among us

 空が白み始めた。

 第一分隊を乗せて飛ぶヘリは港区上空に差し掛かかる。


 ヘリの前方では、蛇を思わせる東洋龍ドラゴン一匹と、「F-35」四機が航空格闘戦ドッグファイトの最中だった。


 四機の背後についた東洋龍ドラゴンが火球を吐く。一機が火球に接触して爆発した。緊急脱出ベイルアウトなし。

 三機は曲芸紛いの機動で宙返りして東洋龍ドラゴンの後ろに回り込み、短距離ミサイルを発射した。

 ミサイルは東洋龍ドラゴンに直撃する。爆風が龍の胴体を引きちぎった。龍は墜落して空中で灰と化す。




 東洋龍ドラゴンが撃墜されたのち、第一分隊を載せたヘリのパイロットがヘッドセットのマイクにしゃべり始める。無線が回復したらしく、航空機間の相互位置連絡を始めた。

 あの龍は電子戦闘機ジャマー・エアクラフトのような作用を果たしていたのだろう。


「こちらサタケ対策本部のヘリです……了解……当機は高度二千フィートを維持。豊洲放棄地区、旧深川第五中学校の校庭に着陸予定……」


 鹿島は思案気な顔で呟いた。


「あの龍は過去に例がない。少しでも怪しいものは警戒すべきだな……」


 パイロットのやり取りから無線回復に気付いた鹿島は、右耳のインカムを指でつつく。


「こちらアルファ。指揮所、感明送れ……こちらの感明は良好」


 しばらくして、全員のインカムから山際の声が聞こえた。


「こちら指揮所。全員健在ですか」


「こちらアルファ、全員健在。天翔ける階梯にて魔獣大攻勢スタンピード発生のため転移門の封鎖を行った。封鎖のために東京タワーを使用。現在は豊洲エンカウントへ移動中」


「東京タワー? 具体的には」


「異能で東京タワーを引き抜かせ、転移門に挿入した。モンスターの流出抑止を確認済み」


「了解です。それで構いません。さて『豊洲エンカウント』の件ですが、現地部隊が転移門周辺を確保していますが持久困難との連絡がありました。現着後は東進、マンション『東京フロントコート』の中央部、緑化地帯にある転移門から『豊洲エンカウント』へ進入。速やかにサタケを討伐してください」


「マンション緑化地帯より『豊洲エンカウント』へ進入、了解」


「何かあれば連絡をお願いします。通信終了おわり


 無線を聞いていた井出は、溜めていたものを出すように息を吐いた。


「ボク、予想よりとんでもないことに巻き込まれたみたいッスね……」


「諦めろ。やりきるしかない。せいぜい笑って空意地を張れ」


 鹿島は不敵に笑ったが、井出は青い顔で首を横に振る。


「……笑えないッスよ」


「無理に笑う必要はないが、井出、外を見ろ」


 言われた通り、井出は窓から地上を眺めた。

 豊洲の島と外部を繋ぐ南北の橋から多量の黒い影――モンスターが流入している。豊洲市場があった六丁目は蟻のように蠢くモンスターで一杯になっていた。


「これでは長くは持つまい。気を引き締めて行くぞ」


 井出は口を引きつらせるだけで、笑う余裕は全く無いようだ。




 ヘリは西から豊洲地区上空に進入し、かつては東京電力が所有していた円形ビル「ビッグドラム」の真上を飛び、旧深川第五中学校に向かう。


 半壊した十階建ての大病院、昭和大学豊洲病院の跡地が見えた。周辺にはモンスターが群がっている。塚にたかる蟻に見えた。

 病院の上階から多数の発砲炎が見えた。迷宮破甲弾と思わしき青い銃弾が多数。魔術による遠距離攻撃もある。取り残された部隊のようだ。弾丸と魔力が尽きれば全滅するだろう。


