第7話 赤い目をした人々

 楽に稼げるバイトはないかな……。

 飲食店のバイトから帰ってきた俺は家に着くなり、ベッドに寝っ転がった。

 大学の授業を受け、その後はバイト。クローズ作業まで行い、家に着いたら風呂入って寝る。そして、朝起きたら大学の授業を受けてバイト。生活のためにそんな生活をエンドレスでやらなければならないのは正直しんどい。

 寝る前にメールをチェックして寝るか。

 受信トレイに入っているメールを確認すると、未読になっている5件のメールを確認した。どうやって仕入れたのか分からない迷惑メールはゴミ箱に。大学の教務課からのお知らせは確認。寝る前の単純作業だ。数秒もかからない作業で、残り1件になったとき、俺はメールの件名に目が止まった。

「バイト募集のお知らせ」

 大手の派遣会社が送ってきたメールで文面には初心者歓迎、高収入。簡単な作業という内容だった。

 どんな仕事をやっているんだ?

 記載されているURLをクリックすると、どこかのサイトに飛び、動画が自動的に再生された。

「初めまして。このサイトをクリックしたのはあなたで1000人目です。早速ですがお仕事の説明をしましょう」

 スーツ姿の男性がそう言うと、仕事内容の説明をしだしたが、正直何を言っているのか分からない。意識が朦朧とする。多分、バイトで疲れているんだろうな。

 眠りの世界にいざなわれると、いつの間にか気を失った。


 ※


「立ち上がりなさい」

 気を失った大学生は動画に映し出された男性に指図されると、むくりと起き上がった。

「君に指令を与える。私の邪魔になる人物を見つけなさい。一般人に紛れ込んで生活している。怪しい人物を見つけたら、私に知らせること。それが君の仕事だ」

 そう言われると、こっくりと頷き、自室の電気を消した。


 ※


 今日から3連休、何事もなく平和な日々になってほしいな。そう思いながら、指輪に向かって心の中で挨拶すると、鳳龍師が返答した。

「おはよう由美子。今のところ動きはないから」

 分かったよ。何かあったら教えてね。

 指輪を右手の人差し指にはめて、自室を出た。ウィンナーを焼いている匂いが漂っている。うん。いい香りだな。そう思いながら階段を下りていると、運動靴に履き替えて家を出ようとしている兄と遭遇した。

「おっ、由美子おはよう」

「おはよう。今日はゆっくりなんだね」

「集合時間が9時だから、この時間に出るんだよ。これから新潟遠征だよ」

 そう言いながら兄の野口倫弘のぐちともひろは肩を落とした。北山誠陵きたやませいりょう高校に通っており、サッカー部に所属している。ポジションはボランチだけど、選手層が厚いためベンチにすら入ることが出来ないみたい。身長は176を超えており、名古屋から世界に羽ばたいた選手みたいにソフトモヒカンな髪型をしている。正直、その髪型は似合わない。同じボランチなんだから、代表のキャプテンみたいな髪型にすればいいのに。

「ベンチ外の部員も一緒に行くんだね」

「一蓮托生。チーム全員で戦う。俺はスタンドで応援だよ」

「どこぞのサポみたいに負けて居座りとか、グラウンドに飛び降りとかしないでね」

「やらねーよ」

 兄とは久しぶりに会話したな。いつも始発の電車に乗るわけだし、帰りも21時近く。帰ってきたら、風呂入ってそのまま爆睡。そんな生活を繰り返していたから、あんまり会話が出来ていなかったんだよな。

「倫弘、まだいたのか? 早くしないと、電車が来るぞ」

「分かったよ。じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 玄関を出た兄を見送ると、洗顔を済ませた。そして、リビングで朝食を食べていると、お父さんが話し出した。

「今日、小室にある牧場に行かないか?」

「牧場? 行かないよ。やることがたくさんあるわけだし」

 そう言ってお母さんは否定した。パートは休みだけど、炊事やら洗濯と言った家事はやらなければならないため、休みの時が忙しいという状況になっている。

「昼食べたら行こう! 由美子はどう?」

 お父さんはどうしても行きたいみたい。

「私は別にいいけど……お母さんはどうする?」

「うーん、由美子が行くならば仕方がない」

 お母さんも同意したため、3人で牧場に行くこととなった。小室の牧場とか久しぶりだな。いつ以来だろう。

 テレビから流れてくる朝の情報番組は鳳龍師の活躍しか取り上げていない。石川官房長官が記者会見で名前を明かしたところから番組がスタートし、町の人々のインタビューやコメンテーターの考えなどがつらつらと述べられているという生産性があるのかどうかわからない番組構成だ。

