六 井砂利 忠吉

あの女子が戻ってきた。

私の目の前の椅子に腰かけつつ、手には『自殺』のタイトルを冠した分厚い本。

(確か…精神病院から脱走した患者が執筆していたものを、医者が見つけ出して出版したやつだったっけ)

突拍子もない本だ。

タイトルは目を引くインパクト抜群のもの。これは医者が売れるようにそうしたって説と元々、逃げたした患者がそう名付けていた説の二つがある。

後者は医者が詳言し、前者はネットで囁かれていた。

だが、作者である当の本人は現在も逃亡中で行方知れず。なので、結局真相は闇の中。

本の内容は世界を滅ぼせる力を無自覚に保有している幼い少女を守る人間達と殺そうとする人間達が戦う話。

まぁ、ありきたりなSFだけど、戦闘描写があまりにも少なくて、ラノベの仲間入りは出来なかったそうだ。

私はここまでしか知らない。

というのは、この本の出版は二年前。言わずもがな話題になったのも二年前。同時、ネットでは作者を特定しようと躍起になってる人達がいてある程度は絞り込めていた。だが、そこで警察がネタバラシしちまった。

危険性が高すぎるためって理由で、本名も顔写真も全世界に出回った。

でも、見つからなかった。

終いには全く痕跡が見つからないから死亡説が濃厚になってきて、次第に皆興味を失っていった。

私は当時は暇潰しに見てたっけ。もう遠い記憶だけど。

(これ以外読んだ事無いんだよなあ。まぁ、これ以外無いけど)

そう思った時、タイトルの下にある感じの羅列が目に入った。

『異背委課疎過』

異なり過ぎた。

疎まれ過ぎた。

背かれ過ぎた。

委され過ぎた。

課され過ぎた。

その事を現すこの作者のペンネームは、彼もしくは彼女が送ってきた人生の悲惨さが物語られている。

今はどこで何をしているのかは分からない。

それでも、この作者の物語は結構日陰者がたくさん出てきて、好きだった気がする。




「この本、知ってるの?」

私が見ていた事に気がついたのだろう。

女子が遠慮がちに聞いてくる。

「うん、良い作品だよ」

「どこら辺が?」

私はその疑問に答えようとして、詰まった。

日陰者がたくさん出てくるからなんて言える訳がない。そんな事を言えば、何を想像されるかは決まっているようなものだ。

間違っても、自分と同じような人間がたくさん出てくるから親近感が沸くみたいな解釈をされてしまっては困る。

「……世界観が独特でさ、登場人物に味があるのが良いんだよ」

「…ふ~ん」

どうにか絞り出した出任せは触れられる事無く受け入れられたようだ。

私はその事に人知れずほっとする。

「ねぇ、この本のさ登場人物達ってどうして自分の秘密を他人に言えるの?」

藪から棒に、変化球が飛んできた。

なんだってそんな事に疑問を持つ?物語なんだから場面を動かすために必要な場合もあるだろう。

だが、彼女が求めているのはそんな制作側の考えじゃない。

「う~ん…そうだな…」

彼女が欲しいのはたぶん、登場人物達の信頼関係だとか、友情だとか、信用だとかそんな事だろう。

こういう場合の最適解は「彼らは皆互いを信用してるからさ」なんだろうけど。

でも、そんなもの、いわば友情だの、絆だの、仲間だのは理由にはならない。

特にこの小説『自殺』では。

主人公側の登場人物は全員日陰者だ。

ひねくれているのはもちろんの事、他人を信用する、出来る人生は送って来なかった。

では、なぜ自分の秘密を他人にさらけ出せるのか。

同じ日陰者であるという親近感からか?

一蓮托生だから?

目的のためなら手段は選ばないから?

どれも違うと思う。

もっと、彼らの身になって考えろ。彼らは同じ日陰者であるとは言え、なぜ、仲間を信じたか?

なぜ秘密をさらけ出したのか?

なぜだ?なぜだ?なぜだ?なぜだ?なぜだ?なぜだ?なぜだ?

私は熟考の末にある結論を導きだした。

「彼らは自分というものをわきまえているんだ」

(さぁ、流れ出せ。後は成り行きだ)

私はそう口火を切った。

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