お葬式会をしようよ!
第一分隊の三人は道路を西へ行き、交差点に差し掛かる。北が目的の方角だ。
北はショッピングモール方面だが、今や建物はなく、代わりに高層ビルほど巨大な転移門があった。道のりはモンスターで溢れている。
交差点の西から、多数のモンスター洪水のように押し寄せてくる。鹿島はミニガンの銃口をそちらに向けた。
「有明は北へ、衝撃波で力押し! 井出は有明のサポート!
鹿島は念仏を唱えつつミニガンのトリガーを引いた。銃口から発砲炎が閃く。念仏で付呪された無数の弾丸が放たれた。仄青く光る弾丸がモンスターを貫く。
モンスターは次々に湧いて押し寄せるも、鹿島のミニガンがかたっぱし片付けた。多数のモンスターはバンザイ突撃で自殺するかのごとく死んでいく。
突撃するモンスターらの勢いと、鹿島の銃撃は拮抗した。
北側のモンスター群に動きがある。ケルベロスやキマイラなどの素早い獣型モンスターを前に出して突っ込んできた。
有明は剣を横薙ぎにして衝撃波を放つ。夕日色の衝撃波はギロチンのように経路上のモンスターをぶった切り、北の転移門に飲み込まれて消えた。
「進め! すぐに追いつく――
「了解!」
有明は走るのに邪魔な剣を指輪に戻す。
彼女が前、井出は後ろ、二人はまっすぐ北へと駆けて行った。
二人は巨大な転移門に近づいていく。そのとき右手にあるマンション屋上から竜の鳴き声があった。羽ばたく音がして、空に黒い影が二体現れる。
一匹が有明に目掛けて急降下する。着陸を顧みない速さだ。
有明は羽音を頼りに右上を確認し、突撃してくるワイバーンに気が付いた。
「――うそでしょ」
「有明さん!」
井出は足を止め、左手を押し出して念力を放つ。有明は突き飛ばされたかのように前へ吹っ飛んだ。
一瞬前まで有明が居た所にワイバーンが突っ込む。墜落死も同然で、ワイバーンは首の骨が折れて即死した。
突き飛ばされた有明は、すぐに立ち上がって振り返る。
別のワイバーンと井出が衝突するのが見えた。交通事故に遭ったかのように井出の体が壊れる。
特攻したワイバーンは地面に叩きつけられて死に、灰と化して消えた。
残ったのはトラックに撥ねられた後のような井出の死体だけであった。
有明の目が、井出の死体を捉える。脳が現実を理解しない。
「……え」
有明は井出の死体を呆然と見つめた。
思考が止まる。
頭は真っ白で何も聞こえない。鹿島のミニガンの音が消えたことにすら気付かないほどだ。
井出の死をきっかけに、有明は過去生をより深く思い出す。
転生ループのきっかけになった魔王討伐隊での出来事だ。
井出君は、あの時のカールとそっくり。
お調子者だけどいい子だったカール。
あの時、キマイラの体当たりから私を庇って死んだカール。
今回は井出君が庇ってくれて、相手は
混乱した有明の脳が奇妙な答えを導く。
彼女は井出の遺体に駆け寄り、鼻をつまんで人工呼吸を始める。口づけして息を吹き込み、胸を押すのを繰り返した。
どう見ても井出の救命は不可能であった。首はあらぬ方向に曲がり、手足は壊れた人形のように曲がっていた。それなのに有明は人工呼吸を続ける。
有明は井出の肩を掴んで思いっきり揺さぶった。錯乱したようにも見える。
「井出君……!」
しばらくして、有明は井出の遺体から離れ、ゆっくり立ち上がる。
「なんで。これって……過去生と一緒だよ。過去パターンから抜け出せていないの? だから井出君が……カールみたいに……」
過去生にて先立った仲間カールの顔と、井出の顔が重なる。
過去生で失ったたくさんの仲間を思い出す。
誰も救えなかった。
そう思うと胸が締め付けられて、有明は涙を零した。
「これ、いつものパターンだよ! 私の意志なんて関係ないんだ!」
貴重な時間を無駄にして泣くうち、北に再びモンスターが集まってくる。
南にて、航空爆弾のような爆発が一発だけあった。モンスターへの攻撃ではなく自決のように思えた。
「……隊長!?」
腕で乱暴に目元をぬぐい、有明は南方面に目を向ける。
モンスターの黒い影が迫ってくるが、鹿島の姿はない。
すぐに追いつくと言っていた隊長が来なくて、モンスターが来た。なんで。
なんでとは思いつつも、何があったかは察していた。鹿島が何らかの理由でモンスターの阻止に失敗して自決したのだろう。
ひとりになった。
はっきり自覚したとき、有明は再び過去生を思い出す。
過去生の隊長はモンスターに胴体を真っ二つにされた。
あのとき、私は隊長に何かを言った。何って言ったんだろう。
とにかく何かを言ったせいで、隊長は狂戦士化の魔術を使った。たぶん、そう。
それからずっと転生を繰り返してる。
たくさんの終末を見たけれど世界を救えたことなんて無い。今回もだめかもしれない。
有明は大きくため息をつき、諦めたように両手をだらりと下げた。
お父さんとお姉ちゃんは助かったのかな。
わからない。助かってほしいと思うけれど、私にはもう何もできない。
「死にたい」
南と北からモンスターが押し寄せてくる。
有明は動けない。ここで死にたかった。
指輪「黎明」がちかっと光る。
――作戦を続行しろ! 魔王を討て! 過去を変えろ!
「隊長!? どこです、どこにいるんですか!」
有明はあたりを見回すが、迫りつつあるモンスターの姿しか見えなかった。
――指輪だ……生命の……輪廻の象徴を介して……言葉を……。
「……それって」
有明の脳内に響く声――指輪を経由した鹿島の声は途切れがちで弱々しい。既に死んだ鹿島の声は、いつ失われてもおかしくなかった。
――指輪と剣が揃う今ならば真の力を引き出せる……運命を変えろ……今回こそ、守り切れ……。
それきり声は聞こえなくなる。
だが、鹿島の言葉は有明を正気に戻すには十分だった。
「済みません、隊長……最後まで……」
南北からモンスターの群れが有明に迫る。
南北ともに、最前線のモンスターが駆け出した。正面衝突を前提とした二方向からの
有明は右手を上げ、薬指の「黎明」をちらと見る。
ヘリの中で感じたのと同じように、くすんだ金色の指輪は頼りなさげだった。
――力を引き出せ。
鹿島の言葉を想う。
私は「黎明」の使い方を知らないから頼りなく感じるのかもしれない。
「おっけー、れーめ」
だから。
「あなたの使い方を教えて」
有明の求めに応じ、指輪「黎明」は夜明けを象徴するように煌めいた。
光あれ。
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