第3話 血を吸う樹木

「ひでぇ有様だなこりゃ……」

 さいたま市内にある高鼻第一公園たかはなだいいちこうえん内に変死体があるという通報を受け、北大宮きたおおみや警察署の捜査員がやってきたが、現場の状態はあまりにも悲惨だった。公園の広場には浮浪者と思われる遺体が複数人転がっていたが、その遺体の顔は真っ青になっており、極端にやせ細っていた。

「高橋さん、これって同件でしょうか?」

「かもしれないな……」

 現場を指揮する高橋警部補は苦い顔をしながらつぶやいた。今月に入り、極度にやせ細っている遺体が何件も発見されており、現場の状態から判断した結果、今回も同件の疑いが浮上していた。

「鑑識さん、何か見つかりましたか?」

 高橋警部補が鑑識官に質問すると難しい顔をしながら答えた。

「今のところは何も。探していますけど、たぶん今回も見つからないかもしれませんな」

「些細なものでもいいので見つけてください」

「高橋さん、遺体を検視に回しますがよろしいでしょうか?」

「分かった。よろしく」

 現場には野次馬が押し寄せている。ほんと、暇人が多いな。そう思っていると、一人の老人がわめいていた。

「見たんじゃ! わしは見たんじゃ!」

「……だから、お爺さん。木が勝手に動くなんてことはないんですよ」

 木が動く? その発言に不信を抱いた高橋は、黄色いテープの手前でそんなやり取りをしている巡査のもとにやってきた。

「おじいさん、その話聞かせてもらえる?」

 黄色いテープの内側にご老人を招き入れた高橋はベンチに座って話を聞いた。

「おじいさん、木が動いたってどういうことですか?」

「昨日の23時くらいじゃ。そこの自販機で飲み物を買っていたところ、突然、後ろから悲鳴が聞こえたんじゃ。それで、道路を渡ってその場所に行こうとしたところ、樹木が動いていて、男性を追いかけていたんじゃ!」

「……樹木が動いていた。それは間違いないんですか?」

「間違いない! わしはこの目で見たんじゃ」

「警部補、もしそれが事実ならば……」

 そんなやり取りをしていると、一人の捜査員が高橋のもとにやってきた。

「警部補、防犯カメラを確認したところ、犯人が映っていました。ですが、相手は人間ではありません。妖獣です」

「樹木の妖獣が犯人か」

 高橋がそうつぶやくと、持っていた携帯が鳴り響いた。電話の相手は刑事課の課長だ。

「はい、高橋です」

「一昨日発見された遺体の検視結果が届いた。血が一滴もなかったそうだ。今日も遺体が発見されたみたいだが、状況はどうなっている?」

「防犯カメラに妖獣らしき存在が映っているのを確認しました。近所に住んでいる住民の目撃証言も取れています。課長、本件はSAFの出番になるかと」

 高橋がそう言うと、電話の向こうからはため息が聞こえた。

「妖獣が相手ならば仕方がない。出動を要請しよう。交通課には駆除を想定し、交通規制を依頼する。高橋は現場の警備を頼む」

 刑事課の課長から指示を受けると、高橋は現場に集まっている捜査員に指示を出した。


 ※


「磯部総理は記者団に対し、昨日、出現した赤い巫女の所在に関して強い関心を示しました」

 ニュースキャスターがそう伝えると、磯部総理が記者団に対して質問を答えている場面に切り替わった。

「妖獣を倒したわけですので、政府としては強い関心を持たなければならない存在だと思います。どのような原理で倒したのかは専門家を交えて調査をしなければなりませんが、まずは赤い巫女に関して我々は知らなければならないものだと思っています」

「その赤い巫女が敵対した時の対応ってどうされるのでしょうか?」

「政府としてはですね。あらゆる想定はしなければならないので。それ相応の対策はしなくてはいけないものだと思っております」

「政界、特に野党からは赤い巫女に関する情報は早めに開示すべきだという意見がありますが、総理としてはどのようにお考えでしょうか?」

「赤い巫女に関しましては我々も野党も持っている情報に差はないものだと思っています。赤い巫女が何者なのか、なんで今現れたのか、我々も把握できていないのが現状ですので」

