第9話 火災の正体

「おはよう」

 昨日はがっつり部活をやったから、風呂入ったら速攻で寝てしまった。そして、目が覚めたら7時。睡眠時間10時間とか寝すぎだって思うけど、たぶん、今までの疲れが一気に押し寄せてきたんだな。自室を出て洗顔と歯磨きを済ませると、リビングに向かった。

「由美子おはよう。朝ごはん出来ているから」

 おっ、今日は兄と一緒に朝食だ。テーブルの上には焼き魚と味噌汁、里芋の煮っ転がし、沢庵が置かれている。ジャーの中に入っている白米を茶碗に盛ると、冷蔵庫から納豆を取り出した。

「うん? 由美子、納豆食べるの?」

 兄がびっくりした表情をしている。そういえば、私が納豆を食べるところを見たことないか。

「そうなんだよ。由美子、納豆食えるようになったんだよ。ガリも食えるようになったから、倫弘も好き嫌いしちゃだめだぞ」

 お父さんがそういうと、兄がびっくりした表情を見せた。

「ガリも食えるの? 何があった?」

「うーん、なんとなく食べられるようになったってところかな」

 椅子に座り唱和すると、味噌汁を最初にすすった。うーん、出汁が効いていて美味い。

「もしかしたら、メロンやスイカも食べられるようになったんじゃない?」

 お母さんが椅子に座りながら話しかけてきた。

「うーん、それは分からないけど、もしかしたらいけるかもしれないね」

 テレビからはニュースが流れ、横浜市内で火災が発生したって内容が報じられている。ここまでは普通だ。ただ、神奈川県内では1週間で30件火災が発生しているため、人為的な犯行の可能性があるとして県警が調査するとアナウンサーが締めくくった。

「怪しい」

 今のニュースを見て鳳龍師がつぶやいた。

 何が怪しいんだい?

「人為的だとしても、1週間で30件は多すぎる。ちょっと調べてくる」

 そう言い残すと、鳳龍師はどこかへと消えてしまった。

「倫弘、今日は帰り、迎えに行けないから」

「うん? どこかに行くのか?」

「由美子と一緒に川崎まで行ってくる」

 お母さんがそういうと、兄は納得した。

「ああ試合ね。キックオフって何時だっけ?」

「19時。お父さん、家何時に出るの?」

「お昼食べたら出ようかなって思っているよ。だから、13時くらいじゃない? 車で行くよ」

 公共交通機関を使いましょうというリーグのお知らせを完全に無視するやり方だけど、まぁ、気にしない。気にしない。

「13時だと向こうに着くのは16時くらい? えっ? 駐車場はどうするの? その時間帯だとほとんど満杯だよ?」

「心配はいらないよ。知り合いの事務所が駐車場を貸してくれるって」

 コネクションを駆使したんだな。さすがお父さん。

「はぁ、家族と一緒にサッカー観戦とか今年の3月が最後だよな。あの時は由美子、大はしゃぎだったな」

「ロスタイムにゴールが決まって勝利だよ。喜ぶなというほうが無理。兄はサッカーの練習に励んでね。選手権でプレーするのが目標でしょ」

「もちろんそのつもりで頑張っているよ。そのためにわざわざ、北山青陵に行ったんだ。今は控えだけど、必ずポジションを奪い取って見せる」

 そう言い切ると、ごちそうさまと言って、スポーツバックを背負った。

「倫弘、カギはあるよね?」

 お母さんがそういうと、兄はもちろんと返答した。

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃーい」

 北山青陵は青森の中学校で監督を務めていた人を引っこ抜いてきてサッカー部の強化を務めている。県内のレベルで行ったらまだまだって言うところだけど、それでも選手層は厚い。いずれ、スタメンを奪うって言っていたけど、出来るのかな?