「鳳龍師の正体ってどんな人なんだろうね」

 お母さんがそうつぶやいた。今、目の前にいますよ。自分の娘が鳳龍師なんですよ。

「立派なもんだよな。見ず知らずの人のために戦うなんて」

「パートのおばさん連中と話したんだけど、元自衛官とか元警察官じゃないかって言われているみたいだよ」

「まぁ、妖獣と戦うんだから、元自衛官や元警察官並みの体力がなかったら無理だよな。必殺技とか人間業じゃないけどね」

 最低でも家族には言ったほうがいいのかな? 私が鳳龍師だよって……。そう思っていると、鳳龍師が語りかけてきた。

「由美子に任せる」

 そんなことを言われても……。100年前、鳳龍師が活躍していた時はどうしたの?

「両親には話していた。それ以外の人には語ってないけど、何人かの友達と後で結婚する彼氏さんにはバレていたみたいだけどね」

 身内には話したほうが良いってところかな。そう思っていると、お父さんが私の顔に手を振った。

「由美子、どうした? ぼーっとして」

 ここで話し出しても、冗談が上手くなったものだなって言われるオチだな。

「鳳龍師って大変だなって思ったところ」

「そりゃ、大変だよ。妖獣はどこに出るのか分からない。移動するのもそうだし、倒した技も人間業とは思えない。常人じゃないよ」

「もしかして、鳳龍師って宇宙人とかかな?」

「宇宙人か。突拍子もない発想だけど、あり得なくもないな。この間バリアみたいなものを使って敵の攻撃を防いだんだよね。宇宙人説は濃厚かもしれないぞ」

 両親が勝手に宇宙人説で盛り上がっている。まぁ、私としては女子中学生が鳳龍師でしたという説が1ミクロンも生まれない環境が出来ればいいかな。

 鳳龍師という名前ですよと明らかになってから、国会議員のお偉いさんたちが次々と発言している。ある政党の委員長は「鳳龍師に関する情報を政府が隠している! 今すぐ開示すべきだ」と言い放ったかと思ったら、別の政党の党首にいたっては「鳳龍師は銃刀法に違反している。警察は今すぐ逮捕すべきだ」と頓珍漢なことを言って頭を抱えそうになってしまった。この人、閣僚経験者だよな? マジかよ。

「うまい具合に切り取りの編集をやっているよな……」

 お父さんもあきれ果てている。

「まぁ、よくわからない人たちもいるけど、この人たちは基本的に少数派だから気にすることはない。ただ、与党の中にも政治利用しようとする人たちはいるんだよな。今年の夏には参議院選挙がある。与野党ともに注視しないとな」

 政治利用って言ったところでパッとは思いつかない。国会議員って何考えているんだかさっぱりだな。

「さてと、スーパーに買い物に行かないと。由美子、昼食べたいものって何かある?」

「食べたいものか……。寿司!」

「うわっ、昼間から寿司かよ」

「良いんじゃない? お父さん、給料入ったことだし」

 そういえば、お父さんの給料日は25日だったよね。給料が入った直後の3連休。景気よく寿司という選択肢にしたのは悪くないかも。

「食べたら、そのまま小室に行けばいいしね。じゃあ、11時30分に家を出るから。それまでに各自準備するように」

 テレビを見ながら、世間話とかしているとあっという間に11時を過ぎていた。

 12時近くになると店が混んでしまう。急いで準備しないと。必要なものを用意すると、家族3人で回転寿司の店に直行。まだ混む前だったため、すんなりテーブルに案内されたが、私たちが入店した後は続々と来店したため満員になってしまった。12時来店はあかんな。

 いつも通り、はまちやかんぱち、鰤などを注文して食べているとお母さんが話しかけてきた。

「あれ? 由美子、ガリ食べられるようになったの?」

「そうだね。いつもは無視していたのに」

 言われてみれば確かにそうだ。ガリなんかこの世のものじゃないって思っていたのに。

「まぁ、私も中学生ですから。苦手なものが食べられるようになることくらいあるよ」

「今までだったらありえないって言っていた納豆とかも食べるようになったしね」

「そういえば、この間メロン食べていたよね」

「うーん、食わず嫌いはよくないかなって」

 そう言って言葉を濁したが、もしかして、鳳龍師になるようになってから嫌いなものがなくなったのかな?この間は福神漬けとラッキョウも食べていたし。そのうち、西瓜とかも食べることが出来たりして。