 朝ごはんを食べながら、ニュースを見ているけど、どこもかしこも鳳龍師のことしか報じていない。これで世間が鳳龍師のことを認知してしまったのか。嬉しいのやら悲しいのやら。

「由美子、朝食べたらカギ閉めて行ってね」

「はーい。行ってらっしゃい」

 お母さんが慌てて家を飛び出すと、家は無人で誰もいない。私はポケットに入れた指輪を取り出した。

「鳳龍師ってやっぱりすごいね」

 そう呼びかけると、鳳龍師が語りかけた。

「私は妖獣退治の専門家。当然の事を行っただけだよ」

 そっけない返答だけど、どこか喜んでいる様子がした。

「赤い巫女って呼ばれているけど、昔の人って文献とか残さなかったの?」

「そんなことはないよ。ちゃんと、鳳龍師って呼ばれていた時もあるよ。ただ、どっちかと言ったら赤い巫女って呼ばれていたことが多かったかな」

「じゃあ、正式名称が分かるまでもう少し時間がかかるのかな?」

「今頃、いろいろな研究機関が文献を漁っていると思うよ。きっと」

「もしかして、鳳龍師が歴史の教科書に載ったりして」

「そうなるかもしれないけど、私は自分が歴史の教科書に載っているのを見たことがないんだよ」

「えっ? そうなの?」

「政府とかの文書に記載されることはあっても、教科書に記載されたのは見たことないな。前現れたときは、大人だったから教科書を見ることはなかったわけだし」

「……それって、さみしくない? 自分が活躍した足跡が残らないなんて」

「今まではそうだった。でも、この時代は違う。私がいた足跡はしっかりと残される。だから、鳳龍師という妖獣退治の専門家がいたことは忘れられないと思うよ」

「……鳳龍師、私戦い抜くから」

「ありがとう。由美子。さっ、そろそろ学校だよ」

 時計を見ると、7時50分を過ぎていた。準備して行かねば。テレビを消し、食器を流しに戻すと自室で着替えた。

「由美子さ、気になったんだけどなんでスカートの中に体育着を着るの?」

 着替えていると、鳳龍師が語りかけてきた。

「えっ? それは、見られないようにするためだよ」

「……月曜日までは何にも履いていなかったけど?」

「うるさい! 100年前とは性の感覚が違うんだよ。世の中にはおかしなやつがいるからね。あいつはスカートの中に体育着を着ない生徒だってマークされたらどうするの。それに、今日は体育の授業がある。制服の中に体育着を着ていたら着替えるのが楽だよ」

「なるほど。だから、みんな制服の中に体育着を着ていたんだ」

「そういうこと。ちなみになんだけど、鳳龍師って……女性だよね?」

「私が男性だと思っていたの?」

「いや、もし男性だったら私の着替えとか全部見られていたことになるなって思ったから」

「そのあたりは心配しないで。雇い主によって私は変わることができるんだ」

「えっ! なにそれ!」

「びっくりした? 初めて由美子に実体を見せたときにいなかったのは、私と一体化しているから。もし、由美子が男性だったら男性の格好をした鳳龍師が出ていたから」

「……男性の鳳龍師ってどんな姿をしているの?」

「イメージとしては神社の神主みたいなものかな。あんな服装をしている」

「雇い主によって変わることができる……。つまり、男性の鳳龍師もいたってこと?」

「直近だと江戸時代かな。その時は男性の鳳龍師が世の中で頑張っていたよ。ただ、男性の鳳龍師が出るのはあんまりないな。基本的には私が出るよ」

「……鳳龍師っていつごろからいるの?」

「うーん、話せば長くなるけど由美子、学校は大丈夫?」

 そう言われたため、自室の時計を見た。

「……8時15分! やばい! 遅刻する!」

 中途半端に着替えていた制服をしっかりと着替えると、自宅の鍵を閉め、急いで学校に向かった。


 ※


「由美っち、どうしたの今日? 危うく遅刻するところだったじゃん」

 1時間目の授業が終わると、優子がやってきた。

「野口さんがぎりぎりなんて珍しいよ」

「由美子ちゃん、もしかして寝坊?」

 黒崎とななみも私のところにやってくるなり、そう言ってきた。

「寝坊じゃないけど、ちょっと、のんびりしちゃったかな」

 言えない。鳳龍師と会話していたら遅刻しそうになったなんて口が裂けても言えない。そんな、私のウソを聞いたのか鳳龍師がくすくすと笑っている。まったく。人の気も知らないで。