 朝ごはんを食べ終えると、私は自室へと戻った。


 ※


「先月の26日から昨日までの間、県内で火災が30件発生していますが、この数は明らかに異常です」

 神奈川県警特別攻撃隊の基地は大瀬おおせ基地に設けられており、神奈川県内で妖獣が出現した場合はここから出動することとなる。部隊に所属している長谷川猛はせがわたける隊員が消防局から取り寄せた資料を配布すると部隊に所属している隊員たちは確かにと呟いた。

「1週間で30件は多すぎる」

「火の不始末で火災だとしても、ここまで多くはならないと思うんだよ」

 原田大介はらだだいすけ田島修平たじましゅうへいの両隊員も発言した。

「涼子さん、県内の地図と火災の発生個所を図表に出してくれる?」

 石田恵美いしだえみ隊員がそういうと、荻原涼子おぎわらりょうこ隊員は火災が発生した個所を県内の地図に当て嵌めた。当て嵌めたデータは会議をしている部屋のスクリーンにリアルタイムで映し出され、ある法則性があることに気が付いた。

「徐々に北上しているな」

 伊東正明いとうまさあき副隊長はこの火災は自然発火ではなく、何らかの要因で引き起こされていると確信した。

「でも、長谷川、これ放火犯がやっているって可能性はないのか」

 岡本登おかもとのぼる隊員がそういうと、長谷川は荻原にメールに記載した動画サイトのURLをクリックするように指示した。

「それだったら、ここで議題に上げません。実は、今週の月曜日と昨日、妙なものを映した動画がサイトにアップされたんです」

 そういって、再生された動画はプロ野球の切り抜き動画だった。8回表にホームランが飛び出し、打たれた投手が意気消沈している様子が映し出されたが、異変に気が付いた涼子はスクロールを戻し、動画をストップさせた。

「この線は何ですか?」

 コメント欄にはなんか変なものが映っているよねとかこの線はなんだとかたくさん記載されていた。

「この日って、山下区で2件火災が発生しているよな。何か関係あるのか?」

 そして、長谷川が話したもう一つの動画は、昨日からSNSに出回っている動画で鳥が燃えながら飛び回っている内容だった。

「この動画が撮影された場所って特定できるか?」

「これって新港北しんこうほく駅周辺じゃないか? このあたりはよく行くぞ」

 原田隊員が推論を述べた。慌てて撮影を始めたため、手振れではあるが、周辺のビル街の様子ははっきりわかった。動画に対するリプライでも新港北周辺だなってコメントが多数あったため、原田の推論は間違いないだろうって結論に達した。

「昨日、菊名区で火災が1件発生しています。時間帯は18時です」

「この動画がSNSに投稿されたのは17時45分。その15分後にことが起きている。よし、長谷川と田島は県警に問い合わせして、火災が発生した時の防犯カメラの映像を取り寄せてくれ。荻原と石田は次に火災が発生すると予測される場所をシミュレーション。横浜地方気象台に問い合わせをして風のデータも取り入れた状態で模擬ってくれ。原田と岡本は動画の解析。この火の鳥の正体を突き止めるぞ」

 部隊を率いる大山仁平おおやまじんぺい隊長がそういうとSAFは行動を開始。大山は県警本部に電話をつなげた。

南郷なんごう本部長、お忙しいところ失礼します。特別攻撃隊隊長の大山です。先週から県内で発生している火災に関して人災ではなく妖獣によって引き起こされている可能性が浮上しましたので、その連絡をいたしました」

「妖獣の可能性か。当たりはつけているのか?」

「まだ断定には至っていませんが、火災が発生した地域の近くで撮影された動画に怪しい火の鳥が映し出されていたため、もしかしたらというところで調査を開始しています」

「分かった。十分調査し、確定したら県内の消防局に通達する。シミュレーションの結果は本部に送ってくれ」

「承知いたしました」

 電話を切ると、大山は県警の広報部に内線をつなげた。

「世良さんですか。SAFの大山です。ここ最近発生している火災の件で報告がありまして……」

 大山隊長は本部長に話した内容を世良に伝えた。

「分かりました。確定次第、シミュレーションの地図と妖獣の画像を送ってください。各種媒体で妖獣警戒のアナウンスを実施いたします」

「よろしくお願いします」

 大山は壁に掛けられている時計を確認した。時刻は9時10分。過去に発生した火災は17時から19時の間にかけて起きている。注意喚起などを含めると、遅くても15時くらいまでには何とか敵の正体を突き止めたい。そう考えながら、隊員たちの動きを見守った。


