第6話【嫉妬】
女子会が終わったのは夜9時。
飲み足りなく二次会に向かうという柚葉さんたちを見送り、私は電車で最寄り駅まで帰ってきた。
改札の前にはラフな服装の吉田さんの姿。
私を見つけ、遠慮がちに手を振る。
自然と駆け足気味になり、彼に「ただいま」の挨拶をすると同時に腕を絡ませた。
家では毎日のように体を重ねていても、人前で腕を組むのは吉田さん的にまだ少し抵抗があるらしい。
羞恥でほんのり顔を赤らめ「おかえり」の挨拶を返し、そのまま家の方角に向けて歩みを進める。
「その様子だと、楽しめたみたいだな」
「うん。久しぶりに柚葉さんともゆっくりお話しできたし。あと神田さんから高校時代の吉田さんについてもいっぱい聞けて大変満足かな」
「......あの人、余計なこと言ってなかっただろうな」
露骨に顔が固くなる吉田さん。
「吉田さんが結構モテてた話? それとも野球部の練習中にボールが大事なところに当たって動けなくなった話?」
「だから俺も同席したかったんだよ......何が女子会だ。都合よく俺を排除したかっただけじゃねえか」
額を手で抑えながらブツブツと文句を呟きたくなるのも無理はない。
神田さんはお酒が入る度、高校時代の吉田さんとの思い出話を次から次へと聞かせてくれた。
吉田さんは昔から吉田さんなんだなぁ、と、今とほとんど変わらない吉田さんらしいエピソードの数々。
中にはその時代にしか味わえないものもあったり、以前卒業アルバムで拝見した坊主頭の吉田さんをイメージしながら楽しんだ。
「神田さん、昔写真で見た通りの姉さん女房タイプだったね。付き合ってた頃はグイグイ引っ張られてた感じ?」
「首輪にリード付けられてな」
だと思った。
言葉の代わりに鼻を鳴らしてしまう。
吉田さんはどちらかと言えば引っ張ってくれるタイプというより寄り添ってくれるタイプなので、神田さんみたいな猪突猛進型には相性が良かったのかも。
「吉田さんが神田さんに惹かれたの、ちょっとわかった気がする」
「そうか」
「一緒にいて元気がもらえる人ではあるよね。性格は......ちょっと気持ちクセ強めだけど」
吉田さんも神田さんの性格には思うところがあるのだろう。
唇を結んで黙ってしまった。
「性格はまぁ......自由奔放なあの人らしいよな」
「女子会が始まって早々に吉田さんと週何回エッチしてるのか訊かれた時に、なんとなく把握できた」
「......本当にすまん」
「柚葉さんにもお礼を言った方がいいと思うな。暴走しがちな神田さんを抑えてくれてたし」
初対面同士の相手を繋げるため、女子会へと同席してくれた柚葉さん。
二人は最近一緒に仕事する機会が多いらしく、会話のやり取りも仲の良い先輩・後輩といった感じでとても息が合っていた。
「だな。今度昼飯でもおごってやるか」
「そうしてあげて」
柚葉さんの吉田さんへの恋心がどうなったのか。
結局女子会で知ることはできずじまいだった。
でもおそらく、私が東京にいない二年間の間に何かがあり、気持ちに何らかの決着がついたことは雰囲気で察せた。
今の彼女に昔の彼女、それから片思いをしていた相手が揃い、女子会を開く。
後藤さんともいつか、今日みたいに集まって思い出話を交換できたらいいな。
実らなくても職場の同僚として良好な関係を継続できているのは、
――仮に私もあの時、吉田さんに振られていたとしても、関係がそこで終わることは想像できない。
多分意味が変わるだけで、吉田さんとの関係はその先も未来永劫ずっと続いていくと思う――。
「どうした? やっぱり知らない相手と話すのは疲れたか」
ふと考え込む私を心配そうに、隣の吉田さんが覗き込んだ。
「ううん。吉田さん、年上のおっぱい大きめで顔にほくろがある女の人が好みなんだなーって思っただけ」
「なんだそりゃ」
「だって本当のことでしょ」
からかうように口から滑り出た言葉は、吉田さんにはこちらの意思とは真逆に受け取られてしまったようで、
「そんなのたまたまだよ。俺は沙優の全てに惚れたんだ。そこに年上だとかほくろだとか関係ない。じゃなきゃ、こうしていま恋人になんてなってないだろ」
吉田さんの一言に頬が赤く染まってしまう。熱い。
女子会で火照った体がさらに熱を帯び、手で頬の辺りをパタパタと仰いで誤魔化す。
うん。わかってる。
吉田さんがどれだけ私のことを愛してくれているか、毎晩心と肌で感じ嬌声を上げている私だもの。
今日は私の知らない吉田さんを沢山知った反面、その分嫉妬もしてしまった。
悪いのは吉田さんでも神田さんでもない、勝手に嫉妬する私のはずなのに――嫌な彼女だ。
暗くざらっとした感情が、胸の辺りを鈍く締め付ける。
「......ごめん。意地悪なこと言って」
「......お詫びとして、今度の土曜日はこれに付き合え」
俯く私に、吉田さんは通りかかった路地脇に設置された町内の掲示板を指さす。
「......夏祭り?」
「二年前に一緒に行ったろ。まさか忘れちまったか?」
「ううん! そんなことない!」
「そこまで全力で否定しなくても」
忘れるわけがない。
私にとっては吉田さんとの大切な夏の思い出にして、切ない思い出――。
北海道に戻ってからもお祭りを見かける度に思い出すほど、私の中ではとても印象深く心に刻まれている。
「そっか......あれからもう二年も経つんだね」
「年取ると一年が早く感じるよな」
吉田さんの意見に激しく同意だ。
少し前まで普通の女子高生に戻ろうと
後悔ばかりの後ろ向きだった私の人生は、間違いなく吉田さんとの出会いで大きく変われた。
そんな恩人であり恋人でもある人の誘いを断るわけがない。
「吉田さんを悩殺しちゃうような浴衣、レンタルしてくるから期待して待っててよね」
「そいつは嬉しいんだが、人前でも恥ずかしくない程度の浴衣を頼む」
「冗談だよ。吉田さん、私が外で肌多めの格好だと落ち着かないもんね」
絡めた腕に胸を押し付けると、吉田さんは視線を横に外して「うるせー」と呟いた。
耳まで赤くなる可愛らしい彼氏の仕草に、いつの間にか胸の暗くざらっとした感情は消え、幸せな温かさでいっぱいになった。
◇
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