「のんびりって……さては野口さん、赤い巫女の関連ニュースを漁っていたな」

 黒崎がそう言うと、私は適当にうなずいた。

「正義の味方現る! 昨日の戦いとかは凄かったよね」

 優子が興奮しながらしゃべっている。昨日はホント、大変だったんだよ。まぁ、話すことは出来ないけど。

「優子、なんだか興奮しているね」

「この間からずっとこんな感じだよ。まぁ、私たちの目の前で妖獣を一撃させたからね。興奮するなってほうが無理があると思う」

「月曜日の時は目撃者があんまりいなかったけど、昨日の場合は全国ニュースになっていたからね。由美っちが来る前はすごかったよ、みんな赤い巫女の話しかしてなかったから」

「それは……。オーバーじゃないの?」

「ほかのクラスは分からないけど、クラスメイトで赤い巫女の正体について議論していたから。これがクラスのアンケート結果」

 斎藤からメモ紙を受け取ると、鳳龍師の正体についてアンケートした結果が記されていた。

「何々、性別は女性が30票、男性が5票。職業に関しては1位自衛官12票、2位警察官10票、3位海上保安官9票、4位元傭兵3票、5位……女子中学生!?」

 心臓が止まるかと思った。はぁ? おかしいだろ。なんで、そんな発想が出るんだよ。嘘でしょって声が私の脳内に響いたってことは、鳳龍師もこのアンケート結果を見てビビっているはず。

「ほら、由美子ちゃんもびっくりしている。女子中学生とか智樹、真面目に考えろよ」

「黒くん、さすがにその発想はないわ」

「智樹、現実を見ろ」

 どうやら、この女子中学生って回答したのは黒崎みたい。

「ふっ、俺の直感は当たるんだぜ。絶対、女子中学生だよ。正体は」

 どこから来るんだよその自信。だめだ。黒崎の前では下手な行動は出来ない。

「ちなみに由美子ちゃんはどれだと思う?」

 ななみが聞いてきたため、私は即答した。

「自衛官かな。女性がトリプルスコア以上の大差だね」

 女子中学生が正体ではないかという根拠は打ち消さないと。1ミクロンでも痕跡を残してはいけない。

「なんか、ニュースを見る限りはそうだよね」

「でも、女性で倒せるのかって言われたら怪しいところはあるんだけどね」

「……それにしても気に食わねぇ」

 斎藤がボソッとつぶやいた。

「うん? 何が?」

「赤い巫女だよ。妖獣が出現するようになって2年以上が経過するのに、なんで今頃になって出てきたんだよ」

「うーん、それは気になるよね。今まで何やっていたんだろう」

「もっと早くに出ていたら犠牲になった人も少なかったと思う。遅いんだよ。来るのが」

 斎藤の意見に私は何にも言えなかった。正論すぎて耳が痛い。もっと早く来てくれれば亡くなる人が少なくなっていたかもしれない。それは……そうだけど……。

「……そう思う人もいるよね」

 話を聞いていた鳳龍師がぽつりとつぶやいた。多分、悲しい表情をしているのかな。なんていえばいいのかな私。多分、これを言ったら私が鳳龍師だってことがバレそうな気がする。黒崎の直感が正しかったってことになるんだよな。どうしよう。

 なんて発言すればいいのか迷っていると、ななみが口を開いた。

「確かにそうだけど……でも、もし赤い巫女がいなかったら、私は一昨日で人生が終わっていたと思う。赤い巫女さんが今まで出てこなかった理由は分からないけど、これから救われる命はたくさんあるんじゃないかな」

 救われる命があるか。

「確かにそうだけど……」

 斎藤はそれでもって言いたい感じがする。ロジックとしては過去の犠牲者はどうなるんだってことを言いたいんだよな。きっと。そう思っていると、鳳龍師が語りかけてきた。

「……由美子、教室にあんたたちしかいないけどなんで?」

 その声に反応した私は周囲を見渡した。教室には私とななみ、優子、斎藤、黒崎の5人しかいない。

「あれ……次の授業って何だっけ?」

「えっと……音楽だね」

 ななみがそう言うと壁に掛けられている時計を見た。授業開始5分前!