 ※


「由美子、準備できた?」

 玄関からお母さんの声が響き渡る。必要なものはそろっている。右手の人差し指には指輪をはめている。よし、問題はない。

「今行くよ」

 貴重品などサッカー観戦で必要なものが入ったショルダーバックを肩に背負って自室を出ると、玄関にはお母さんが待っていた。外では車のエンジン音が響いている。

「忘れ物はない?」

「必要なものはそろっているから」

「よし、じゃあ、出発だ」

 玄関の扉を開け、鍵を閉めるとお父さんが運転する車に乗り込んだ。ナビに表示されている到着予測時刻は15時02分になっているがまぁ、渋滞が途中あると思うから15時30分前後かな? 到着は。そう思いながら、発進する車の外を眺めていると、国道ではなく若宮西小学校のほうに車が進んでいた。

「あれ? どこか行くの?」

 お父さんに問いかけると、寄るところがあるとしか返答がなかった。寄るところ? うっ、もしかして。そう思っていると、家の前に律儀に立っている奴が目に飛び込んできた。

「今日はお誘いしていただきありがとうございます! いや~、川崎に行くのは初めてなんですよ」

 満面の笑みを浮かべながら、吉村が後部座席に乗り込んできた。

「良いってことよ。由美子も一人じゃ寂しいだろうって思ったからね」

 余計な気遣いだ。エンジン音で気が付いたのか、吉村の両親が出てきたため、お父さんとお母さんに挨拶している。

 車内は私と吉村の二人っきり。そう思っていると、吉村が話しかけてきた。

「野口、連絡先教えてくれ」

 そういうと、吉村はポケットに入れていたiPhoneを取り出した。

「えっ? 吉村も買ったの?」

「もちろん」

「……連絡先は教えるけど、変な電話はするなよ」

「しねぇよ」

 連絡先を交換すると、吉村が語りかけてきた。

「あのさ。野口……。聞きたいことがあるんだけどいい?」

「聞きたいことって何?」

 私が返事をすると、両親が車内に乗り込んできたため、吉村との会話のやり取りは途絶えてしまった。聞きたいことって何だったんだろう? そして、吉村の両親が近くまでやってくると、お父さんは窓のドアを開け、顔を覗き込ませてきた。

「由美子ちゃん、圭司のことよろしくね。あんたも由美子ちゃんに迷惑ばかりかけるんじゃないよ」

「そんなことはしないから大丈夫だって」

「由美子ちゃんもいやだったら、殴っていいよ。すいません、圭司のこと、よろしくお願いします」

 吉村の両親がそう言い残し、車から離れると、お父さんはクラクションを鳴らした。

「よし! 川崎に向かって出発するぞ!」

「安全運転でお願いします」

 車内からはお父さんが良く聞いている音楽が流れている。全部、80年代に流行った曲だから私も吉村も知らないが、こうやって聞いていると洗脳されそうな気がする。車は国道に出て、しばらく走っていると隣に座っている吉村が話しかけてきた。

「若中の剣道部って何人入った?」

「30人。完全なバブルだよ」

「やっぱり多いな。若西も例年以上に新入部員が入ったって部長が言っていて、男子剣道部と女子剣道部に分離しないと対応できないって嘆いていたね」

「うちは男子と女子で分離したよ」

「やっぱりそうなるよな。若西の剣道部は昨日が新体制発足だから、早くても男女分離は来週ごろかな。野口たちは黒龍杯こくりゅうはいに出るの?」

 黒龍杯は県内の中学校ならばどこでも参加可能な大会で、普段対決することのない中学とトーナメント形式で戦うことが出来ることが売りのカップ戦だ。

「来週の火曜日に個人戦と団体戦に出場する選手を決める部内戦をやるって。新入部員は基本的に応援だけど、顧問の意向で新入部員でも経験者は部内戦に出て出場枠争いに参加させるという方針なんだよ」

