第13話 意外な一面
「……」
葵がゲームをし始めて数時間。
空はスマホを弄りながら偶に様子を窺っていたが、先程から彼女の様子がおかしい。
視線だけで表情を確認すれば、形の良い眉を不機嫌そうに歪ませていた。
「この人……」
普段の
ゲームに感情移入するのは嬉しい事だが、葵がここまで怒りを露わにするとは思わなかった。
ちらりと画面を見ると、主人公が頼み事をされているシーンだ。
「あー、そこは割とむかつくよな」
「ですね。出来ないなら出来ないなりに努力すればいいのに、こんな卑怯な手を使うなんて……」
「色々事情があるかもしれないぞ?」
「そうかもしれませんが、にしたって酷過ぎます。お願いのやり方が間違ってますよ」
どうやら葵はこの展開に相当お冠のようで、蒼色の瞳に憤怒の色が灯っている。
これはこれでゲームを楽しんでいると言えるのだが、それにしても怒り過ぎな気がした。
「そういうキャラは嫌いか?」
「はい。出来ない事が悪だとは言いませんが、駄目だと思っているのなら現状を変える努力をすべきだと思います」
「ずいぶんきっぱり言うんだな」
「当たり前じゃないですか。私はこの約一年間、ずっと努力してきたんですから」
顔から怒りを引っ込め、葵が空を見つめた。
誇らしいような、自信に満ちた微笑は、努力の詳細が分からずとも彼女の成果なのだろう。
「せんぱいも、頑張ってきたんですよね?」
これまでの空の苦労を見透かすような真っ直ぐな瞳に、どくりと心臓が跳ねた。
空の事情を葵に話した事は無かったはずだが、葵との初対面時に話したのだろうか。
必死に昔を振り返るものの、やはり葵と出会った時の事は思い出せない。
「その……」
「す、すみません。何でもありません」
戸惑っているうちに、葵がしまったという風な顔をしてゲームに戻った。
つい昔話をしてしまったが、思い出して欲しくなくて会話を打ち切ったのだろう。
葵の願いを叶える為に反応せず画面へ視線へ戻し、ゲームが進んでいく。
少し経った所で、かなり有名で笑える場面に差し掛かった。
とはいえ葵が面白がるか分からず、彼女の反応をジッと窺う。
すると、隣から「ぶふっ!」と吹き出すような音が聞こえた。
「あ、あははは! これ狡いです! あはははっ!」
「……意外にウケたな。嫌いなんじゃなかったっけ?」
「ここまで、くると。一周回って、面白く思えました! あっははは!」
「もしかしてツボに入ったか?」
「で、ですね! はははっ! いいえって押してみよ――ぶはっ! 無限ループは卑怯ですって!」
余程面白いのか、葵は爆笑しながら画面に映っているキャラクターを土下座させ続けている。
空も初回は笑ってしまったが、ここまで笑う人は初めてではないだろうか。
ましてや爆笑しているのが葵のような美少女となれば、そうそう見れるものではない。
引きはしないが珍しい光景だと、膝を叩いて笑い続ける葵の姿を視界に収める。
「はーっ。ひーっ。お腹痛い……」
「もしかして、そっちが素か?」
「へっ!? い、いえ、こういう時もあるってだけです、あはは……」
散々笑ったからか、それとも空が指摘したからか、頬を朱に染めた葵が気まずそうに視線を逸した。
空に気を遣って素の自分を抑えているのなら気にしないで欲しかったが、どうやら違うらしい。
とはいえ、笑いのツボが低いのは間違いなさそうだが。
「まあ、笑ってくれて良かったよ」
「ええと、ありがとうございます……?」
空との会話である程度落ち着けたようで、葵がゲームを再開する。
その後は相変わらずころころ表情を変える葵の反応を楽しんでいると、約束の時間になった。
スマホの画面を消し、ソファから立ち上がる。
「朝比奈、帰る時間だぞ」
「えー。もうちょっとだけ……」
「朝比奈」
「……はーい」
不満たっぷりな返事をしつつも、葵がゲームを消した。
暫く同じ体勢だったからか体が固まっているようで、背中を逸らして思い切り伸びをする。
「んー!」
大胆な行動で大きめの母性の塊が強調されてしまい、僅かに視線を逸らした。
男の前で油断しきった姿を見せた自覚はないようで、葵はすぐに大きく口を開く。
「ふわぁ……。ゲームが終わると一気に眠くなりますねぇ……」
「だからってここで寝るなよ?」
「分かってますって。あふ……」
余程眠いのか、葵が何度も欠伸を零した。
爆笑している時は普通の女子高生だったのに、欠伸をする姿は妙に上品に見える。
次々に変わる葵の印象に困惑しているうちに、彼女がソファから立ち上がった。
「よし! それじゃあ帰りますね!」
「ああ」
忘れ物が無いか確認した葵が玄関に向かい、空も後を追う。
靴を履いた彼女が振り向き、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「あの。偶にでいいんで今日のようにゲームしてもいいですか?」
「別にいいけど、今日くらいの時間には帰るんだぞ」
「りょーかいです! それじゃあ、おやすみなさい!」
びしりと敬礼した葵が空の家を出る。
あっという間に彼女の姿が視界から消え、家の中が静寂に満たされた。
「……はしゃぎすぎだろ」
ゲームに一喜一憂してくれるのは嬉しかったし、そんな葵を眺めるのは楽しかった。
勿論、これから偶にゲームをするのも構わない。
だが先程までが充実していたせいで、空以外誰も居ないリビングが広く感じるのだった。
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