「やば! 急がないと!」

 音楽の準備をすると、私たちは急いで音楽室へと向かった。


 ※


「埼玉県警特別攻撃部隊、隊長の伊吹です」

「現場の警備を担当している北大宮警察署の高橋です。状況の引継ぎを開始します」

 高橋警部補から状況の引継ぎを手短に行ってもらった。なるほど、樹木に扮した敵か。これまた厄介な相手だな。

「承知した。樹木に扮した妖獣は第一公園内部に潜伏している可能性が高い。高橋警部補は第一公園内部への立ち入り制限の依頼と周辺住民への説明をお願いします。西田、伴は84の準備。三井、桂木は携帯放射器の準備。4人はそれが完了したら必要装備の最終点検。俺と池田は園内の巡回。西田、伴、三井、桂木は準備が完了次第、園内の巡回に合流。異変が発生したら即座に連絡。以上」

 指示を飛ばすとそれぞれ持ち場に散った。

「塚本、高鼻神社の責任者に妖獣の件を伝えてもらえるか。参拝客を絞りたい」

「了解。話してきます」

 塚本が現場を離れると、俺と池田で園内を巡回。園内で遊んでいた人々に声掛けを行い、妖獣出現の可能性があると伝えると、次々と園内から離れた。

「伊吹隊長、高鼻神社に妖獣の件を伝えました。参拝客は極力減らし、公園へ通じる道は閉鎖。戦闘が開始されたらすぐさま表門を閉鎖するとのことです」

「ご苦労。それにしても、今日が平日で助かった。これが、土日とかだったら相当混乱していたはず」

 そう呟くと塚本も同意した。

「今週土曜日は高鼻サッカー場で試合があります。しかも、さいたまダービー。そんなときに妖獣出現の可能性があるなんて言われたら、パニックを起こしますよ」

「塚本詳しいな。サッカーに興味があるのか?」

「私の娘が熱心に応援しているんですよ。同じ市内同士のチームに負けるのは普通に負けるよりも許されないことだと先週から息巻いていたんですよ」

 園内を探索しながら、塚本が一つ一つの樹木に手を当てた。

「樹木に扮した妖獣か。厄介な相手だ。名前って正式に決まっていましたっけ?」

「つい先ほど決まった。樹木子じゅぼっこだ。通りかかった人を捕まえ、枝々えだえだくだのように操って人の血を吸うと言われている。まさしく、今回にぴったりな相手だ」

「厄介な相手になりそうですね。赤い巫女は来るんですかね」

 池田がそうつぶやいた。

「それは分からん。NSSが出してきた通達には、赤い巫女が現れたら様子見と記載されていた。赤い巫女が来なかったら俺たちが戦う。それだけだ」

「隊長の言うとおりだ。お役所の連中は赤い巫女が何者か必死で調査している。俺たちは目の前のことに集中する。良い感じで棲み分けが出来ているってことだ」

 しばらく3人で園内を巡回していると、伴、西田、三井、桂木も合流した。

「報告。装備の準備並びに最終点検、完了しました」

「ご苦労。ここからは、4人、3人に分かれ交互で巡回だ。俺、池田、桂木、伴を一班。塚本、西田、三井を二班とする。塚本たちは先に飯に行ってこい。1時間後、交代だ」

「了解。近くに蕎麦屋があっただろ。そこに行くか」

 時計の針はもう少しで11時に到達する。長い一日になりそうだな。


 ※


「じゃあ、委員会と係を決めるぞ。最初に決めるのはこれだ」

 黒板には各役職の札が貼られており、立花先生は中央委員のところに星マークを付けた。

「ここを決めないと意味がない。以降の進行は中央委員がやるから。はい。やりたい人いるか?」

 立花先生がそう言ったが、誰も手を挙げる人は居ない。しばらく沈黙が流れる。ほんとは別の委員が良いなって思ったが、仕方がない。中央委員やるか。去年も似たような役職やっていたことだし。