 寿司を食べ終えると、その足で小室にある乗馬クラブに向かった。昔はよく来たけど、最近はご無沙汰になっていた。久しぶりに着たけど、やっぱり乗馬は楽しいな。そう思っていると、乗馬体験をしに来ていた大学生の集団に目が止まった。

「うん? 由美子どうしたの?」

「えっ、いやなんでもない」

 何だろう。私のことをじっと見ていた気がするけど、気のせいかな? そう思っていると、脳内で鳳龍師が語ってきた。

「ちょっとおかしかったよね。今の人たち」

 何というか生気がなかったような気がする。なんかあったのかな?

「うーん、ちょっと調べてみる必要があるね」

 心の中で鳳龍師とやり取りをしていると、一瞬強烈な視線を感じた。

 この視線はちょっと嫌だな。

 そう思った私はゆっくり、視線の先を向いた。違和感を覚えた大学生の集団だけではなく、同じく乗馬体験に来た人たちも私たちのことを見ていた。いや、正確に言うと、私のことを見ていた。

 お父さんとお母さんは楽しんでいるけど、ちょっとそんな気分じゃない。何にもなければいいけど……。

 そう思いながら、乗馬体験をしていたが、特段トラブルが起こることなく、私たちは帰ることになった。あの違和感は何だったんだろう……。


 ※


 携帯電話で大学生が話している。どこにでもある光景だが、その通話をしている相手は、昨日、怪しいサイトに載っていたスーツ姿の男性だった。

「そうか。見つけたか」

 報告を受け、しばらく考えると、スーツ姿の男性が回答した。

「じゃあ、明日計画を始動する」

 そう言うと、大学生は了解しましたと呟き、電話を切った。

「まさか、こんなに早く見つかるとは思わなかったな」

 スーツ姿の男性がそうつぶやくと、自室にある姿見に立ち頬を軽くたたいた。どこにでもいる普通のサラリーマンだった姿から、妖獣へと変貌を遂げた。上半身は象、下半身は海老の尻尾といういびつな形状をしていた。

「鳳龍師、楽しみに待っていろよ」


 ※


「由美子、買い物に行かないか?」

 朝ごはんを食べ終えて、自室でのんびりしていると、お父さんが突然部屋に入ってきた。

「買い物? どこまで行くの?」

 どうやら北柏座駅の近くにあるショッピングセンターに用事があるみたい。2人でお出かけも悪くはないな。

「良いよ、準備するからちょっと待っていて」

 そういうと、お父さんは無言で部屋の扉を閉めた。うん? なんか変な気がしたけど気のせいかな?

 外出する服装に着替え、指輪をはめると、お父さんが待っているリビングに向かった。

「お父さん、お待たせ」

 リビングの扉を開けると、カーテンを閉めている状態でお父さんはテレビを見ていた。

「目悪くなるよ。日が出ているんだから、カーテンは開けないと」

 私はそう言って、カーテンを開けると、お父さんが立ち上がった。

「そうだな。じゃあ、行こうか」

 お父さんが運転する車に乗ると、目的地に到着した。おかしいな。いつもならばマシンガントークをしてくるのに、無言で運転している。しかも、音楽も流さない。なんだか気味が悪い。そう思いながら車から降りて、店の中に入店しようとした時だった。

 急いで出てきたお客と店の前で衝突してしまい、尻餅をついてしまった。

「いたぁ」

 ぶつかってきた人は私のことを一瞬見ると、そのまま去ってしまった。おい! 一言位なんか言えよ! 立ち上がり、不平不満を覚えながら、入店すると店員が私のほうにやってきた。

「万引きしましたね。ちょっと来てください」

「はぁ? 万引きなんかしていませんけど」

「とぼけないでください。ポケットに入っている香水は何ですか?」

 香水と言われたため、ポケットを確認すると、ズボンのポケットに見知らぬ香水が入っていた。もしかして、さっきぶつかった人って万引きした人?

