第4話 妖獣班出撃せよ
「由美子、明日仕事になったわ」
三人で夕飯を食べていると、突然お父さんがそう言ってきたため、私は言葉を失ってしまった。
「うそでしょ! 絶対に仕事を入れないって言っていたのに」
「どうしても先方がこの日じゃなければだめだって言うんだよ。娘と一緒に過ごす時間をつぶしたんだ。落ちたら、絶対に許さねぇ」
私のお父さん、
「うーん……お母さんも明日仕事だよね?」
「そう。明日は通夜まで入っているからね。帰りが21時近くになっちゃうのよ」
「通夜までか……。お父さん、仕事終わって直接来ることは出来ないの?」
「仕事自体は午前中で終わるけど、その後先方と飯を食べることになっているんだよね」
そりゃ、厳しいな。
「じゃあ、私だけ行くことになるのか……。お父さんのチケット無駄になったね」
「圭司くんと一緒に行けば」
思わずえっという声が出てしまった。
「あら、圭司くんと一緒ならばお母さんは心配ないわ」
「由美子が電話をすれば圭司くんは来るって言うよ」
吉村か……。まぁ、あいつも私と同じで名古屋サポだから良いとは思うけど……。
「決まりだな。いやー、これでチケットが無駄にならずに済んだ」
お父さんはそう言うとハハハと笑い出した。確かに、吉村に電話をすれば行くって言うと思うんだけど……。
「吉村が行くって言ったらお金とればいい?」
「いや、お金は受け取らんで良いよ。タダで転売しちゃえ」
気前良すぎるだろ。夕飯を食べた私はお父さんからチケットを受け取ると、自室に向かった。大人が子供用のチケットで入るのはご法度だけど、子供が大人用のチケットで入るのは問題ない。
一緒に行けか……。あんまり気乗りは出来ないけど仕方がない。私は吉村の自宅に電話すると1コールで返事が返ってきた。
「はい。吉村です」
「久しぶりだね。吉村、元気にしている?」
「おっ、その声は野口じゃないか。今日のパ……」
その先を聞く前に通話を止めると、すぐさま折り返してきた。
「野口! 人の話は最後まで聞かなきゃダメだって教えられなかったのか?」
「吉村が変なことを聞こうとしたから切っただけ。不愉快になることは言わないでもらえますか?」
「野口と別の中学校になってから2週間ちょっと経過したけど、いやー、耐えられないね。苦行だよ」
「苦行というセリフはオーバー。吉村、若西で変なことやってないでしょうね」
「全員ジャガイモみたいな連中だぞ。ありえねぇ! ホント魅力を感じる女子がいないとかびっくりだよ」
「ジャガイモって……ついこの間まで同じ小学校に通っていた女子もいるでしょ」
「話にならない。やっぱり野口が一番だよ」
「私が一番? いや、褒められれば悪い気はしないけどさ」
いや、思春期だと言われたらそれまでだけど……。
最初はクラスの友達も吉村に注意していたけど、いつの間にか「ああ、そう言う関係ね」という意味不明な構図が出来上がってしまい、咎める人がいなくなってしまった。いや、なんでそこで皆諦めるの? まじで誰の陰謀だよ。
「……それで、野口、何か用事あるのか?」
「明日、暇?」
「暇だけど……雨降るから出かけたくないな」
「それは残念。私の手元にJリーグのチケットがあるんだけどね」
対戦カードを伝えると、吉村は急激にやる気のある声を出した。
「マジか! 雨でも関係ない。行くぞ!」
切り替えが早いな。
「ポンチョは用意しておくこと。明日11時、私の家に集合。両親は仕事で行けないから私と吉村の二人だけです。それなりのお金は持ってきてね」
「お年玉の貯金はこういう時に使わないとな。じゃあな野口。明日は楽しみだぜ」
「くれぐれも、変なことはしないように」
念押しすると、オッケーオッケーという軽い返事が返ってきた。あっ、こりゃ、人の話聞いてないわ。変なことをやってきたら、右ストレートを食らわせるしかないな。
「用件は以上。じゃあ、おやすみなさい」
そういうと、吉村もおやすみというと電話を切った。
※
「天野参事官、埼玉での一件はどう評価されますか?」
総理執務室に呼び出されると、磯部総理から質問をいきなりぶつけられた。
「赤い巫女とSAFが一緒に戦った件ですか……。NSSから出されていた通達には様子見と記載されていました。その通達に違反する行為だと思うのでよろしくないことだと思います」