「野口勝っちゃうんじゃない?」

「まぁ、どうなるか分からないけどね」

「大会って見に行くことは出来るのか?」

 お父さんが話しかけてきた。まぁ、両親としては気になるよね。

「それに関しては聞かないと分からない。来週の火曜日に詳細を発表するって」

「ちなみにその大会っていつ?」

「11日、来週の土曜日」

「うっ……仕事だ。あなたは確か内田さんとゴルフだっけ?」

「そうだけど、ちょっと聞いてみるよ。由美子が試合に出るならば、そっちを優先させるから」

 どうやら、お父さんも来る流れになりそうだな。

「野口は試合に出る可能性があるのか。俺は観戦確定だよ。新入部員は全員、平等に応援しましょうというのが顧問の意向だから」

「まあ、良いんじゃない? いきなり試合に出るよりも外で眺めるのも」

「……そうだな。あっ、この間、神無月かんなづきさんに会ったんだけど、剣道を習う人が増加して大変だって言っていたよ」

「道場に通う人が増えたのは良いことだけど、単純すぎない?」

「そりゃ、鳳龍師の活躍をみんなが見ているからだよ。あの太刀筋はかっこいいからな」

 その後もくだらない話をしていると、いつの間にか吉村は寝てしまった。

 人の車でよく寝られるなって思いながら、私はiPhoneで更新されたニュースを眺めていると、鳳龍師が語りかけてきた。

「由美子、火災を引き起こす正体がわかったよ」

 どうやら、ヒザマという妖獣が火災を引き起こしているみたい。そして、その妖獣が徐々に北上していると調査結果を伝えられると、思わずため息が出そうになった。

 今日、試合会場周辺に出る可能性はあるんだね。

「試合中に出てきたらその時はよろしくね」

 どうやら、ゆっくり試合を見ることできないかもしれないな。試合会場に出るのだけはやめてくれ。いろいろと支障が出てしまう。

 車の外を眺めながら私は強い決意を固めた。


 ※


「隊長、火災の原因を突き止めました」

 防犯カメラを県警から入手した長谷川は映像を解析すると、すぐに大山隊長に報告した。

「妖獣か?」

「沖永良部島に伝わる魔鳥、ヒザマの可能性が高いと思います。このヒザマは家に憑いたら火事を引き起こすと言われています」

「なるほど」

 長谷川は県警から取り寄せた防犯カメラを隊長と一緒に確認した。防犯カメラにはどこからともなく表れたヒザマが映し出され、一軒家の屋根に立ち止まると姿が消え、次の瞬間、火の手が上がってきた。

「やっこさんの正体は分かった。このヒザマの容姿を教えてくれ」

「姿はニワトリに似ており、胡麻塩色の羽根で空を飛び、頬が赤いのが特徴です。島では空の瓶や桶とかに宿ると言われており、水を浸して対策すると言われていますが、今回出没したヒザマは建物自体に同化しているので、見つけ次第駆除するしかないですね」

 長谷川がそういうと、石田と荻原がやってきた。

「隊長、シミュレーションの結果です。過去発生した火事の場所から特定したところ、次にヒザマが出現する可能性が高いのは川崎市小杉区です」

「よし、全員招集だ」

 大山が号令をかけると、会議が行われ、ヒザマに対する認識のすり合わせが行われた。

「このヒザマ……姿がでかくなってきてないか?」

 防犯カメラに映っていた最初のヒザマはニワトリサイズだったが、新港北駅周辺で出現した時は100センチ近くまで伸びていた。

「火災を引き起こすたびに成長しているのか?」

「可能性はありますね」

「このシミュレーションの結果は県警と川崎市消防局に送る。いつでも出動できるよう各自待機しておいてくれ」

 大山がそういうと、会議はいったん終了した。そして、南郷本部長に調査結果を大山は報告した。

「なるほど、厄介な相手だ」

「現時点では見つけ次第、物理的に消火ないし攻撃しか対処は思いつきませんが、何とか善処したいと思います」

「分かった。この内容を元に緊急で記者会見を行う。川崎市の消防局には私から連絡しておく。大山隊長、ヒザマが出現しても対処できるよう出動してくれ。SAFは現場周辺で待機」