「知らない! 知らない! これは私がやったやつじゃない! お父さんもなんとか言ってよ!」

 後ろを振り向くと、お父さんは軽蔑した表情でつぶやいた。

「由美子、そんな子に育てた覚えはないぞ。潔く罪は認めなさい」

 ちょっと待って! お父さん! なんで人を売り飛ばすかのようなことを言うの?

「お父さん! 意味が分からないこと言わないで! 私は違います! つい、今しがた店に来たんです!」

 必死に訴えたが店員に羽交い絞めにされた私は事務所に連行された。お父さんも一緒についてきた。

「ちゃんと証拠もあるんだ。君がやったんだろ!」

 机をたたきながら、店員が高圧的な態度をとってきた。お父さんは何にも言わない。視線が怖い。

「私はやっていません!」

 そう言うと、中年のおばさんが入ってきた。

「いつもお世話になっています。このお客様で間違いないですよね」

 店員がそう言うと、中年のおばさんが私のことを見るなり即答した。

「間違いないですわ。この人です。この人がものを取っていました!」

「ふざけるのも大概にしろよ! 私はつい5分前に来たんだぞ! 入店したばかりの私がどうやって万引きすることが出来るんだ!」

「私は万引きGメンですわ。いろいろな人物を捕まえてきたので、間違いはない」

 なんで……こうなるの? そう思っていると、警察官がやってきた。

「こちらの方が万引き犯ですね。あとは我々が対処します」

「ちょっと待て! 私はやってない!」

「由美子、しっかりと反省するんだぞ。お父さんは自宅で待っているから」

 お父さんはそういうと、警察官に対して、娘がご迷惑をおかけしました。あとはお任せしますと言って事務所から出て行った。なんで! なんでこんなことになるんだよ! 複数名の警察官に羽交い絞めにされると、私はパトカーに押し込められた。

「お巡りさん! 私はやっていません! 本当です! 信じてください!」

 パトカーの中でそう叫ぶと、助手席に座っていた警察官が怒鳴ってきた

「うるさいぞ! 君は複数の店舗で万引きをした容疑がかかっている! これ以上騒ぐと、公務執行妨害で逮捕だ!」

「複数の店舗? 意味が分からないんだけど!」

「まぁ、犯罪者はシラを切るもんだな。これからじっくり取り調べを行うから覚悟しておけ」

 そう言うと、車内に載っていた警察官の目の色が変わった。全員真っ赤になっている。

「……由美子、もしかしたら罠に引っかかったかもしれない」

 脳内で鳳龍師が語りかけてきた。ちょっと、まずいことになりそうだな。

「指輪を尻ポケットに入れて。奪われたら面倒なことになる」

 そうかもしれないね。

 私は右手の人差し指にはめた指輪を私は尻ポケットに入れた。この先どうなるか分からない。ポケットに指輪を入れたらたぶん大丈夫なはず。警察署に連行された私は問答無用で取り調べを行うことになった。全面否認。あり得ない。そのつもりで臨む。そう思ったが、制服警察官がいきなり印刷物を私に見せてきた。

「これは昨日の12時。柏座駅前にある百貨店の防犯カメラを印刷したものだ」

 ちょっと待て! なんで私が映っているんだよ!

「昨日の12時? 私は回転寿司屋に居ました!」

 他にもあるというと、次々と印刷物を見せてきた。どういうこと? なんで私が全部映っているの?

「これらの店で万引きをしたんだろ! 白状しろ!」

「アリバイがあります。私はやっていません。この防犯カメラの映像は全部、改竄されています!」

 そう言うと、一人の警察官が入ってきた。

「湯島署長! お疲れ様です」

 室内にいた警察官が敬礼をすると、湯島と言われた署長さんが警察官に話しかけた。

「なかなか強情な被疑者だな。拘留してじっくりと取り調べなさい」

 そう言うと部屋を出て行った。

「10時47分、野口由美子。窃盗の容疑で逮捕する」

 近くにいた警察官が赤い目に切り替わると、私の腕を強く引っ張り、後ろ手にされた状態で手錠をかけられてしまった。

 たのむ、夢ならば醒めてくれ……。


 ※


 少年法とかってどうなっていたっけ? 未成年って拘留されるんだっけ?