「我々は赤い巫女に関してまだ何にもわかっていない。素性の分からない人物です。今は妖獣を倒していますが、それが本心なのかもわかりません。そんな、不透明な人物と警察が一緒に手を組んで妖獣を倒した。もし、赤い巫女が敵になった場合、警察はなんであの時手を組んだんだって揚げ足を取られます。政府も何故黙認したんだって五月蠅い人たちにいわれるのは火を見るよりも明らか。そこで妖獣班には
正直気乗りがしない。そんなことをやったら現場から反感を食らうのは目に見えている。だけど、総理からの命令だ。拒否することは出来ない。
「承知いたしました。準備が整い次第、稲荷山に向かって出発します」
「よろしくお願いします。天野参事官」
総理執務室を出ると、腕組しながら廊下の壁にもたれ掛かっていた竹中室長が声をかけてきた。
「貧乏くじ引かされたな」
「総理の命だ。仕方がない。稲荷山への連絡は任せた。警察の上層部は埼玉の一件、どう評価している」
「通達を無視したから処分すべきだという意見もあるが、大多数は保身に走って身動きができない。マスコミが赤い巫女と警察が一緒に戦ったことを好意的に報道しているのもその要因の一つだな。もし、処分したことが知れ渡ったら普通の炎上じゃすまない。幹部クラスは全員、国家公務員だ。警備なんかほぼないに等しい。国民が処分に逆上して、警察庁長官狙撃事件みたいなことをやられたら目も当てられないぞ」
政治家にはSPが付くが、事務方は国家公務員。警備なんかつくわけがない。
「それは厄介だ。ちなみに、あの通達ってどれくらいの効力があるんだ?」
「警察庁の職務規定と同じ効力があるが、妖獣案件と判断した場合、SAFは独自の行動を行うことが許されている。現場は妖獣を倒すための行動をとっただけ。赤い巫女がいたから妖獣を倒しませんって話にはならないだろ」
正論すぎて言葉が出ない。
「2日で通達が意味をなさないものになってしまったのか。このままなし崩しになるのもよくない。早急に何とかせねば」
竹中室長との会話を済ませると部屋に戻り、班員に稲荷山に行く旨を伝えた。
※
「久しぶりだな野口、元気にしていたか?」
待ち合わせの時間5分前にインターホンが鳴ったため、玄関の扉を開けると吉村が嬉しそうな表情をしながら立っていた。
「ちょっと待ってね。荷物取ってくるから」
吉村が返事をすると、私は自室に戻りお出かけに必要なものを確認した。チケットはある。財布もある。そう思っていると、鳳龍師が語りかけてきた。
「由美子、楽しそうだね」
どこが楽しそうに見えるの?
「由美子にもそう言う人がいたんだなって思ったわけ」
違う! 絶対に違う! 吉村とはただの友達。そんな関係ではありませんから。
「そんな関係じゃない……。そういうことにしておくよ」
うわっ、絶対信じてないな。
自室を出ると、玄関で待っていた吉村と合流。一緒に駅に向かった。
「去年ユニを買った選手が退団するってどういうこと? ありえないし」
「生まれ故郷に帰っちゃったね」
「野球も買ったユニの選手が退団しなければいいけど」
「相方が関東出身でドラフトも下位指名だからありえないことではないと思うけど……、球界一の二遊間コンビだぞ? さすがに退団させることはないよ」
自分が応援しだした途端、推しの選手が消えるというスポーツあるあるを話していると、右手にはめている指輪に言及してきた。
「野口、その指輪どうしたの?」
「お母さんから貰ったものだよ」
「へぇー、結構高かったんじゃない?」
「曾お祖母ちゃんが持っていたもののお下がりだからお金はかかってないと思う」
「学校に行くときもつけているの?」
「授業の時は外してポケットに入れている」
吉村に指輪を渡すと、何かを鑑定するかのように指輪を眺め出した。
「龍の紋章が刻印されているね。これ何時頃に出来たものだろ?」
「曾お祖母ちゃんが持っていたって言うことは100年前にはあったんじゃない?」
「年代物だな。大事にしておけよ」
吉村から指輪を受け取ると、右手の人差し指にはめた。
「……似合っているな。その指輪」
「えっ? ありがとう」
なんだろう。今までの吉村とはなんだか違う。えっ? 本物? 疑心暗鬼に陥っていると、吉村がすべてを見透かしたかのような表情で話しかけてきた。
「野口、人というものは変わるんだよ。今までの俺とは違う。野口に対して、何かやるときは必ず許可をとってからやるから」
「許可?」
「そうだ。1か月前の俺とは違う。俺も中学生だ。少しはまともにならないとな」
去年やっていた古代ローマ人が現代にタイムスリップしてしまう映画の主人公を演じた俳優っぽいしゃべり口調で語っている。吉村ってこんなキャラだっけ?
