ダンジョンサバイバー

 第一分隊の三名は校庭を出て、特別区道「江二五七号」に入る。

 片道一車線の道路には多数の自衛官が行きかっていた。弾薬を運ぶ者、傷ついた隊員を背負って運ぶ者などだ。

 ひとりの自衛官が鹿島らに気付いて東を指した。ヘリ降下を見ていたのだろう。

 

「対策本部は東へ! マンションの中心部、緑化地帯に転移門あり!」


 三人は手で一礼をしたのち、東へ走る。


 少し進むと、多数の人影が見える高層マンションがあった。「東京フロントコート」だ。ベランダのあちこちや、マンション周辺の道路には多数の隊員が居る。

 道路に居る隊員はほとんどが負傷していた。日本側での負傷か、ダンジョンでの負傷かは不明だ。


 第一分隊はマンション南側から敷地内に入る。そこは駐車場で、奥には緑化地帯――マンションに併設された公園があった。

  緑化地帯の中央には七色の渦、転移門が見える。


 駐車場や公園には重傷を負った隊員が多数いて、壁にもたれていたり、地面に転がったりしていた。止血が間に合わず、地面に血だまりを作り息絶える隊員もいた。 ダンジョン内で負傷して日本側に後退した隊員たちだろう。

 突入部隊は既に相当の死者を出したようだ。


 鹿島はぐるりと周囲を眺めるが、現場指揮官と思わしきものの姿は見えない。指揮官の戦死すらも疑われる状況で、鹿島は嘆くように首を横に振った。 


「このままでは持つまい。急ぐぞ。ついてこい」


 鹿島は駆け出しつつ、耳のインカムを指で叩いて回線を開いた。


「こちらアルファ、指揮所へ。『豊洲エンカウント』に突入する――」

 

 鹿島は緑化地帯にある転移門に飛び込んだ。井出と有明が続く。


      ◇◆◇◆◇


 第一分隊の四名はダンジョン「豊洲エンカウント」に姿を現した。


「豊洲エンカウント」は第一次魔獣大攻勢スタンピードがあった後の豊洲地区をベースとしたダンジョンで、建物配置は日本側と大差ない。

 状況は日本側よりも悪く、駐車場や公園には死者が転がっていた。


「戦闘に備えろ」


 鹿島は手早く詠唱し、自身に身体強化術式ストレングス・マルチプライヤーを掛ける。続いて物質格納術式ストレージ・スペル、右横に現れた「空間の切れ目」からミニガンを引き出した。

 井出は山刀マチェットを抜く。

 有明は大剣「黄昏」を呼び出し、両手で柄を握り、正眼に構えた。指輪「黎明」に一筋のスリットが入る。


 周囲を見回せば、どの建物の隙間にも廃車が突っ込まれており、通れそうにない。誰かが異能で車を押し込んで塞いだのだろう。


 南側、駐車場への出入り口付近には錆びた車を並べたバリケードがある。車を盾にする隊員の数は三十にも満たない。

 双方、様子見の状況。

 戦闘は収まっているが、一押しで部隊は全滅するだろう。


「どこに行けばサタケが居るか……あの隊員らは知っているだろうか」


 鹿島の声は独り言のようで、自信のなさが混じっているように聞こえた。


「おっけー、れーめ」


 有明は例の合言葉を言って目を瞑る。指輪「黎明」への問い合わせだ。


「……そうだな、それがあった。高砂の件も、あの隊員は怪しくないかと聞いてもらえばよかったのだろうな。あいつに申し訳ない……不覚だ」


「隊長は悪くありません。悪いのはモンスターですから」


「済まん。後悔や反省は後回しにする」


 修行が足らないとでも言いたげに、鹿島は苦笑した。


「『黎明』からの回答です。北のショッピングモールが消失、跡地に出現した連絡門あり。そこを通ればサタケに辿り着ける……とのことです」


「了解した。道路に出て西、すぐに北へ行けばいいだろう――」


 そのとき獣の雄叫びがあって、津波のような地響きが起きた。多数のモンスターが現れて、廃車でこしらえたバリケードに向かってくる。一つ目巨人のサイクロプス、毛むくじゃら巨人のグレンデル、石巨人ゴーレムなど、破城槌の代わりとなる頑丈なモンスターが並んでいた。

 自衛官らは反撃の発砲を行うが、数発撃っただけで撃鉄が空打ちする。弾切れだ。


 モンスターの群れは廃車のバリケードに突撃する。戦車で突っ込んだような轟音と共に車は吹き飛んだ。飛ばされる車に巻き込まれて殆どの隊員が即死する。

 マンション敷地内にモンスターが雪崩れ込む。残り五名にも満たない隊員らは、押し寄せるモンスターたちに踏み潰されて死亡した。

 ダンジョン突入部隊は全滅した。

 、鹿島はミニガンを構えてトリガーを引いた。


「交戦を許可、敵討ちだ! 宿――」

 

 ミニガンから発射された弾頭は、念仏によるリアルタイム付呪により「迷宮破甲弾」と化してモンスターの群れを襲う。

 多数の銃弾は侵入したほとんどのモンスターを貫き殺したが石巨人ゴーレムには徹らない。跳弾になる。


……術式変更!」


 鹿島はトリガーから指を離し、別魔術の詠唱を開始する。

 隙を狙い石巨人ゴーレムが突っ込んできた。


 井出はカラの左手をまっすぐ伸ばし、念力で石巨人ゴーレムを握る。

 念力によってお人形のように握られた石巨人ゴーレムは「気を付け」の格好となる。身じろぎするが、振りほどける様子はなかった。



 隊員の殺害にたか、いつもより声のトーンが低くなった井出は手を握る。手の動きに念力が連動する。

 みしり、ばきり、石巨人ゴーレムの体にはクラックが入り、ひび割れ、ついには破砕に至る。砕け散った石巨人は溶けるように消えた。

 マンション敷地内に侵入したモンスターは全滅した。


「高砂さんに隊員さんに……ああ、くそ。おかわりイイっすか? ボク、殺しまくりますんで」


「怒りは全部サタケに叩き込め。精神力の温存に努めろ」


 再び津波のような足音があって、おかわりのモンスターがマンション敷地内に大挙した。


「温存ムリじゃないッスかね」


「かも……しれんな」


 そのとき有明が歩み出て、夕日色に光る大剣を横薙ぎにする。剣の軌跡に沿ってオレンジの衝撃波が生じた。剣に付与されたスキル「ブレード・ウェイブ」。


 扇状の衝撃波は群れに直撃した。多数のモンスターの胴体を断ち切る。

 衝撃波は収まることなく進み、辺りのマンション外壁に大きな切り傷を入れる。


「この技は使えます。私、格闘戦しかできなかったので……ありがたいです」


「高砂は最高の支援サポートを残したらしいな。今の隙に行くぞ、作戦続行、サタケを討伐する!」


 鹿島は走り出す。ミニガンを抱えてはいるが、身体強化魔術のおかげで移動に支障はないようだ。「収納庫」たる空間の切れ目は傍にくっついて離れない。


 三人は駆け、マンションの敷地内から出た。

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