第9話 リベンジ

 カレーで腹を膨らませた後は、一緒に片付けをして解散した。

 残ったうちの半分は彼女に渡したので、翌日の晩飯になるだろう。

 そうしてカレーを作ってから二日後、最初に失敗した野菜炒めのリベンジを行っている。


「野菜炒めとはいっても、割と奥が深かったりするんだ」

「ですよね。どんな味付けをするかは人によりますから」

「そう。塩胡椒しおこしょうだけの人もいれば粉末の出汁を使う人もいるんだよ」

「ならせんぱいは何を使うんですか?」

「俺はこれだな」


 引き出しから一つの調味料を取り出し、葵に見せる。

 意外だったのか美しい蒼色の瞳が大きく見開かれた。


「鶏がらスープの素、ですか?」

「ああ。これと塩胡椒だけだな」

「ほぇー」


 気の抜けたような声を出した葵にくすりと微笑を落とし、フライパンへと視線を移す。


「分量は正直適当だ。多少濃くなっても大丈夫だから、取り敢えず入れてみろ」

「りょーかいです」


 威勢よく返事をしたはいいが、一度失敗したからか葵は慎重に味付けをしていく。

 ちらちらと空へ視線を向けるので、余程不安なのだろう。

 その度に心配ないと笑みを返し、彼女の作業を見守る。

 普段空が作っている時と同じ程度の調味料を入れた所で手を止めさせた。


「よし、後は炒めるだけだ」

「はい」


 絶対に失敗したくないのか、真剣そのものの表情で葵が野菜を炒めていく。

 もう失敗は無いだろうと判断して、取り皿や白米を準備する。

 空の作業が終わったタイミングで、葵の方も完成した。


「「いただきます」」


 二日前と同じように二人で手を合わせ、野菜炒めを口に運ぶ。

 絶妙な塩加減は、カレーの時と同じく普段空が食べているものだ。

 初めての時とは見違える程の完成度に大きく頷く。


「美味い」

「ホントですか! 良かったぁ……」


 余程嬉しかったようで、葵は安堵を滲ませた笑顔を見せた。

 この様子ならば、もう失敗した事を引きる事はないだろう。


「元々の腕は良かったし、もう十分一人前だな」

「いえ、まだまだです。という訳でよろしくお願いしますね」

「……はいよ」


 向上心があるのは結構だが、既に空が教える事は無い気がする。

 何せ、空は料理の専門家ではないのだ。あくまでこの約一年での成果を伝えているに過ぎない。

 とはいえ頼られている以上は応えなければならないだろう。

 肩を竦めて納得し、箸を動かす。

 葵の箸も止まっていないので、味はお気に召したらしい。


「そうだ。明日はバイトが入ってないから、早めに来るか?」


 お金は欲しいが、かといって毎日バイトを入れる程に空は切羽詰まってもいない。

 なので春休みであっても、バイトに出ない日がある。

 明日は今までと状況が違うので提案すると、彼女は顎に手を当てて考え始める。


「んー。せんぱいは明日予定ありますか?」

「いや、特にないぞ」

「でしたら昼過ぎに来ていいですか?」

「別にいいけど、そんなに早く来て何するんだ?」


 昼過ぎに来たいとの事だったので、昼食も一緒に作る訳ではないだろう。

 しかし、晩飯の準備をするには早過ぎる。

 不思議に思って質問すれば、蒼色の瞳が大きく見開かれた。


「ホントにいいんですか?」

「提案した側が驚くなよ」

「だって、せんぱいって私の事が苦手じゃないですか。なので却下されるだろうなって思いながら言ってみたんですけど、あっさり許可が出たので」

「そう言えばそうだったな」


 初日の時点で空が葵を苦手としている事に、彼女は気付いていた。

 その際に否定しなかったからか、今も苦手意識を抱いていると思っているらしい。

 面と向かって訂正するのが気恥ずかしくて、そっぽを向きながら口を開く。


「……ずっと苦手なままだったら、料理すら教え続けなかったっての」

「え? それって――」

「とにかく、だ。遊びに来ていいけど何をするんだ?」


 深く追及されると羞恥で頬が炙られそうだったので、強引に話を戻した。

 葵にじとりとした目で空を見つめられたが無視していると、諦めたのか彼女が茶目っ気たっぷりに笑む。


「あれ、やってみたいなって思いまして」


 そう言って葵が指差したのは、テレビの下にあるテーブルに入っている据え置きのゲーム機だ。

 女性がゲームに興味を持つのが意外とは思わないが、他人である空の家に来てまでやりたいのだろうか。


「やった事あるのか?」

「いえ、無いからこそやってみたいんです」

「ふぅん……」


 今時、ゲームをやった事のない人など殆ど居ない。

 だからこそ葵の発言に違和感を覚えたが、そういう人も居るのだろう。

 深く踏み込むような事はしないと、線引きを行う。


「俺はRPGばっかりでパーティーゲームは持ってないけど、それでもいいのか?」

「あーるぴーじー? ぱーてぃー?」

「そ、そこからか……」


 まさかの無知さにがっくりと肩を落とす。

 本当に興味本位で提案したのだろうが、まさか大前提の説明から始めるとは思わなかった。

 頬を引き攣らせ、なるべく分かりやすい説明になるように思考を巡らせる。


「RPGは一人用、パーティーは複数人用だな」

「という事は一人用のゲームが好きなんですね」

「……ま、まあ、そうだけど」


 葵は明るく純粋な笑みを浮かべているので、発言に悪意が無いのは分かる。

 しかし「一緒にゲームする友達が居ない」と指摘された気がして、ぐさりと見えない棘が胸に刺さった。

 とはいえ空自身が望んだ結果なので後悔はしていないし、完全な独りぼっちでもない。

 詳しく説明する必要はないと判断し、必死に表情を取り繕って説明を続ける。


「という訳で、やるなら朝比奈だけになる。それでもいいか?」

「私は全然構わないんですけど、せんぱいは何をするんですか?」

「俺はのんびり朝比奈がやってるのを見るよ」


 空はゲームを自分でやるのが好きだが、見るのもそれなりに好きだ。

 最近では実況動画を見る事もあり、投稿者の反応を楽しんでいる時もある。

 なので、葵がどんな反応をするのか楽しみでもあるのだ。

 気にするなと手を振って示せば、それでも気に病んだのか彼女は一瞬だけ眉をしかめつつも頷いた。


「分かりました」

「それと、間違いなく一日で終わらないけど、それでもいいか?」

「つまり、またせんぱいの家に来て遊んでいいんですね!?」


 葵が表情を一瞬で歓喜へと変え、空へと詰め寄る。

 テーブル越しなので大して距離は縮まっていないが、余程魅力的な提案だったのだろう。

 そんな反応をされるとは思わず、僅かに背筋を逸らした。


「まあ、いいけど」

「ありがとうございます!」


 今にも踊り出しそうな程にはしゃぐ葵を見つつ、女心は分からないと溜息をつくのだった。

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