八 井砂利 忠吉
ふと目を覚ますと、老婆に首を絞められていた。
骨と皮だけしかないと思われる痩せこけた身体で私の上に覆い被さっていた。
だが、痛みは感じない。
(またか)
今、私は夢と現実の狭間のような場所に居るのだ。
こういう事はよくある。
本当によく、毎日のように。今日は老婆だったが、昨日は大きな蜂に頭をかじられていた。
痛みはない。
夢なのだ。だが、母親の声が聞こえる。何か独り言を言っている声が。
そちらに近づいているのだろうか。何かしらに殺されている時、私の魂があの世へと旅立とうとしているのかもしれない。
しかし、私にはまだ未練があるのか、死ぬ事への恐れがあるのかは分からないが、そちらへは行けていない。
なぜだろう。なぜ生きるのだろう。なぜ生まれるのだろう。なんのために………この世界はあるのだろう。
そんな事を考え始めた時、老婆は気が付くと居なくなっていた。
変わりに目の前には赤い目を持った黒い人影みたいなのが突っ立って、私を見下ろしていた。
(あぁ、新種か?)
自分を殺しにきたのだろう。どういう風に殺すんだ?ナイフか?撲殺か?それとも老婆のように絞め殺す?拳銃も良いかもね。
そんな私の思考を吹き飛ばすようにそいつは怒号を上げた。
“止めろ!!”
私は驚きを隠せなかった。
(なんで喋り掛けてくるんだ?)
“俺はお前の精神の一部とでも言っておこうか。すなわち、お前と同じ身体……というかお前の影に居るが、お前と同じ精神は持っていない。そして、意識も共有していない。いわばお前の中に居るお前とは違う意思を持つ生命体もどきだ”
赤い目をした黒い人影はそうまくし立てた。
私はこの夢と現実の狭間のような場所でなんでこんなよく分からん奴と話をせねばならんのだ。
“今、俺の事をよく分からん奴と思ったな”
(こいつ私と意識も意思も違う奴なんだよな。なんで私の思考が読める)
私の疑問に奴は答えた。
“簡単な事だ。俺はお前が感じ、産み出してきた負の情念によって身体が構成されている。お前が負の情念を産み出せば、たちまち俺の身体に吸収される。その分俺は力を持ち、お前の精神に入り込む事など造作もない。お前の考える事が分かるのはそのためだ”
なるほど、つまりこいつは私の中に居るよく分からん奴で、私の感情を吸収して力を得たという事だろうか。
「で?その……お前は何者なんだ?」
相手の名前も種としての名称も分からないんじゃ話にならない。私は本当に聞きたい事の前に、まず、相手の事を理解しようと試みた。
“だから、お前の中に居る…”
「そういう事じゃなくてさ、まず、種としてなんなの?個体名あるの?」
“名は無い。俺は生命ではないから種でもない。強いていうなら……分類的な観点からいうなら感情思念体とでも呼ぶべき存在だろうな”
感情思念体。感情や思念が身体を持った存在……うん、そのままだ。名実ともに意味としてはあってる。
「じゃあ、本題に入るけど、なんで私に話しかけてきた?」
私は本当に聞きたい事を聞いた。私史上、今世紀最大の謎だ。
今の今まで、私はこいつの存在に気づかなかった。
やろうと思えばこのまま潜伏し続ける事も出来たわけだ。それがどうした事か私に自身の存在を知らしめたのだ。その理由が並大抵のものであるはずがない。
“お前と最近話している女……人間でありながら、人間でない力を持っている”
「はぁ?佐釜さんが?」
“あの女、俺が見えているようだ。お前にも見えない俺の姿を、こうして見えるようにしているわけでもないのに、奴は俺に視線を向けた”
「…………偶然ではない…のね?」
私にとって、これは最悪の想定だった。出来ればこんな事、嘘であって欲しい。
もし本当であれば、彼女が、佐釜さんが私に近づいてきた理由が、私ではなく、私の影の中に居るこいつなら、私は良いように踏み台にされてるだけではないか。
“偶然であるなら、なぜあの女はお前と絡むようになった”
こいつも俺の懸念を分かっているようで、そこを突いてきた。
“あの女にとってお前はなんだ?お前はあの女に何を与えてる?”
「さぁな。少なくとも物品じゃない」
“じゃあ、霊感が強く俺を視認する事が出来て、俺がいるのに、お前がまだ生きてて自我を保ててる事に興味が湧いた……とかじゃないか?”
「そんなマッドサイエンティストみたいなタイプじゃないだろ。そんな奴に近づいたら自分だってノーリスクで済むとは限らないんだからな」
俺はこいつの指摘を強く否定した。
“………あの女を信じたい気持ちは分かる。だが、お前は人を見る目がない。盲信は破滅を呼ぶぞ”
「分かったよ!!」
私は大声で叫んだ。
「明日、学校で聞いてみるよ。直接。それで良いだろ」
私そう吐き捨てると、寝返りを打って横を向くと目を閉じた。だが、寝返りを打った瞬間ささやき声が聞こえた。
“殺せ!”
“その時にあの女を殺せ!”
誰だ?奴か?
私が驚いて目を開けた瞬間、目の端に煤のような塵のような何かが宙を舞っているのに気がついた。
(なんだ?ほこりか?)
私がそう思った時、影の中の感情思念体は言った。
“最近、俺に吸収されずに新たな感情思念体として、影に住み着く奴らが出始めた。そいつらはお前の身体を乗っ取りたくて仕方ないらしい。これは言わずもがなだが、何があっても得体の知れない声が聞こえてきた時は絶対にその指示にしたがってはならんぞ”
奴はそう忠告した。
「あぁ、そうかよ」
私はそう言ってすぐに話を切り上げてしまった。
疲れもあったのかは分からない。佐釜さんに対する疑念を生むきっかけとなった奴と、これ以上口を利きたくなかったのかもしれない。
この時に対策を協議できていれば、防御策を打てていれば、あんな事にはならなかったのかもしれない。
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