「まぁ、その許可が通過するとは思わないけどね」
「なんでだよ」
両手を挙げてオーバーなリアクションしたけど、その俳優を意識しているのが見え見え。
「なんでもへったくれもない。吉村、誰に影響されたんだ? そのしぐさは」
「決まっているだろ」
そういうと、予想通りの俳優の名前が飛び出してきた。
「今日、地上波で放送されるからテンション高いんだよね」
「野口と一緒に見に行った映画だからな。続編の制作も決まっている。公開されたら行くぞ」
「その時になったら教えてね……。えっ! 一緒に行く?」
「なんだよ? 嫌なのか」
「いや……。そういうことじゃないけど」
返答に困っていると、鳳龍師がくすくすと笑いだした。絶対認めないからな!
吉村と一緒に駅にまで歩くと、電車に乗って目的地へと向かった。
※
「春香、買い物行って」
お母さんにお使いを頼まれたため、駅の近くにあるショップセンターに向かうと駅に向かっているクラスメイトを見かけた。あの後ろ姿は野口由美子だよな。どこかに行くのかな?
そう思いながら声をかけようとしたが、私の理性がそれを押しとどめた。
隣にいる男は誰? 同じクラスメイトじゃないことだけは確かだ。えっ? もしかして彼氏? だったら、どこに行くのか確かめなければならない!
芸能人のスキャンダルを見つけた時ってこんな気分になるんだろうな。きっと。
遠巻きに二人の様子を観察していると、由美子と隣にいる男の子は駅の階段を上りだした。
どこに行くのかは分からないが、いずれにせよクラスメイトのスキャンダルは握った。機会があったら聞いてみよう。
私は踵を返すと、本来の目的を果たすべく買い物に向かった。
※
「お忙しいところ失礼します。国家安全保障局妖獣班、班長の天野です」
お昼休みが終わった13時。国家安全保障局妖獣班の6名は埼玉にある稲荷山基地を訪ねた。赤い巫女に関する通達を無視しなんで現場は共闘したのか? それが知りたかったため、緊急で訪問したのである。
「埼玉県警特別攻撃部隊、隊長の伊吹です」
基地内部にある会議室の窓側には妖獣班に所属している6名が座り、廊下側には伊吹が座っている。ある意味、圧迫面接をやっている状態だ。
「早速ですが、本題に入りたいと思います。先日、さいたま市内にある高鼻第一公園で妖獣と戦闘がありました。その際に赤い巫女が戦闘に介入。赤い巫女に関しては素性が分からないため、静観すべきという意味で通達を出しました。ですが、赤い巫女を助ける形で攻撃をしました。なんで、その判断を下したんですか?」
「隊員を助けたからです。赤い巫女がいなかったらうちの隊員、2名がやられていました」
「しかし、それだけで赤い巫女と一緒に戦うという決断を下すのは早計過ぎるのでは?」
妖獣班に所属している木村は厳しい口調で突き付けた。
「過去、赤い巫女が現れたとき、赤い巫女は民間人を助けています。若宮では女子中学生、池袋ではOL、そして今回は我々。本当に敵対すべき相手ならば助けたりするはずはありません」
「しかし、それは我々を油断するための方便では?」
「であるならば、我々は戦うまでです」
「赤い巫女とですか?」
妖獣班の井出が驚いた表情をすると、伊吹は断言した。
「たとえ相手が何者だろうと、秩序を乱すものとは戦わなければならない。それがSAFです」
伊吹への査問が終わると、次は若手の伴が呼ばれた。
「あなたは赤い巫女に助けられたから隊長に攻撃を進言した。伊吹隊長はそう証言していますが、間違いないですか?」
