一 佐釜 優子
一 佐釜 優子
天使になりたいなんて、思った事はない。
ただ、ちゃんとした大人になりたかった。
幼い頃、周りの大人は口々に「良い子になりなさい」と言っていた。
大人は良い事をすれば褒め称えた。時には物も与えた。
でも、それは最初だけ。
良い事をしてもそれは自分に返ってくる訳じゃない。
それでも、私はちゃんとした人でありたかった。
ちゃんとした大人になりたかった。
寒い冬の日だった。
積もった雪を道の端に寄せても、降り積もる粉砂糖みたいな雪が、コンクリートの地面を覆い尽くすくらいの大雪の日。
降り積もる雪よりも真っ白な帽子が風に飛ばされて、私のところまで転がってきたのは宿命だったのだろうか。
今でも思う。
あの日、あの白い帽子を拾ってなかったら、こんな苦しみを味わう事は無かったんじゃないかって。
その帽子の主は、真っ白な服を着た見上げる程大きな背の人だった。
無意識に、その人に帽子を渡していた。
帽子を受け取ったその人は、私の頭に輪っかを載せた。
光り輝く、宙を浮くその輪っかは、私がどんなに頭を動かしても離れたり、落ちたりする事はなかった。
今ではもう慣れてしまったが、その時の私には、その事が不思議でたまらなかった。
『立派な人になるのだよ。幼き人』
そんな私を置いて、その人はどこかへ行ってしまった。
輪っかがついてからというもの、私は人間の情念が見えるようになった。
正の感情は光輝いて見え、負の感情はどす黒く渦巻いているように見えた。
これによって相手の気持ちを瞬時に理解できるようになった私は、周りの人間関係を常に良い状態に保ち、喧嘩やいさかいが起きないよう立ち回る事が出来ていた。
そして、この事を特に意識する事もなくなった頃、高三の春を迎えた。
おぞまじかった。
彼は天然で世間知らずなんだろう。人とのコミュニケーションも普通にとれていたし、クラスに溶け込めていた。
けれど、私は彼がおぞましくてたまらなかった。
彼の皮膚の下、どす黒いヘドロのように膨れ、渦巻き、蠢く情念が見えた。
それも、ただの情念じゃない。
その情念には眼があった。
赤く光る二つの眼が。
それは彼の体の中で自由に動き、這いずり、膨れた。
一見、彼は明るく、振る舞っているように見える。
だが、その裏で途轍もない程の負の感情が沸き立っていた。
何が彼にそんな感情を抱かせるのか、私はそれが分からなかった。
触れてはいけないような気もした。家庭内の問題かもしれない。
でも、もしかしたら学校での友達との会話の端々でストレスを感じているのかもしれない。
私はそう思ってから、彼を観察をする日々を過ごした。
いつ、どこで、彼の情念が沸き立つのか、どんな事を不快に感じるのか、どんな事に快感を感じるのか、把握しておきたかった。
負の感情が一定数貯まると、人は暴走する。
理性が完全に機能しなくなり、感情の赴くままに身を行動する。
その結果は火を見るより明らかだ。
止めなければならない。
私は少なくとも、知っていたのに、止められたのに、止めなかったという状態には陥りたくない。
力を持っているのなら、それを良い事に使うのが一番なのだから。
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