49.お家の名

 



 ふわりふわりと、漂う水。周囲を舞うそれらを尻目、ぼんやりと不思議な空を眺めていたリックに、その周囲を漂っていたウンディーネが「あら、悩み事?」と朗らかに微笑んだ。

 どうも水の主精霊たる彼女はリックを気に入ったらしく、こうしてリックがひとりになった時は必ずと言っていいほどその姿を現していた。


 本日も本日で楽しげに己の周りを舞うウンディーネに、リックは一度沈黙。してから、深々とため息を吐き、重い腰を上げるように立ち上がる。


「……悩みなんてあるはずがない。僕はリピト家当主だぞ」


「あら、当主様だって悩みくらいあるわよ」


「ない。あってはいけないんだ」


「どうして?」


「……僕がリピト家の人間だから」


 優しい風が吹く。髪を、服を、揺らすそれに下を向くリックに、ウンディーネはつい無言に。なったかと思えば、ふわりとその隣に降り立ち、そっと、まだ小さく幼いリックを覗き込む。


「嫌いなの?」


 問うた一言。


「嫌いさ。大っ嫌いだ」


 答えるリックは、そこで一度息を吐く。


 何を考えているのか分からない金色。僅かに揺れるそれにほんの小さな悲しみをかいま見た彼女は、その肩に乗る荷の重さを感じ取り、ひとりそっと視線を逸らした。


 ふわり ふわり。


 水が漂う。


「リックー!」


 ふと、声が聞こえて振り返れば、遠くでリレイヌが手を振っていた。「お迎え来たよー!」と叫ぶ彼女に思わず頬をゆるめ、すぐに彼は表情を正す。


「今の、聞かなかったことにしてくれ」


 ハッキリと告げた彼に、ウンディーネは頷くことも無くただ瞼を閉ざした。それを肯定ととったのだろう。リックは何事も無かったように踵を返すと、明るく笑うリレイヌの元へ。何かを一言二言話し、共に龍の墓場の外に向かい歩いていく。


「……リピト家、ねぇ」


 ウンディーネはひそりと呟いた。

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