妖獣班の江戸川がそう聞くと、伴は断言した口調で言い切った。
「間違いないです」
「なんで、攻撃すべきと判断したんですか?」
「助けるべきだと思ったからです。何者かは分からないけど、妖獣に対して果敢に挑んでいます。それを黙って見過ごすわけにはいきません」
伴への査問が終わると、次は桂木が呼ばれた。
「桂木隊員、伊吹隊長はあの時、赤い巫女を援護すべきと判断を下しましたが、あなたはその判断に対してどう思っていますか?」
妖獣班の星野がそう言うと、桂木は即答した。
「間違いはないと思っています」
「しかし、赤い巫女は素性が分からない相手です。その相手と一緒に戦うのはいかがなものでしょうか?」
妖獣班の古橋がそう言うと、桂木は反論した。
「ならば、その構図を変えるまでです。赤い巫女は我々を助けました。助けてもらってそれで終わりというのは人として違うと思います。それに、我々は特別攻撃部隊。妖獣案件に関しては独自の行動をとることが許されています」
桂木への査問が終わると、次は西田が呼ばれた。西田、三井、池田。次々と呼ばれるが全員、共闘に問題はないという判断だ。
そして、最後にやってきたのは塚本副隊長だった。
「あの時、なんで、介入すべきだと思ったんですか?」
「赤い巫女の動きが今までとは違っていたので、疲れがあると私は伊吹隊長と話をしていました。そして、敵の攻撃を受け、まずいと思った時に伴と三井が加わるべきだと進言したので、私も賛成しました」
「その進言に疑問はなかったんですか?」
「疑問なんかありません。なぜならば、赤い巫女は民間人を助けただけではなく、自分の身を犠牲にしながらも戦っていたからです」
「しかしそれだけでは」
木村がそう言うと、塚本は口を開いた。
「一回、赤い巫女を見ていただいたら分かりますよ。画面越しではなく、リアルな状態で」
塚本副隊長への査問が終わると、妖獣班の6名は全員で話し合った。
「ある意味予想された展開になってしまいましたね」
古橋は頭を抱えながら呟いた。
「素性不明の人物と一緒に戦うことにためらいはなかった。妖獣を倒すために独自の行動をとった。理論としては間違ってないんですけどね」
取りまとめた議事録を眺めながら星野がつぶやいた。
「班長、どうされます?」
江戸川がそう言うと、天野は天井を見上げながら話し出した。
「通達と現場に乖離が出ているのは事実だ。ただ、赤い巫女が味方だという確固たる証拠はまだ足りない。どうしたらいいんだ……」
天野が呟くと、井出が口を開いた。
「とりあえず、戻りませんか? ここにいてもなんですし」
「それがいいかもしれないな」
木村も同意すると、天野がうなずいた。
「一通り話は聞いた。戻ったら報告書を作成しよう」
※
東京都大泉区内にあるカレーハウス。ここで加藤と成瀬の2人が昼食をとっていた。
「国家安全保障局が稲荷山に行ったみたいですね」
シーザーサラダを食べながら成瀬が話すと、加藤が不敵な笑みを浮かべた。
「ご苦労なこった。意味不明な通達を出したことで自分たちの首を絞めたわけだよ」
ラッキョウをぼりぼりと食べながら加藤が揶揄すると、店員がやってきた。
「お待たせしました。ポークカレー500グラム5辛になります」
「私だ」
加藤がそういうと、女性店員が加藤の前に注文した商品を置くと、別の男性店員がやってきた。
「お待たせしました。野菜カレー、ほうれん草チーズトッピング、200グラムになります」