 ろくな取り調べもないまま手錠をかけられると、私は留置場に押し込められた。このまま閉じ込められるの? そう思っていると、外から施錠される音が響き渡った。

「出して! 冤罪で人を逮捕するのか! 手錠も外せ!」

 私を閉じ込めた警察官は赤い目をしており、無機質なまなざしを向けている。

 罠かもしれないって鳳龍師は言ったけど、確かにおかしい。ろくな捜査もしない。一方的な決めつけで私を閉じ込めた。

「騒がしいぞ! これ以上、騒いだらどうなるか分かるよな」

 鉄格子を思いっ切り足で蹴っていると、所持している拳銃を私にむけてきた。いや、冗談でも向けるなよ。

 何にも言えなくなってしまった私は、警官から離れると留置場に座り込んだ。どうすればいいんだ。半ばやけくそになっていると、湯島と言われている署長さんがやってきた。

「気分はどうかな? 鳳龍師」

「えっ……今なんて?」

「まさか、君が鳳龍師だとは思いもしなかったよ」

 不敵な笑みを浮かべると、人の顔から妖獣の姿に変貌した。上半身は象、下半身は海老の尻尾みたいな姿をしている。

「初めまして。私の名前は海老象えびぞう。あのお方に使えるあやかしだ」

「妖? もしかして、すべてあんたの仕業!?」

「今更気がついても遅い。昨日、小室の乗馬クラブで仲間が君を見つけてから計画はすべて始動した」

「あの乗馬クラブにいた人たちは全員、あんたの手下ってことなの!?」

「世の中、迷惑メールを踏む人はたくさんいるものだ。リテラシーのかけらもない人ばかりだ。高額収入。簡単なお仕事。こんな文言で釣られる人は大勢いる。彼らもそんな甘い言葉につられた人たちだよ」

「その人たちは無事なの? まともな目つきじゃなかったけど?」

「彼らは脳波コントロール装置で私の意のまま。もちろん普通に生活している。君のお父さんも普通に生活しているから無事だ。でも、催眠状態に陥っているから私のコントロール下に置かれているってところかな」

「ほんと、強引な手段だね。ちなみに私になりすまして万引きしたのはあんたが化けていたの? それとも改竄? どっち」

「後者だ。私の手にかかれば防犯カメラの改竄は朝飯前だよ」

「全然、スマートじゃない」

「スマートなんかには興味はない。鳳龍師、君を拘束できればそれでいい。現に君は留置場の中だ。しかも手錠もされている。不自由な状態じゃないか」

「ほんと、ありがたくもない展開だよ」

「そんな気味に朗報だ。もう少しで、君以外の全員が私の配下に入る。脳波をコントロールされた人間なんか、ロボット以下だ。その時になったら、君をじっくりと痛めつけてあげるよ。それまでそこでおとなしくしているんだな」

 そういうと署長さんの姿に戻り、近くにいた警察官に指示を出した。

「しばらく外出する。私が戻ってきたら、例のものを使って取り調べだ。準備しておくよう」

 例のもの? 絶対にろくなものじゃないだろ。敬礼すると、近くにいた警察官も私のそばを離れた。まずい。このまま黙って見過ごしていると、絶対拷問されてしまう。一瞬、嫌な想像をしてしまった。絶対脱出だ。

 後ろ手にされた状態で手錠をかけられているため、尻ポケットから指輪を取り出すのが難しい。うまく指に引っかからない。そう思っていると、無線が館内に響き渡った。

「こちら本部。柏座運動公園に妖獣出現。付近を警邏中のCP各位は現場に急行し、初期対応を実施せよ。こちら本部、柏座署応答せよ! こちら本部……」

 無線が途切れてしまった。ここの署員は全員、妖獣に抑えられている。反応は無理だと思ったほうがいい。

「妖獣が出てきたな。由美子、何とかできる?」

「今取り出そうとしているけど、指輪が引っ掛からないんだよ」

 後ろ手の状態で手錠をはめられているとはいえ、ある程度、手首を動かすことは出来る。尻ポケットに入っている指輪を取り出すことに成功すると、指輪を右手の人差し指にはめた。いつもの動作よりも神経を注いだが、何とかはめることが出来た。

「鳳龍師、あとは任せた」

 そうつぶやくと、刻印された龍の目が光った。


 ※


 鳳龍師が姿を見せると、まずは後ろ手にされた手錠を強引に引っ張って壊した。

 そして、中腰になり、腰に差していた日本刀を抜刀すると、鉄格子を切り裂いて脱出した。スマートもへったくれもない強引な技で突破したが、ものすごい音がしたしたため、多くの警察官がやってきた。