「了解しました」

 電話を切ると、大山は館内放送を行った。

「コード3発令。繰り返す。コード3発令。出撃態勢。繰り返す。SAFは出撃態勢を整えよ」

 大山はそういうと装備を整え部屋を出た。

 南郷本部長は外線で川崎市消防局に連絡。シミュレーションの結果、火災を引き起こす妖獣が出現する可能性があると伝えた。

「ご連絡感謝します。すぐさま、職員には警戒態勢を取るよう伝えます」

 消防局の担当者がそういうと、南郷は広報部に連絡。14時に緊急で記者会見を行う旨を幹事社に通達。記者会見の準備を行うよう指示を飛ばした。


 ※


「いやいや、今日は無理を言ってすいませんね」

「野口さんにはお世話になったので、これくらいは容易い御用ですよ」

 目的の場所に到着すると、敷地内を管理する高村こうむらさんが出迎えてきた。お父さんに仕事を依頼した人物で、今の生活があるのは野口さんのおかげですといつも頭を下げている。こうやってスタジアム近くの駐車場を確保しているという訳だ。まぁ、普通のやり方じゃないよね。

「そういえばさっきから消防車がたくさん走っていますね。火事でも起きたんですか?」

「いや、巡回ですよ。先週から神奈川県内では火事が起きているんですが、県警がその火事は妖獣が原因だと発表したんです。それで、次は川崎市内に出現する可能性があると記者会見で述べたので、警戒しているってわけです」

 消防車だけではない。パトカーも走っている。もしかして、ここに現れるのかな?試合会場に出てくるのだけは勘弁してくれ。

 そう思っていると、吉村が顔を覗き込んできた。

「どうしたんだ野口?」

「いや、なんでもないよ。気にしないで」

 ここから試合会場までは徒歩15分弱。何回か来たことがあるため、もう迷うことはなくなったけど、初めて来たときは家族で道に迷ってしまったんだよね。そりゃ、川崎ラビリンスって言われるわな。

 両チームのユニを着ている人が多いから、それだけでサッカーの試合が行われるんだと一発で理解できるし、いたるところにクラブのエンブレムやチームのポスターが貼られている。徐々にサッカー文化が浸透してきている証だ。

 スタジアムに到着すると、まずは入場して席を確保。そして、次にやるべきことはスタジアムグルメの購入。再入場手続きを済ませると、真っ先に向かったところは塩ちゃんこを販売している店。ここに来たからには絶対食べなければならない。もはや義務だ。吉村と一緒に塩ちゃんこを購入すると、テーブルに置かれている七味を使って味を調整した。これが旨いんだよな。そう思っていると、隣で七味を使っていた吉村が叫び声をあげた。

「うん? どうしたんだ? 叫び声なんか上げて?」

 隣を見ると、七味のキャップが塩ちゃんこにダイブし、容器の中は真っ赤になっていた。私の時は普通だったのに、なんで吉村が使ったらそうなるんだよ。

 店の人が来て七味は交換することになったが、残念ながら真っ赤になった塩ちゃんこはどうにもならない。

「辛すぎるだろ」

 むせながら食べる吉村がなんだか滑稽に見える。そう思っていると、不服そうな表情をしてきた。

「なんだよ。みせもんじゃねぇぞ」

「別に残さずにしっかりと食べましょうね。今日は肌寒いしね」

 今までやられた仕返しはこういうところで晴らさないと。お父さんはカレー。お母さんはブラジルソーセージを食べている。まぁ、こんなもんじゃ足りない吉村は牛筋やらカレーやらを食べたけど、よくもまぁ食べるもんだ。私はブラジルソーセージを食べて夕飯はおしまいだよ。

