂う。
後ろにまとめた髪にちょこんと添えられた花の髪飾りが、沙優の特徴的なあの笑顔を連想させる。
「......ここにいる誰よりも綺麗だ」
「っうん。よく言えました」
自分の見た目スペックの高さを承知で訊いてくるのだから尚更タチが悪い。
でも、このにへらと微笑まれてしまうと、大抵のことはつい許してしまう自分がいる。
完全に尻に敷かれちまってるな、俺――。
「吉田さんは浴衣じゃないんだね」
「こっちの方が何かあった時に身動きが取りやすいからな。いろいろと」
「私のためを思ってくれるのは嬉しいけど、できれば吉田さんの浴衣姿も見てみたかったなぁ」
「じゃあ来年は俺も浴衣でデートしてやるよ」
何気なく言ったつもりが、頬を赤く染め噛みしめる沙優を見て、言葉の意味を一瞬で理解した。
「来年......そっか、来年も一緒に来れるんだよね......」
「ああ......沙優が嫌じゃなければの話しだけど」
「そんなことない! 来年だけじゃなくて、その先も一緒に行きたい......です」
時折出る沙優の敬語。
本人に自覚はあるのかはともかく、男はああいった仕草を好きな女性にされると本当に弱い。計算と天然の入り混じった沙優に抗える男は、まずこの世に存在しないと思う。
「そ、そうだな」
「お、お腹空いちゃったねー。あっちの方にオリジナルソースが評判のお肉の屋台があるらしいから、早く行ってみようよ」
羞恥で照れる沙優に手を引っ張られながら、俺たちは隣同士に並んで屋台の列で賑わう境内へと歩き出した。
――今日、沙優を夏祭りに誘ったのには大事な理由がある。
付き合い、同棲まで始めた俺がやり残したこと――本来ならあの時に言わなければいけなかった、恋人にとっての肝心な通過儀礼を、俺はまだ告げていない。
――そしてもう一つ。
沙優が俺の恋人であることを周囲に知らしめるための儀式。
毎回待ち合わせするだけであの感じだ。
本人は訊いても答えをはぐらかすが、大学となるとさぞ下心丸出しの男どもにナンパされ困っているに違いない。
そんな連中の脅威から沙優を少しでも守るための準備を、俺は用意してきた。
どれを選んでいいか途方に暮れてしまい、一時はまたあさみの力を借りようとまで追い詰められてしまった。
が、最後の最後で『これだ!』と思う物を見つけらて良かった。
あとは無事に渡すのみ――神田先輩との女子会の帰り、わざとらしく話を振ってまで沙優を夏祭りに誘ったんだ。何が何でも成功させてみせる。
「見て見て! いろんなチョコレートのチョコバナナがあるよ! 珍しいー、帰りに二人
で一本づつ買ってこう!」
俺の思惑のことなど全く予知していないであろう沙優は、今ばかりは昔みたいに無邪気な笑顔で屋台巡りを楽しんでいる。
隣で沙優の笑顔を独占しながら、そう思った。
◇
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