「逃がすな!」

 警察官が接近して鳳龍師を取り押さえようとすると、近接戦闘に持ち込み、取り押さえようしていてやってきた警察官、全員気絶させた。そして、鳳龍師は一瞬、防犯カメラを見ると指パッチンした。

「えっ? 何やったの?」

 由美子が鳳龍師に語ると、鳳龍師が答えた。

「防犯カメラの映像を改竄した。これで、私が留置場を破壊したシーンは誰もいないことになるし、由美子が変身する姿も消える。由美子に濡れ衣を着せたのは絶対に許さない。あいつを倒したら、映像はすべて元に戻るよ」

「ありがとう。じゃあ、倒そうか」

 由美子がそういうと、鳳龍師は空間転移を使い、敵が現れた柏座運動公園に向かった。

 柏座運動公園に出現した妖獣、海老象は鼻から黄色い煙幕をまき散らしていた。それを吸い込んだ人々はせき込むと、次第に目の色が真っ赤になった。

「さっ、われの盾になるがよい!」

 海老象の号令のもと、人々が集まると、海老象を守るようにして並んだ。

「ふふふ、来るがよい。鳳龍師」

 そして、空間転移を使ってやってきた鳳龍師は目の前の光景を見て、苦虫を噛みしめた。

「待っていたよ。鳳龍師。さっ、人間の盾を突破してみるんだな」

 卑劣な戦法に辟易したが、戦いに正解はない。海老象が行けって、指示を出すと盾になっていた人たちが鳳龍師に襲い掛かってきた。攻撃することが出来ず、何とか避けていると現場にSAFが到着した。

「なんだ……この光景は」

 隊長の伊吹がそうつぶやいた。

「SAFがやってきたか。ならば」

 そういうと、海老象は黄色い噴煙をまき散らした。

「下がって! あのガスを吸い込むと、相手に意識を乗っ取られる!」

 鳳龍師がそう叫ぶと、伊吹はいったん現場から離れる指示を出した。

「やばいな」

 迂闊に近づくことが出来ない。対応策に苦慮していると、防護マスクを着用したSAFが鳳龍師のもとにやってきた。

「鳳龍師! 状況はどうなっている」

 顔は見えないが、声の主は伊吹隊長だ。

「一般人が敵の盾になって近づくことが出来ない。何とか洗脳状態を解除しないと」

 鳳龍師が苦虫を噛みしめていると、桂木が隊長に報告した。

「伊吹隊長、柏座署とは応答がとれないみたいです」

「無線も通じないって本部長が言っていたな。どうなっているんだ?」

 そのやり取りを聞いた鳳龍師は館内放送がノイズまみれだったことを思い出した。もしかして……。

「隊長さん。敵は人の脳波を操る装置を有しています。その場所を特定することは出来ますか?」

「分かった。伴、電波管理センターに連絡。不審な周波数の調査を依頼。池田はヘリに戻って柏座署に問い合わせ。残りは鳳龍師と一緒に戦うぞ」

 伊吹隊長がそういうと、若手の伴と池田がヘリに向かった。

「鳳龍師、どうする?」

「私は一般人には手を出しません。ただし、武器を持っている人がいた場合はその武器をはたき落とす。それだけはやります」

「殺さずの誓いか。分かった。我々もその方針で行こう。こっちからは手出しはしない。襲い掛かってきたら、近接戦闘で相手を気絶させる」

「無理はしないでください」

 鳳龍師がそういうと、斧や包丁、鎌を持った一般人が襲い掛かってきた。公言通り、鳳龍師は武器を所持している一般人の武器だけをはたき落とすと、伊吹と塚本が操られている一般人を気絶させた。桂木、三井も相手を気絶させていると、パトカーが到着。応援かと一瞬思ったが、降りてきた警察官も操られていて、躊躇することなく発砲してきた。

「くそ、厄介なことになった」

 ライオットシールドを盾にして発砲から身を守るSAF。鳳龍師は物陰に隠れてやり過ごしていると、操られている警察官が同じく操られている一般人のほうに向けて発砲した。

「やばい!」

 一瞬の出来事だったが、それに気が付いた鳳龍師は身を挺して操られている一般人を庇った。操られているとはいえ一般人。元に戻ったときに亡くなっていましたなんか洒落にならない。しかし、庇ったことにより左腕を負傷してしまった。