 腹いっぱいになったため、自販機でウーロン茶を購入し飲んでいると、吉村が隣にやってきた。

「そういえば野口、倫弘さんは元気なの?」

「毎日部活三昧だよ。いつもベンチ外だけど、練習にはしっかりとついて行っているみたいだよ」

「ベンチ外か。いやー、厳しいな」

「まぁ、うまく行かないのが現実だよね。選手権でレギュラーとして出るというのが夢みたいだけど、厚い選手層を打ち破るのは相当頑張らないとだめだよ」

「中学1年の時から倫弘さんレギュラーだったのに、高校ではベンチ外か。北山青陵ってそこまで強くないだろ? その高校で出場できないとか厳しすぎるだろ」

「……諦めなければいいけどね」

 そうつぶやくと、吉村は言い切った。

「倫弘さんならばきっと成し遂げるさ」

 黒崎だってプロを目指すって公言しているんだ。たとえ結果は出なくても、過程でしっかり頑張れば後々の人生に大きく影響する。兄が心折れそうになったらしっかりと支えないとね。広場で行われているイベントに吉村と参加したり、二人で写真撮っていると、お父さんが呼びかけてきた。

「由美子、選手が入ってくるぞ」

 GKがどうやらピッチに入ってきたみたい。聞きなれたチャントが響いている。

「さぁ、ここからは戦いの時間だ。絶対勝ち点3を持ち帰るぞ」


 ※


 嵐の前の静けさとはこのことを言うのだろうか。

 小杉区周辺に妖獣出現の可能性ありというシミュレーション結果が出たため、消防局と所轄の警察が連携し巡回を強化している。そして、SAFもまた隣接するオフィスビルで待機している。

「隊長、そろそろ19時です」

 長谷川がそういうと、無線機が鳴り響いた。

「小杉7号、妖獣ヒザマ出現。繰り返す妖獣ヒザマ出現。場所は中原3丁目420号。小杉百貨店です。支給応援を要請する」

 無線を聞いた大山隊長は立ち上がった。

「小杉百貨店は西口だ。全員現場に行くぞ!」

 隊列を乱すことなくSAFが移動を開始。現場に到着するとヒザマ出現で混乱していた。

「これより駆除を開始する。射撃開始時刻は19時30分。交通規制と一般市民の誘導をお願いする! あと、百貨店が燃えたときに備えて避難は始めてくれ」

 大山隊長がそういうと、無線を聞いていたパトカーが次々と到着。射撃が始まるとのアナウンスが流れると、制服警察官が誘導を始めた。百貨店の中にいた利用客が続々と外に出てきている。ヒザマは百貨店の屋上でこちらを眺めて威嚇していた。

「交通封鎖完了」

「百貨店の店員と利用客の避難は完了しました」

 交通封鎖と避難完了の連絡が来たため、中山は射撃の態勢に入った。

「よし、19時22分。予定よりも早いが射撃を開始する。目標、妖獣ヒザマ」

 ヒザマに対して攻撃を開始。ヒザマは89式5.56mm小銃から発射された弾丸をもろに受けたが、びくともしなかった。そして、ヒザマが鳴き声を出すと姿が消えてしまった。いや、正確には建物と同化してしまい、次の瞬間火の手が上がった。

「くそ、どこにいるんだ!」

 建物と同化しているため、ヒザマの姿は見えない。事前に警戒していた消防車が到着すると、すぐさま消火が始まった。しかし、火の勢いはすさまじく次々と爆発を引き起こし、隣接するオフィスに燃え広がった。

「隣のオフィスに燃え広がったぞ!」

 百貨店の従業員と利用客の避難は完了したが、隣接するオフィスの避難は間に合っていなかった。休日でも出勤していた人がいたため、次々と外に出てきたが、どうやら最後の一人が取り残されたみたい。このままじゃまずい。誰もがそう思った時、異変は起きた。


 ※


「由美子、出てきたよ」

 前半も残り10分で終わろうと言った時だった。鳳龍師から出動のお声がかかった。

 これからって時に……。

「ちょっとトイレに行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 私は席を立つと試合に集中している両親が軽く返事をした。吉村が何か言いそうな表情をしていたけど、気のせいかな。