「私やりますよ」

 私が手を挙げると、立花先生が反応した。

「おっ。野口やるのか。じゃあ、女子は決まりだな。男子は誰かいないか?」

 立花先生がそう言うと、斎藤が手を挙げた。マジか……。さっきのやり取りで鳳龍師に対してあんまりいい印象を抱いてなかったことが分かったこともあり、一緒に委員会をやりたくなかったのが本音だ。

「じゃあ、中央委員が決まったな」

 そう言うと、立花先生は私と斎藤の名前を書いた。

「それじゃあ、二人に任せる」

 立花先生は自席に座ると、私と斎藤が教壇に立った。仕方がない。ここは我慢しよう。

「野口、よろしくな」

「よろしくね。私が板書するから、斎藤が音頭をとって」

 斎藤が軽くオッケーと返事すると、止まっていた授業が動き出した。

 風紀委員、放送委員、図書委員などいろいろな委員や係が決まっていく。ななみは図書委員を希望したが重複してしまった。もし重複したら、一巡した後にじゃんけんすると斎藤が打ち出したため、負けた人は残ったものになってしまう。ななみってじゃんけん強いかな?

「とりあえず、一巡したかな。じゃあ、最初は図書委員だ」

 図書委員は重複したため、被った人でじゃんけんしたところ、ななみが負けてしまった。

「うー、図書委員やりたかった!」

 ななみが悔しがっている。被っているところは他にもあったため、各地でじゃんけん合戦が始まり、阿鼻叫喚の嵐が巻き起こった。風紀委員が男子5人。被りすぎだろ。ここ。

「じゃあ、2巡目始めるぞ」

 図書委員の座を掴むことができなかったななみは美化委員を務めることとなった。黒崎と一緒だ。20分で役職決めが終わった。まだ時間が残っている。どうしよう。

「立花先生、終わりましたけど」

「斎藤、野口戻っていいぞ。いや、俺の目測だと、中央委員を決めるのに20分くらいかかるもんだと思っていたが、まさかすんなり決まるとは思わなかったよ」

 頭を掻きながら、立花先生が教壇に戻ると時計を見た。

「うーん、やることはないな。どうしよう」

 しばらく考えると、立花先生が口を開いた。

「じゃあ、質問タイムにするか。先生に質問がある人いるか? どんなことでもいい。プライベートでも何でもいい。答えられる範囲で答えるぞ」

 まさかの質問タイム。まさしく苦肉の策というべき案だ。

「先生、彼女っているんですか?」

 優子が聞くと、立花先生は即答した。

「いない!」

 即答だった。

「立花先生って部活で顧問を受け持っていますか?」

「剣道部の顧問をやっているぞ。中学のころから剣道を始めたから今年で12年かな。いろいろな経験をしたものだ」

「なんで、教員になろうとしたんですか?」

「俺の教え子がいろいろなところで活躍しているのを見たとき、周りの人にどや顔したいから」

「すげぇ理由だな」

「教えるのが好きだとか。恩師にあこがれてとか。そんなテンプレで教員になる人がたくさんいるけど、そんな理想で続けられるほど教員は楽じゃない。だったら、クラスの担任を受け持ち、その中の1人、ないし2人が世間で認められる人になっていれば俺は周りに自慢できる。そう思ったほうが長い教員人生を生きていけるなって思ったんだ」

「学校の授業って人生で役に立ちますか?」

 黒崎がそう言うと、立花先生は少し考えて答えた。

「授業は役に立つと言いたいところだが、現実問題、役に立たない時もあるかもしれない。ネットで学校はなんであれを教えないんだっていう人がいるかもしれないが、俺に言わせればそれは発展形であり、自分で見つけるものだ。中学校の科目はすべてのスタートライン。役に立つかどうかはみんなの努力次第ってところかな」

 全てのスタートラインか。なかなか良いこというな。

「こんなところかな。ほかに何かあるか?」

「先生ってどんなあだ名で呼ばれていました?」

「学生の頃は天パーとか、死んだ魚の目、たっちーとか言われたな。だからと言って、お前らが言っていいという訳じゃないぞ。良いか。これはフリじゃないからな」

 いや、それはフリでしょ。そう思っていると、チャイムが鳴り響いた。

「終わりか。じゃあ、号令」

 日直担当が号令をかけると、立花先生は教室を出た。


 ※


「由美子、動き出したよ」

 部活動は基本、2時間行われるけど仮入部として活動に参加できるのは1時間だけ。まさしく、仮入部が終わったと同時のタイミングで鳳龍師が声をかけてきた。

 今日も出てきたのか……。これで3日連続。場所はどこ?