「ありがとう」
成瀬が手を挙げると、男性店員が商品を置くと、成瀬はテーブルに備え付けられている福神漬けを大量に入れた。
「海老象の様子はどうなっている?」
加藤が呟くと成瀬が反応した。
「早くも学生10人確保したみたいですよ」
「海老象は順調みたいだな。成瀬は妖獣班の稲荷山訪問で変化が起きると思う?」
「変化はないと思います。理由は鳳龍師が味方だという理由が足りないからです」
「確かにそうだ。現状、世間の味方だという根拠が足りない。ただし、何かの拍子で味方だと確信を持つかもしれない。その時のパターンも考えないと」
「味方だと確信するパターンですか。あり得ますかね? そんな展開?」
「分からない……。いろいろなケースは想定しておかないとな」
カレーを食べ終えると、加藤が呟いた。
「都立東京湾岸公園に行くぞ」
「了解しました」
加藤と成瀬は席を立つと、お会計を済ませて店を後にした。
※
小雨が降りしきる都立東京湾岸公園。園内にあるアーチェリー場の土の中から妖獣が飛び出してきたため、閑静な公園は修羅場と化してしまった。
土から現れた妖獣は雄たけびを上げると、周囲に放電。電気系統は大きな影響を受けた。
妖獣出現の報は各地に伝わり、警視庁特別攻撃部隊の基地がおかれている江東ヘリポートからは特別車両が出動した。
そして、稲荷山基地を出た妖獣班の班員が乗っているヘリにも連絡が入った。
「都立東京湾岸公園に妖獣が出現?」
「ただいま、過去のアーカイブを調べています」
江戸川がそう言って、ノートPCで検索をかけた。首相官邸に到着したらMルームに直行しなければならない。でも、このまま官邸に行って良いのだろうか? 天野の頭の中には塚本副隊長が言った言葉が頭にこびりついていた。
「一回、赤い巫女を見ていただいたら分かりますよ。画面越しではなく、リアルな状態で」
妖獣が出現した。ここ数回のケースから考えると、赤い巫女が現れる可能性は高い。画面越しではない。リアルに見なければ分からないことがある。ならば、やるべきことは一つ。天野は立ち上がると、操縦士のもとに駆け寄った。
「操縦士さん、官邸ではなく江東ヘリポートに向かってください」
「えっ? 班長どうしたんですか」
「現場だ。俺たちも現場に行くぞ。木村、SAFは出動したのか?」
「出動を確認しています」
「江東ヘリポートに緊急連絡。緊急車両の準備をするよう通達してくれ」
天野はそう言うと、機内の無線を使って竹中に連絡した。
「竹中さん。お疲れ様です。天野です」
「どうした天野?」
「妖獣班、6名は全員現場に向かったと総理にお伝えください。官邸はお願いします」
「現場に行くのか?」
「知らなければならないと思うので」
「……分かった。総理には私から説明する。天野、気をつけろよ」
「了解しました」
連絡を終えた天野のもとに木村がやってきた。
「班長、赤い巫女は来るのでしょうか?」
「分からんが、なんとなく来そうな気がする。この目で確かめるぞ!」
天野はそうつぶやいた。
※
「由美子、妖獣が出てきた」
試合が始まってしばらくすると、脳内で鳳龍師が語りかけてきた。試合は1-0。頼む、このまま勝ち切ってくれ!
「吉村、ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」
席の端っこに座っていた吉村が退くと、心の中で鳳龍師に語りかけた。
場所はどこ?