「……あれ? 私は何をしていたんだろう?」

 操られた一般人が意識を取り戻すと、鳳龍師が話しかけた。

「早くこの場から逃げて」

 そう言われると、鳳龍師に助けられた一般人はその場から逃げた。

「やっちまったな……」

 負傷した腕を見ながら呟くと、桂木が近づいてきた。

「鳳龍師、大丈夫?」

 そういうと、ポケットに入れていたハンカチを取り出し、負傷した腕に巻き付けた。

「ありがとう」

「一緒に戦う仲間だからね。これくらいはやらないと」

 桂木が手当てをしている間、伊吹と塚本、三井は操られている警察官を近接戦闘で気絶させた。そして、鳳龍師のもとにやってくると、伴と三井がやってきた。

「伊吹隊長、電波管理センターから報告が入りました。柏座署から通常とは異なる周波数を発している模様」

「いまだに柏座署とは連絡が取れていません」

 そのやり取りを聞いた鳳龍師は確信した。なんで、敵が警察署の署長に化けていたのか。

「ここは私が何とかします。隊長さんは柏座署に行って、装置を破壊してください」

「分かった。鳳龍師、無理はしないでくれ」

 そういうと、伊吹は自分が付けていた無線機を預けた。

「使い方は大丈夫か?」

「問題ないです」

 伊吹から無線機を譲り受けた鳳龍師は無線機を装着した。正直あんまり似合わないとは思うが、そんなことを言っている余裕はないみたいだ。

「よし、我々は柏座署に向かって、装置を破壊する。鳳龍師、少しの間だけ、ここを任せる。頼むぞ」

 伊吹がそういうと鳳龍師は親指を立てた。

「さぁ、もうひと踏ん張りってところかな」

 操られる人はさらに増えた。殺さずの誓いで乗り切って見せる。


 ※


 ヘリに乗り込んだ伊吹は考え込んだ。なんで、鳳龍師のいうことを信じたのか。多分、論理的に聞かれた場合は答えることは出来ないと思う。人を操る装置とかにわかには信じがたいと思う。しかし、そんなことでうそをつくメリットはない。自分の身を犠牲にして戦っている人間が、そんなちんけな嘘をついて何になるのか。

 ならば、我々は柏座警察署に行き、装置を破壊する。ただそれだけ。

 柏座警察署の屋上に設けられているヘリの発着場に着陸すると、伊吹たちはライオットシールドを所持し、施設の中に入った。

「敵は操られている。問答無用で発砲してくるはずだ」

 伊吹がそういうと、予想通り、操られている警察官が襲ってきたため、近接戦闘で敵を蹴散らした。敵は発砲するが、こっちは使えない。あまりにも不利な状況だが、それでもやるしかない。

「どこに行けばいい」

「手あたり次第探すしかないな」

「俺と池田、伴。塚本と三井、桂木の二手に分かれるぞ。怪しい装置を見つけたら即座に攻撃だ」

 伊吹たちは1階、塚本たちは2階を捜索することにした。2階を探索していた塚本たちの目に飛び込んできたのは、破壊された留置場だった。

「これはひどいですね」

「もしかして、運動場に出た妖獣が壊した?」

「その可能性があるな」

 床には気絶している警察官が転がっていたため、そう思ってしまった可能性がある。一方その頃、1階に降りた伊吹たちは操られている警察官に遭遇。戦闘が始まった。

「ここに人が集中している。もしかしたら!」

 そう確信した伊吹は次々と警察官をなぎ倒した。伴と三井も躊躇することなく倒した。同じ仲間とは言え、相手は操られている。問答無用。

 そして、通信室に入ると、無線機の上に見慣れない装置が置かれていた。

「隊長!」

「本来ならば保存したいところだが、そんなことも言っていられないな」

 そうつぶやくと、伊吹は装置を持ち上げると、思いっきり床に叩き落とした。大きな音が響き渡ると、操られていた人たちが頭を抱えた。

「池田、署長室にも怪しい装置があったぞ」

「了解。破壊してください」

 装置はどうやら二つあったみたい。塚本は署長室の机に置かれている装置を床に置くと、所持している89式5.56mm小銃を撃ちまくり、作動していた装置が停止した。

 塚本が装置を破壊すると、気絶していた警察官が頭を押さえながら立ち上がった。

「あれ……何が起きていたんだ」

 どうやら洗脳が解かれたみたい。二手に分かれていた伊吹班と塚本班が合流すると、塚本が無線機を使った。

「こちら塚本、不審な装置を破壊した。繰り返す。不審な装置を破壊した」

 その頃、鳳龍師は襲い来る人々と鬼ごっこをしていた。敵は武装している。特に赤い目をした警察官は躊躇することなく発砲する。流れ弾が人に当たらないように避けていると、襲ってきた人々が頭を抱えた。