「さいたま市にある高鼻第一公園」

 鳳龍師がそう言うと、すぐに場所を把握した。あの辺りは何度も行ったことがあるから大丈夫。

 分かった。行こう。インターバルはどれくらいある?

「30分かな」

 家に帰って荷物を置く時間はなさそうだな。財布も持ってきている。直で行くしかない。私は学校を出ると、家ではなく駅に直行。学校から駅までの距離はおおよそ5分。そう思っていると、歩いていたクラスメイトに声をかけられた。

「あれ? 野口さん?」

 声をかけてきたのは同じクラスメイトの東春香あずまはるかだった。背丈は私と同じくらい。両側にお下げを下げていてメガネをかけている。確か千葉から引っ越ししてきたんだっけ? あんまり話したことないから分からないんだよな。

「春香の通学路ってこっちなんだ」

「すぐそこが家だからね。どうしたの? こっちに来て」

「ちょっと用事があって駅に行くんだ」

「ジャージを着た状態で?」

「そう。そのまま行くよ」

 春香は納得すると、住んでいるマンションの入り口で立ち止まった。

「ここが私の家だから。また明日ね」

「じゃあね」

 春香って、結構いいところに住んでいるな。

 春香を見送ると、私は急いで駅に向かった。

 駅に到着するとちょうど電車が止まっている。間に合うかな? スクールバックからSuicaを取り出し、改札をくぐったが、目の前で電車が発車してしまった。次は10分後だ。仕方がない。着替えるか。

 女子トイレの個室に入ると、鍵を閉め、急いで制服に着替えた。

 ねぇ、鳳龍師、ここで変身して現地に向かったらどうなる?

「鍵が閉まっているけど中に誰もいないという怪奇現象を引き起こすことになるよ」

 それは……面倒なことになる。

 制服に着替えて、女子トイレの個室を出ると、駅のプラットホームで電車を待った。タイミングよく、電車が到着したため乗り込むと、座席に座った。昨日と今日でお金を使ったな。うーん、お金がどんどんなくなってくる。そう思っていると、鳳龍師が話しかけてきた。

「……今度、妖獣が出てきたら空間転移やってみるわ」

 空間転移?

「どこか人目が付かない場所で変身して、妖獣が出現した場所に移動する。一回やってみるよ。電車で移動できない距離に出てくるかもしれないから」

 その時はよろしくね。

「ただし、前も話したけど由美子の身体に負担があるかもしれないから。その時は覚悟してね」

 負担……どんな負担?

「そうだね。具体的には身体がだるくなったりとか、急速に眠くなったりとか。そんなところかな」

 そのレベルだったら大丈夫かなって思う反面。多用したらどうなるかは分からない。一回やってみないと分からないな。電車は柏座駅を通過した。あと10分弱で到着だ。私が行くまで何にも起きなければいいけど。


 ※


 伴と桂木が巡回していると、土の中を何かが移動しているのに気が付いた。

「桂木さん、なんでしょうか。あれは」

 伴がそう言うと、土の中から樹木の根っこが飛び出し、伴と桂木に向かってきた。

「こちら桂木、妖獣の一部と遭遇。場所は時計塔付近。繰り返す、妖獣の一部と遭遇」

「了解、直ちに現場に向かう。伴と桂木は応戦だ」

 伴と桂木は所持していた89式5.56mm小銃を動き回る1本の根っこに向けて乱射した。

「桂木さん、本体を見つけないとダメですよ」

「どれが本体だ」

 相手は木の根っこだけで攻撃してくるため特定することができない。何とか撃破すると、根っこの数が3本に増えた。

「総員攻撃開始」

 別のところで巡回していた伊吹隊長が合流すると、荒れ狂う根っこに向かって攻撃を開始。荒れ狂っていた根っこがSAFから離れようとしていたため、三井隊員は所持していた携帯放射器を根っこに向かって発射。根っこの動きが止まると、一本の樹木が顔をくるっと向きかえり、雄叫びを上げた。