「都立東京湾岸公園」
どこだ? 私は乗換案内のアプリで移動距離を調べると頭を抱えてしまった。
1時間30分……。遠すぎるよ。
「……やむを得ないな。空間転移、使うけどいい?」
この状況じゃ仕方がないな。良いよ。
私は急いで女子トイレの個室の中に入ると、内側からカギをかけた。
ハーフタイムが始まると、女子トイレが混みだす。それまでに蹴りをつけるよ。
「分かった!」
握りこぶしを作り、指輪を真正面に向けると、私は鳳龍師になった。
※
妖獣班を乗せたヘリが江東ヘリポートに到着すると、待機していた警察官が出迎えてきた。
「緊急車両の出動は出来ています」
「よし、行くぞ!」
妖獣班6名が緊急車両に乗り込むと、戦場になっている東京湾岸公園まで飛ばした。車で10分の場所にあるけど、飛ばしたため5分弱で到着。天野は合羽を着て外に出ると、そこには必死に戦っているSAFが目に飛び込んできた。
「……これが現場か」
前身となる不明生物対策本部が設置されていた時から国家公務員が現場に行ったことはなかった。でも、今回、天野たちは初めて現場に行った。
「班長、妖獣の特定に成功しました」
江戸川がそう言うと、ノートPCを見せた。
「妖獣……
千年土竜が雄叫びを上げると、周囲に放電が走った。攻撃していたSAFも放電を放っている敵に対して近づくことが出来ていなかった。
「お役人さん、ここは危険ですぜ。安全な場所に避難したほうがいい」
警視庁特別攻撃部隊を指揮する
「分かりました」
そう言って、天野が緊急車両に乗り込もうとした時だった。千年土竜が放電を放つと、その放電が天野に迫った。
「班長!」
避けられない。死を覚悟した天野だが次の瞬間、横から飛び込んできた何者かが天野を庇ったため、放電の直撃を回避することができた。
「えっ? 誰?」
一瞬の早業だったため、分からなかったが、天野を庇ったのは鳳龍師だった。
「赤い巫女!」
天野の安否を確認すると、鳳龍師は千年土竜に接近。格闘技で相手を攻撃した。
「あれが……赤い巫女」
前回、都内で鳳龍師が戦った時はSAFが現着する前に相手を倒したため、その実力は分からないものだった。でも、今回は違う。身のこなし方。相手との間合いの詰め方、どれをとっても戦いなれているものの仕草だった。
「すごい……」
茫然と見ていると、千年土竜が雄叫びを上げると放電を開始。雷撃が鳳龍師のもとに迫ると、何にもない空間に光の壁を作った。
「光の壁!?」
「なんでもありだな。赤い巫女は」
光の壁を押さえて放電をやり過ごすと、川上隊長が鳳龍師のもとにやってきた。
「どんな仕組みかは知らないが、やるじゃねぇか巫女さん。俺たちはどうすればいい。あの放電を出されたら、近づくことができない」
「何か、盾になるものはない? ないよりはましだと思う」
「なるほどライオットシールドか。真夏、車両から人数分の盾を持ってこい!」
「了解!」
川上隊長から指示をもらったSAFの真夏隊員が緊急車両に行くと、妖獣班も駆けつけた。
「我々も協力します。木村、古橋、井出、江戸川、星野、持てる分だけ持つぞ!」
妖獣班の協力もあり、全員にライオットシールドが配備されると、盾を持った状態で攻撃を開始。千年土竜は苦しみだすと、雄叫びを上げ放電した。SAFにはライオットシールドがあるが、妖獣班のところには盾がなかった。それに気が付いた鳳龍師は瞬間移動すると、光の壁を作って放電を防いだ。
「問答無用で撃ち続けてください!」
鳳龍師がそう叫ぶと、川上隊長の合図で攻撃を再開。雄叫びを上げている千年土竜は放電を強めた。
「……もう少し。もう少しだ」
光の壁を展開した鳳龍師の腕もしびれていた。その様子を眺めていた天野は塚本の言葉を理解した。赤い巫女は私たちのことを守っている。そう思ったのは天野だけではなかったはず。妖獣班の木村 、古橋、井出、星野、江戸川、彼らも同じ気持ちだった。放電していた千年土竜だが、突然放電をやめると、後退しだした。
「逃がさない! 警察の方は下がって!」
光の壁を展開していた鳳龍師はそう言うと、光の壁を両手に凝縮。そして、両手を前方につきだすと、集まった光の壁が気弾となって妖獣に直撃した。
後退していた千年土竜は気弾が直撃したため苦しんでいる。それを見た鳳龍師は中腰になると、腰に添えていた日本刀を抜刀。神速の早業で千年土竜を斬りつけた。
「決まった」
古橋がそうつぶやくと、切り裂かれた千年土竜は光の粒子となって姿を消した。抜刀した日本刀を鞘に納めると、鳳龍師は警察のほうを振り向いた。
「ありがとうございます! 皆さんのおかげで倒すことができました」
鳳龍師はそう言って頭を下げた。それを見た川上隊長は号令をかけた。
「赤い巫女に……敬礼」
SAFの隊員全員が敬礼をすると、鳳龍師は姿を消した。
※
試合は逆転負け。ほんと、テンション駄々下がりだ。
野口と一緒に試合内容をグダグダ話していたが、電車に乗ると、隣に座っていた野口は寄りかかって寝た。
周りから見たら喜ぶべきシチュエーションだが、電車の座席に寄りかかって寝られるのは正直狭く感じるんだよな。
昔だったら、野口の身体を触っていたんだろうな。
そう思っていると、野口が寝言をつぶやいた。
「待ってよ……。ほう……りゅう……し」
うん? どういう意味だ? なんかの役職か?
