十 井砂利 忠吉

聞かねばならぬ。

そうは言っても、目に入った途端に聞く。なんて事は出来ないもので、物事には順序ってものがある。

私の場合、不良達から絡まれているのだ。そんな奴と誰が話したがる。

授業中ならまだしも、休み時間、誰かと話す事は急激に無くなった。全部奴らのせいだ。

その苦痛も、後少しで終わるんだ。

そして、佐釜さんに聞くだけ。

君は霊能力とかがあって、私の中にいる赤い目を持った感情思念体に興味があったから私に話しかけてきたのって言えば良いだけ。

変人扱いされるかもしれないが、奇異なものを見る目でみられるのは慣れている。

今までたくさんの人間から言われてきた事だが、私は天然らしい。

私としてはただただ裏も表もなく過ごしているだけなのだが、それに世間知らずも相まってどんなクラスでも変人扱いされる事が多かった。

それでも、毎日自分のやりたいように、生きたいように生きてこれたんだ。満足しているし、その事自体に後悔はしていない。

(見る目が無かっただけなんだ。次からは気を付けよう)

私はそう誓って、放課後が来るのを待った。

卒業式は目と鼻の先であるから、授業はたった三時間。それさえ、終われば彼女に変な質問をして、笑われるか、気味悪がられるかして終わり。

その後は図書室で本でも読んで、閉館時間になったら帰ろう。

私はそんな事くらいしか考えていなかった。

浅はかないかにも餓鬼らしい向こう見ずで無鉄砲な、阿呆の思考だった。





「井砂利くん、ちょっと良いかな」

先に声をかけてきたのは彼女の方だった。

「うん、良いけど」

私は荷物を持って、彼女についていく。

廊下を歩き、階段を上がり、そうして着いた場所は屋上へと続くドアの前の踊り場。

そこは数日前、彼女とお弁当を食べた場所だった。

「井砂利くんはそっち」

彼女はドアの左に立って、私に右側に立つように促した。

「あのね、井砂利くん」

面と向かう形となった私に、彼女はそう切り出した。

「井砂利くんと一緒に喋ったり、本読んだり出来て、楽しかったよ。本当にほんのちょっとの時間だったけど、すごく楽しかった」

いきなり何を言い出すんだ。

驚く私の事など気に留めず、彼女は話し続けた。

「本当はね、こんな事したくなかった。言い訳になっちゃうのは分かる。やっちゃいけない事だって分かってる。やりたくない。拒否したい。止めさせたい。でも出来ない。だから……!だから……」

涙を流しながら、佐釜さんは言った。

「ごめんなさい、今から井砂利くんを殺します」

佐釜さんの頬を滑り落ちた一筋の涙が、顎から滴り、涙で赤く染まった顔には葛藤が垣間見えた。

「えっと……」

私は状況を上手く理解出来なかった。しかも、なんて彼女に声をかければ良いかも分からない。

殺す?理由は?なんで佐釜さんが?誰かに頼まれた?誰かの恨みを買うような事は記憶に無いぞ?

今起きている事を理解しようと、頭を回転させるが上手く物事を整理する事が出来ない。理解するには疑問を多すぎる。

「分かんないんだけどさ……なんか……悪い事した?」

「違うの」

私の絞り出した当たり障りの無い言葉に佐釜さんは即答した。

「井砂利くん、ちょっと今からびっくりするかもしれないけど……目、離さないでね」

佐釜さんはそういうと一息ついた。

そして次の瞬間、バサッという音と共に、佐釜さんの背中から翼が現れた。

天使。

その姿を見て瞬時に理解した。心優しいクラスの人気者である彼女は名実ともに天使であったのだ。

その外見は純白さと清廉さを兼ね備えた神々しさすら感じるものだった。

「実はね、私……天使見習い的なものでね……」

彼女の姿に目を奪われていた私に、佐釜さんが遠慮がちに言う。

「……井砂利くん、実は貴方に近づいたのは貴方の中に居る情念が余りにもどす黒くて…おぞましい程だったから…暴走してしまう前にどうにか出来るかなって、そう思って、君に話しかけたり、絡んだりしたの」

奴が口にした疑念は的中していた。

分かっていたさ。クラスで一番人気があるとも言われる女の子が、なんで私のような奴と口を利かなきゃいけない。メリットも糞も無いじゃないか。

「そうだよね……そうじゃなきゃこんな奴に話しかけたり、一緒にお弁当食べたりしないよな……。実際、考えてみると可笑しいよな……俺みたいな日陰者に君みたいな天使がさ……」

こんな言葉、出来れば口に出したくない。でも、事実なんだ。これが現実なんだ。

「ごめんなさい。その、情念を、持っている人達は、情念に身体が蝕まれて、乗っ取られて、誰かに危害を加えてしまう前に、浄化……ううん、殺さなきゃいけないの」

「……そう」

力無く、私は答えた。

なんだが、急に気力を失ってしまった。

裏切られた。なんて言ったら語弊が過ぎる。ただ、一方的にこっちが勘違いをしていただけだ。そう割り切れるはずなのに、なんでだろうか。

胸の辺りが締め付けられる。

(痛い…痛いよ……)

「ごめんなさい。だから、納得できないと思うし…私も納得できてないし…それでも、殺さなきゃいけないから……誰かを傷つける前に…楽に…なって…」

楽に、か。

死んで楽になれるのだろうか。

死んで母親に会えるだろうか。

死んで救われるのだろうか。

分からない。何一つ、分からない。

それでも良い。

(もう、終わらせてくれ)

きついよ、生きるってだけで。こんなにも……

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