「あいつが本体か」

 鳥たちが一斉に飛び立つと現場の空気が一変。閑静な公園が一気に禍々しい空気に包まれた。

「もやもやしている暇はない。攻撃だ」

 伊吹隊長の檄が飛ぶと、本体の樹木に向かって攻撃を開始。弾丸の雨を降らせたが、妖獣と化した樹木はびくともしない。そして、枝を伸ばしてくると、伴と池田の首に枝が巻き付いた。

「伴! 池田!」

 顔色が徐々に変わっていく二人。このままじゃまずい、誰もがそう思った時、二人の首に巻き付いていた枝が切り落とされた。


 ※


「由美子、始まったみたい」

「……まじかよ」

 どうやら、銃撃戦が始まったみたい。敵の動きが早すぎる。私は急いで公園の中に向かったが、いつもならば通り抜けできる神社の表門が閉鎖していた。

「閉まっている」

 仕方がない別ルートだ。道路側の歩道を走って、公園内部に向かったが、黄色いテープが貼られており、内側には警察官数名が立っていた。

「入れないね」

 もしかして、警察……妖獣の存在を疑っていたのかな。動きが早急すぎる。

「可能性はある。由美子、どこか隠れる場所はない?」

 隠れる場所……。1ゲートの近くにトイレがあったはず。そこに行こう。

 私は高鼻サッカー場の方面に走り、直進と左に曲がる分岐点に到達したため、左に曲がろうとした。しかし、そこも規制線が張られ、内側には警察官がいた。

「すいません、そこのトイレって使えないですよね?」

「うん、ああ、あそこのトイレか。ごめんね、今、妖獣が出たからこれより先は進めることができないんだ」

 警察官にそう言われたため、おとなしく引き下がると、周囲を見渡した。考えろ。考えるんだ。まだ手はある。隠れる場所は……あそこか。1ゲートの対角線にある3ゲートに向かうことにした私は走って、3ゲートに向かった。

「……由美子、この辺りの事詳しいの?」

 高鼻サッカー場は何回も来たことがあるんだよ。私の庭みたいなものさ。

 東駐車場の手前で曲がった私は、そのまま直進。3ゲート付近にあるトイレに到着したが、入り口の前に立った瞬間、絶望してしまった。

「……使用禁止になっていますよ」

 故障のため、使用できませんという張り紙が張られている。一応、トイレの入り口を開けようとしたが、カギがかかっている。

 ここならば大丈夫だと思ったんだけどな……。

 そう思うと、私は周囲を確認した。野球場とサッカー場の間の通路には警察官が立っている。ほんと、徹底しているな。

 あの警察官が見えないあたりで変身しちゃダメ?

「うーん、あんまりおすすめはしないな。由美子が持っている荷物はどうするの?」

 そうだよな。どうしよう。

 サッカー場の壁を押さえて考えると、取っ手があることに気が付いた。そうか……この中ならば大丈夫だ。

 案の定、内側からカギは閉まっている。この位置ならば、警察官は私のことを見ることができない。あたりは誰もいない。

 鳳龍師、ここ開けることできる?

「えっ?ここ?」

 人目につかない場所はここしかない。お願い!

「……仕方がないな」

 鳳龍師はそう言うと、内側からカギが開く音がした。本当はだめかもしれないが、今は非常時。悠長なことは言っていられない。

 相互で確認し誰もいないことを確認すると、私は取っ手を開けて中に入り、内側から鍵を閉めた。中には柵やらロープ、コーンが置かれていた。多分、備品倉庫みたいなところかな。

「由美子、急がないとやばいかもしれない」

「……分かった」

 制服の中に入れていた指輪をはめると、握りこぶしを作り、指輪を真正面に向けた。そして腕をくるっと一回転し、両腕を十字でクロスさせると指輪を天井に向けて叫んだ。

「鳳龍師!」


 ※


 突然、伴と池田の首を絞めていた枝が切り落とされると、伴と池田は呼吸を整えた。

「伴! 池田! 大丈夫か」

「ええ、何とか」

「でも、なんで枝が切れたんだ?」

 周囲を見渡すと、さっきまで人がいなかった場所に赤い巫女が突然姿を現し、枝を日本刀で切り裂いた。

「……赤い巫女!」

 赤い巫女が出た場合はとりあえず様子見というのが県警本部からの通達だったため、私たちは様子を見ることとした。

 赤い巫女と樹木子の戦闘が始まり、巫女が樹木子に接近しようとしたが、地面から出てきた根っこに邪魔され近づくことができない。そればかりか、根っこや枝が赤い巫女に接近。日本刀を使って必死によけていた。