寝ている野口を眺めていると、野口が目を覚ました。
「……吉村、変なことしてない?」
「だから……何かをやることがあったら許可を取るって言っただろ」
「それもそうだよね」
野口はそういうと頬を叩いた。
「吉村、私なんか言ってなかった?」
「寝言って言う意味?」
野口がうなずくと、俺は答えた。
「ラーメンが食いたいって言っていたぞ」
「……まじ!?」
「肌寒いからな。若宮に着いたら夕飯食うか」
「そうだね」
なんとなくだけど、さっきの寝言は言ってはいけない気がする。そう思ってしまった。
地元の駅に到着すると、駅前にある中華料理チェーン店の中に入り、一緒に夕飯を食って帰った。
※
「報告書の中身は読ませていただきました。この行動を見る限りですと、赤い巫女は我々の味方だと考えたほうがいいかもしれませんね」
俗に言われる四大臣会合が開催され、その会合に天野が呼ばれた。磯部総理、石川官房長官、
「あくまでも現時点での判断になります」
天野はそう注釈した。
「ホワイトハウスも赤い巫女に興味を示しているのは事実で、来月行われる日米首脳会談でもこの話題が出るのは避けられないかと」
岸本外務大臣がそう言うと、磯部総理が報告書を天野に見せた。
「現時点まで分かっている赤い巫女に関する情報はアメリカに渡しても問題はないか?」
「我々は味方だと思っても、米国政府はそう思わないという齟齬が生じるのはよろしくないと思うので、共通の認識を持つことは大切だと思っています」
一連のやり取りを聞いていた小野田防衛大臣が天野に問いただしてきた。
「赤い巫女の名前って分からないのか?」
「名前ですか?」
「赤い巫女に関してはマスコミの報道などで認知が増えてきている。ただ、何という名前なのかは謎のまま。過去の文献に何らかの記述はないかね?」
「言われてみれば確かにそうだ」
「小野田大臣の言うことは一理あります。天野班長、赤い巫女の素性に関しては引き続き調査を。いつまでも赤い巫女と呼ぶわけにはいかないので」
「承知いたしました」
「石川官房長官、次の定例記者会見で日本政府として赤い巫女に対する立場を正式に表明するようお願いします。岸本外務大臣、国際社会に対して赤い巫女は人類に対して敵対していないという声明を出すようお願いします。小野田大臣、自衛隊と赤い巫女が共同で戦うことがある可能性を考慮し、隊内でシミュレーションするようお願いします」
四大臣会合が終わり、天野は部屋を出ると、廊下で竹中室長とすれ違った。
「天野、川上隊長から感謝のお言葉が届いたぞ」
「我々も知らなければならないことがあるので協力したまでです」
一緒に喫煙所に行くと、竹中室長が話し出した。
「今後、赤い巫女が出てきた場合は協力するよう通達を出しておきました。今のところ、埼玉と東京しか出ていないけど、今後はいろいろなところで出てくるかもしれない。現場はホント大変だな」
「現場の頑張りを我々は理解しなければならないってことを今回の件で感じました」
「警察庁不明生物対策室室長のポストは今後、現場経験者が務めるのが適任かもしれないな」
「ノンキャリの最高ポストにするってことか?」
「あくまでも可能性の話だ。内部の規定とかを見直さなければならない。就任して1か月も経過していないのに情勢が目まぐるしく変化している。お互い嫌になると思うけど、何とかやっていこうぜ」
一本吸い終えると、竹中は喫煙所を後にした。赤い巫女……いったい何者なんだ。世間では、元自衛官だの警察官だのって言われており、はたまた生物兵器説まで言われている始末だ。ただ、今回現場に行って分かったことはある。
赤い巫女は我々の味方だ。
現時点でと付け加えたが、その現時点から変わることはたぶんないはず。天野はそう確信した。
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