 一瞬、何が起きたのか分からなかったが無線機から塚本の声が流れたことで鳳龍師は状況を理解した。どうやら、装置を壊したみたい。

「もう少しだったのに! もう少しだったのに!」

 海老象が喚き散らした。洗脳されていた人々は何が起きたのか一瞬分からなかったが、近くに妖獣がいると理解すると、一目散に退避。離れた場所に全力で逃げた。

「まだだ。まだ終わっていない」

 海老象は噴煙をまき散らし、再度人々を洗脳させようとしたが、それに気が付いた鳳龍師は光の壁を展開。壁を思いっ切り前方に押し出し、海老象の前に光の壁が到達すると、自分で噴出した噴煙を浴びたため苦しみだした。

 そして、鳳龍師のもとに制服警官がやってくると、海老象に向けて一射に射撃を開始。弾丸を撃ち込まれ苦しみだすと、鳳龍師が中腰になった。

「下がってください……ここが貴様の死地だ! 海老象!」

 腰に添えていた日本刀を抜刀。海老象を斬りつけると光の粒子となって消えた。

「まったく。面倒な奴だった」

 抜刀した日本刀を鞘に納めると、周りにいた人々が拍手した。いつもならば、ここで消えるが今回はそうはいかない。上空を見上げると、SAFの隊員を乗せたヘリが旋回。陸上競技場に着陸。しばらくすると鳳龍師のもとにやってきた。

「妖獣を倒していただきありがとうございます」

 伊吹隊長が敬礼すると、鳳龍師は預かっていた無線機とハンカチを返した。

「私は私のやるべきことをやっただけです」

「申し遅れた。私は埼玉県警特別攻撃部隊、隊長の伊吹淳だ。最後に一つだけ聞きたい。鳳龍師、あなたはいったい何者だ?」

 無線機とハンカチを受け取った伊吹隊長がそう問いただすと、鳳龍師は笑みを浮かべた。

「伊吹隊長、私はただの一般人ですよ。元自衛官でも元警察官でもありません。どこにでもいる。ただの人ですから」

 そういうと、鳳龍師は光の粒子となって姿を消した。

「ただの一般人か……。強すぎるだろ」

 伊吹は自嘲気味につぶやくと、隊員に指示を出した。

「状況を整理したら基地に戻るぞ」


 ※


「埼玉県柏座市内で妖獣が出現しましたが、その前後。同市内を管轄する柏座警察署の留置場が破壊される事件が発生しました」

 風呂が沸きあがったため、入ろうとした時だった。お父さんがテレビを見ていたため、なんとなく一緒に眺めた。テロップには妖獣の仕業か? と記載されており、流れてくる防犯カメラには突然留置場が破壊。警察官がやってくると、透明な何者に攻撃される様子が映し出されていた。

「埼玉県警は取材に対し、同映像は改竄された可能性が高く、復元することは困難だと発表。柏座運動公園に出現した妖獣が何らかの形で関わっている可能性があると指摘。SAFに捜査を一任すると明らかにしました」

「妖獣が警察署を襲撃? 怖いな」

 報道の仕方があれだな。完全に海老象の仕業という空気になっている。本当は違うんだけどね。

「由美子に罠を仕掛けて、閉じ込めるほうが悪い。以上」

 鳳龍師が強い口調で正論を突き付けた。そりゃ、そうだ。

 立ち上がり、風呂に入るため洗面所で着替えると左腕を眺めた。海老象に操られている人を庇った時に出来た傷跡が残っている。

 この傷跡って治る?

「一晩で治るよ。由美子ごめんね」

 名誉の負傷。あの時は仕方がないことだ。

 そして、着ているものをすべて脱ぐと、1日の疲れを湯船で癒した。今日は疲れたけど、お父さん、そして、操られた人々、全員が元に戻った。SAFがやってきて一緒に協力することが出来なかったら、どうなっていたことやら。ほんと、厄介な相手だった。

 浴室の天井を眺めながら今日の出来事を振り返った。

 さてと、明日も頑張らないと。

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