 鳳龍師、早めに蹴りをつけよう。

 女子トイレの個室に駆け込むと、握りこぶしを作り、指輪を真正面に向けると刻印された龍の目が光った。


 ※


 隣接するオフィスビルに火の手が燃え広がり、逃げ遅れた人が複数人いた。

 消防士が火の海に飛び込み、最後の1人を救助したため、あとは出口に向かう。そう思っていたが、目の前には火の海が広がっていた。

「大丈夫ですか? しっかりしてください」

 逃げ遅れたOLは呼吸困難に陥っている。このままじゃまずい。そう思った時、消防士の目の前に突然、光の粒子が降り注いだ。

「えっ……鳳龍師?」

 消防士とOLの目の前に鳳龍師が現れると、二人の肩に手を乗せた。

「いい、動かないで」

 そういうと、鳳龍師は空間転移を使って火の海と化したオフィスから脱出。いきなり、オフィスの外に2人が出てきたため、周りの人はびっくりしたが、時間差で鳳龍師が出現したため、2人を救助したのは鳳龍師だと理解するのに時間はかからなかった。

「鳳龍師!」

 大山隊長は目の前に出現した鳳龍師に驚くと、鳳龍師はあたりを見渡した。何をやっているんだ? そう思ったが、次の瞬間、何かを唱えながら手を動かすと、鳳龍師が作った手の空間から水が噴出。百貨店で燃えているところに水を浴びせた。

「鳳龍師って何でもできるんですね」

 伊東副隊長がそうつぶやくと、百貨店の火が消えると同時に建物と同化していたヒザマが出現した。

「ヒザマ確認!」

 高圧の水をぶつけられていたため、ヒザマが怒り狂っている。建物から飛びあがり、鳳龍師に向かって突撃してくると、見慣れた光の壁を展開。ヒザマは壁を突き破ろうする勢いだが、鳳龍師は何とか耐えている。

「隊長さん!」

 鳳龍師がそう叫ぶと、大山は近づき、側面から攻撃を開始。何十発も弾丸を食らったヒザマは光の粒子となって消えた。

「……何とか倒した……」

 大山はそうつぶやいたが、出現したヒザマは推定よりも背が低かった。明らかにおかしい。そう思った時だった。隣接するオフィスビルから何かが飛んできた。

「危ない!」

 鳳龍師が叫び、身を挺して大山隊長を守った。

「大丈夫ですか?」

「ありがとう。鳳龍師。私は神奈川県警特別攻撃隊隊長の大山だ。方々での活躍、しっかり聞いているよ」

「お初にお目にかかり光栄です」

 大山隊長は感謝の言葉を述べたが、鳳龍師は左腕を押さえている。どうやら、さっき庇った時に怪我をしたみたいだ。

「鳳龍師、左腕は大丈夫か?」

「これくらいは平気ですよ」

 SAFの隊員が大山のもとに集まる。大山の隣をかすめた正体は等身大クラスのヒザマだった。これが県内各地で火災を引き起こしている張本人である。

「隣のオフィスを燃やしたのはこいつの仕業ですね」

「真打登場か。鳳龍師、どうやって戦う」

「対象は私と同じくらいの背丈なので、的としては大きいです。なので、弾丸の雨を降らせれば弱体化するはず。そこから先は私が止めを刺します」

「弱体化か。それならば任せろ」

 大山隊長がそういうと、鳳龍師はよろしくお願いしますと言った。

「おとりは引き受けます」

 鳳龍師はそういうと、ヒザマに接近。距離感を感じたヒザマは飛び上がると、上空から羽根をばたつかせて攻撃を開始。火の玉が鳳龍師のもとに迫ってくると、光の壁を使ってはじき返した。その光景を確認したSAFはホバリングしているヒザマに対して攻撃を開始。ヒザマは弾丸の雨を受けた。

 弾丸の雨を食らったヒザマは鳴き声を上げると、SAFに対して突撃。大山隊長も散会と指示を出すと、各隊員は四方に散った。

「怯むな撃ちまくれ」

 一回突撃し、その後再び浮上したヒザマに対して攻撃をしていると、消防車がヒザマに向かって散水を始めた。効果覿面だったみたいで、身にまとっていた炎が消えると飛び立つことが出来ず着地してしまった。

