四 井砂利 忠吉

変な子だ。

いきなり来て、いきなり忠告紛いの事を言う。

人に同情でもしたのか、下らない節介をしやがって。

でも、周りからはやっぱりそう見えるのか。

なら、私が受けているのはいじりでは無くいじめなんだな。

私は始めて確信を得た。

いじめに近いとは思っていたが、私はいじめの定義を知らない。

自分の指標なんかでは正直役に立たない。

自分の価値基準では正しい判断は下せない。

だから、一般的な人間の考え方を、視点を、知らず知らずのうちに求めていたのかもしれない。

それでも、私は彼女の言葉には従わない。

私は私だ。

私の事は私が一番良く分かっている。

少なくとも、あの女より分かっているつもりだ。

自分のやり方でやる。

いじめなんて……今までいくらでも経験した事なのだから。




どんな事をされても無視を貫くのはさして辛い事ではない。

好きな連中じゃないんだ。連中の言葉にそっけなく、関わりを持たずに生きるのはそう難しい事じゃない。

叩かれても、悪口を言われても、引っ張られても、応じず、答えず、何一つ返さない。

一見、ただの敗北主義者か、為すがままにされている弱者に見えるその行為は、一週間程で効果を現した。

奴らは私に悪口を言う事は無くなった。

廊下ですれ違った時にそのまま囲んで下品な言葉を並べる事もなくなった。教室で叩かれる事も、自己否定をされる事もなくなった。

だが、終わりは来なかった。




三学期の期末テストが可もなく不可もない結果に終わった後、各教科の提出物を指定の場所にある段ボールに入れていた時だった。

段ボールに貼ってあった提出物の種類と提出のしかたが書いてある紙を、私は何の気なしにそれを見ながら提出物の確認をしていた。

そんな私に、故意にぶつかってくる者が居た。

私の背中のリュックサックにぶつかったそいつは私を振り返る事なく、その場を後にする。

そして、笑いの混じった「やめなよ」という声と、クスクスと笑い声を立てながら、そいつは肩を揺らした。

第二幕が開いた。

不快感が胸から沸き上がり、喉を登って口から出ようとする。

さっきぶつかった奴も、笑いを湛えた制止を口にしたやつも、その周りに居て、歩みを同じにしていた者も、私をいじめていた連中だった。

思わず、奴らの背中から目が離せなかった。

“殺せ。殺せば終わる”

その言葉が頭に浮かんだ。

そうだ。終わるんだ。苦痛も、不快感も、何もかも。

私の人生も終わる。もう二度と日の光の当たる場所は歩けないだろう。

破滅的でありながら、魅力的なその思考が頭の中で膨れていく。

“殺れば終わる。やるなら、完全犯罪が良い”

“殺害したのがお前だとバレなければ良いんだ”

思考は思考を呼ぶ。

頭の中で発展した甘美な提言が、徐々に補強されていく。

考えてみればやりようはあるんじゃないか?

ついには自分が自分にそう問いかけるようになっていた。

その一方でどこか冷やかな視線を感じても居た。

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