 なんだろう。おかしい。昨日、一昨日とは動きが違う。もしかして疲れているのか? そう思っていると、塚本が発言した。

「伊吹隊長、赤い巫女の動きがちょっとおかしくないですか?」

「可能性はあるかもしれない。3日連続の戦いだ。疲れが残っているはず」

 その時だった。巫女の足が滑ってしまい、態勢が一瞬崩れた。その隙を逃さないとばかりに、樹木子の根っこと枝が接近。腕には枝、足には根っこが絡みついた。

 どうすればいい。そう思っていると、伴が話題を切り出した。

「隊長、我々も戦いましょう!」

「そうです。見ているだけじゃ始まりません!」

 伴と三井がそう言うと、池田も続いた。

「赤い巫女がいなかったら、俺と伴はやられていました。それだけじゃありません。若宮の時は逃げ遅れた女子中学生。東京ではOLを助けています。赤い巫女は我々の味方だと考えるべきではないでしょうか」

「隊長、攻撃の許可を」

 ここで一緒に戦ったら国家安全保障局が出してきた通達に違反することとなるが、その時はその時だ。我々は特別攻撃部隊。妖獣を倒すために設立された特殊部隊だ!

「我々は特別攻撃部隊。妖獣を倒すためならば独自の行動をとることを許可されている特殊部隊だ。赤い巫女を援護する。総員、攻撃開始!」

「了解!」

 伴と池田は樹木子に向けて銃弾を浴びせつけた。

「巫女さん! 頭を下げて!」

 桂木がそう叫び、赤い巫女が頭を下げると、84を発射。樹木子の顔に直撃すると、叫び声をあげた。

「怯みだしたぞ。撃ちまくれ!」

 塚本と三井は携帯放射器で赤い巫女の腕と足に絡みついている枝と根っこを燃やし、伴と池田、伊吹は89式5.56mm小銃を連射。桂木は樹木子の顔を目掛けて野砲を撃つ。

 樹木子が疲弊してきている。

「巫女さん! あとは任せた!」

 両手両足が自由になった赤い巫女は中腰になると、樹木子を日本刀で斬りつけた。

「ぎゃあああああ」

 人の断末魔みたいな叫び声をあげると樹木子は光の粒子になって消滅。抜刀した日本刀を鞘に戻すと、くるっと赤い巫女が振り向いた。

「ありがとうございます」

 何ともすがすがしい挨拶だ。

「……赤い巫女に……敬礼!」

 それを見届けた赤い巫女は笑みを浮かぶと、光の粒子となって姿を消した。

「さてと、通達を無視して一緒に戦ったんだ。多分、お役人さんが目の色を変えて乗り込んでくるんだろうな。基地に帰ったら想定問答を作るって練習するか」

「ですね」

 塚本がそういうと、状況確認を実施した。


 ※


「ふぅ、何とかなったね」

 備品庫に戻り床に置いたカバンを持ち上げると、ドアの取っ手に手をかけた。

「鳳龍師、外に誰かいる?」

「今ならば大丈夫」

 鳳龍師がそう語りかけると、私はドアのかぎを開けて外に出た。よし! 誰もいない。周囲を確認し、静かに扉を閉めると、内側からカギが閉まる音がした。

「由美子、今日もありがとう」

「どういたしまして」

 サッカー場を眺めながら歩いていると、公園事務所の駐車場からSAFの専用車両が出てきた。撤収し帰るところか。私は車が出るのを待っていると、運転手が私の顔を見るなり手を横にスライドさせたため、駆け足で渡った。

「……あの人が隊長さんかな」

 鳳龍師がボソッとつぶやいたため、良い人そうだねと心の中で返事した。

 私はSAFの車両が走り去っていくのを眺めると、鳳龍師が話しかけてきた。

「由美子、帰るよ!」

 日が沈みかかっている神社の参道を歩きながら、私は自宅に向かった。


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