「下がってください! ヒザマ、チェックメイトだ!」

 鳳龍師はそう叫ぶと、腰に添えていた日本刀を抜刀。一太刀浴びせると、ヒザマは光の粒子となって消えた。日本刀を鞘に納めると周囲で見ていた人から歓声が沸き上がった。

「鳳龍師、一緒に戦えて光栄だ。次も機会があったらよろしく頼む」

「こちらこそ、その時があったらお願いしますね」

 鳳龍師がそういうと、大山隊長が号令をかけた。

「鳳龍師に……敬礼!」

 そういうと、SAFの隊員だけではなく、現場に駆け付けた制服警官と消防士、全員が敬礼した。その様子を眺めた鳳龍師は微笑み、指パッチンすると光の粒子となって姿を消した。


 ※


 戦いが終わり、変身した女子トイレの個室に戻ってくると、呼吸が荒くなってしまった。

「由美子大丈夫?」

 急に来たんだけど……えっ? これが空間転移の代償?

「ちょっと、今回は使いすぎたかもしれない」

 呼吸を整えてから個室を出ると、自分の席に戻った。どうやら、前半が終わってロスタイムに入っていたみたい。どうせ0-0やろ。そう思いながらビジョンを見ると、1-0で先制されていた。ちょっとまて! 画伯がゴール決めているやん! どうなっているんだよ。

「由美子お帰り。遅かったね」

「ちょっと、長くなっちゃった。先制されたけど、負けないよ」

 吉村の隣の席に座ると、吉村が耳打ちしてきた。

「本当にトイレに行ったの?」

「えっ? どういう意味? ちゃんと行きましたよ! 失礼な」

「ああ、そうか。ごめん、気にしないで」

 まったく。なんだよ。妖獣は退治された。あとは試合に集中する。そう思って後半は気合を入れたが、2-1で敗北。もう……テンションがた落ちだ。

 スタジアムから駐車場まで意気消沈で歩いていると、管理している高村さんが出迎えてきた。

「野口さん待っていたよ。試合は残念だったね」

「いやー、残り10分弱でやられると堪えるね」

「そうだ。鳳龍師が出たみたいだよ。小杉駅のところに」

「えっ? 本当ですか」

「そう。SAFと協力して妖獣を倒したって話題になっているよ。多分、明日のニュースに流れるんじゃない?」

「あの……鳳龍師が出た時間ってどれくらいですか?」

 吉村が高村さんに聞くと、あごの下に手を乗せて一瞬考え込み答えた。

「確か19時40分くらいだったかな」

「試合を見ていた時にそんなことが起きていたのか」

 吉村がそうつぶやいた。

「試合会場の近くで妖獣が出たなんてちょっと怖いね」

 当たり障りのない言葉を言うと、そうだなと言って車に乗り込んだ。

「高村さん、今日はありがとうございます」

「どういたしまして」

 1回クラクションを鳴らすと、車は発進した。

 負け試合の車内は空気が重くなる。吉村はあーじゃない、こーじゃないって言うと、お母さんとお父さんも相槌を打った。私は画伯がゴールを決めたところは見ていないから何とも言えないけど、少なくてもそれ以外のところは分かる。みんなで話していると、いつのまにか私は寝てしまった。

 多分、あの戦いが相当堪えたんだろうな。次に気が付くと、私の自宅前だった。

「あれ? 吉村は」

「由美子、よく寝たな。圭司くんは先に降りたよ」

 自宅に到着すると、兄がお帰りと言って出迎えた。

「いやいや、試合は散々だったよ」

「結果だけ見たけど、あの時間でやられるのは堪えるよな」

「全くだ」

 風呂は沸いていたみたいで、兄が先に入ったあと、私も入った。早く寝よう。鳳龍師が言っていた空間転移の代償ってこれか。多用は出来ないな。

 風呂から出ると、私は自室のベッドにダイブ。そのまま眠りの世界にいざなわれた。

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