 ヘリは東へ、豊洲四丁目方面へ直進する。

 道路には蛆虫のようにモンスターが蠢いていた。モンスターの向かう先も豊洲四丁目――「豊洲エンカウント」の転移門がある地域のようだ。

 豊洲四丁目には多数の自衛官らがいて周辺を封鎖していた。大きな道路では高機動車を横倒しにして何台も横に並べ、バリケードとしている。

 自衛官らは車を盾にしながら、押し寄せるモンスターに銃弾を浴びせかけていた。全てが迷宮破甲弾。オークやコボルドはブタのような悲鳴を上げ、倒れ死ぬ。

 豊洲には優先的に特殊弾薬が回されたのだろう。


 ヘリは中学校の上空に到達する。校庭には野営テントや、白線で簡易に描かれた「H」のマークが見えた。

 周辺では自衛官とモンスターの交戦が続いている。防衛線は学校横の大通りだ。


 校庭に地上誘導員マーシャラーが現れる様子はない。ヘリは下降を始めた。鹿島がパイロットに伝える。


「全員が下りたらすぐ離陸、本部へ帰投。後で拾いに来てくれ」


「了解」


 ヘリが校庭に着陸する。客室キャビンのドアが開いた。

 ドアから顔を出し、鹿島は周辺を一瞥する。誰も来る様子はない。周囲の自衛官は大通りのでの戦闘に意識が向いているようだ。

 鹿島が素早く降りる。残りの三人も続いた。

 キャビンがカラになったヘリは急いで飛び上がり、北西の方角に消えた。


「誘導員なし。転移門へ向かう。ついてこい」


 鹿島を先頭に第一分隊が進もうとしたとき、血まみれの足を引きずる自衛官が近づいてきた。どこからともなく涌き出た……としか言えないのだが。


「お待ち……くださあああ、痛たあ、ああああ」


 彼の右太ももには大きな、銃創のような傷があった。血があふれ出ている。動脈への傷だろう。出血多量ですぐに倒れてもおかしくない重傷だが――不自然な傷だ。


「誘導員、です……助けて……」


 鹿島は「誘導員」を名乗る男の右足に疑わし気な目をやり、気に食わなさげに口を曲げた。


「所属は」


「痛いデす……痛い、いたい、イタイ……」


「ベルトで止血帯だ。それから救護所へ向かえ」


「そんな……」


 自衛官はそんな言葉を漏らし、ばたりと倒れる。死ぬ間際のような痙攣があった。


「隊長、助けるべきでは」


「放っておけ。手を出すなよ高砂」


 放っておけないのはサポーターの気質なのだろうか、高砂は倒れた自衛官の傍に駆け寄る。


「命令違反はわかっていますが……!」


「やめろ!」


「大丈夫です、すぐ終わらせます」


 高砂は腰をかがめ、負傷した自衛官を転がして仰向けにする。目は閉じていた。

 手をかざし、高砂が回復魔術の詠唱を始める。そのとき自衛官の目がばちっと開いた。


「高砂、下がれ! 命令だ!」


 鹿島の言葉は間に合わなかった。


 重傷の自衛官が唾を吐く。唾は空中で針となって高砂の眉間を貫いた。高砂は倒れて動かなくなる。


 自衛官の体はどろりと溶け、濁った体のスライムと化した。自在に姿を変えるモンスターは例がない。ドッペルゲンガーとでも呼ぶべき新種だ。


「ダマサレタ、ダマサレタ……ザマア、ザマア……」

 

 スライムの体は地面に吸い込まれて消える。

 鹿島は悔し気にぎりっと歯を軋ませた。


「……」


 鹿島は高砂の死体に近寄り、高砂の胸元にあったドッグタグ――名前や所属が彫ってある小さな金属板――をひとつ取った。後日の死体照合に使うもの。


「サタケ討伐を続行。落とし前をつけさせる」

 

 鹿島の表情は変わらないが、声は刃のように鋭かった。


 異常に気付いたか、自衛官が数名駆け寄ってくる。

 鹿島は擬態するスライム状モンスターへの注意喚起を行い、遺体をよろしく頼むと伝える。自衛官らは了解と返した。


 鹿島は耳のインカムを触って回線を開く。


「こちらアルファ、指揮所へ。高砂が死亡、繰り返す、高砂が死亡。スライム状のモンスターに注意されたし。人間に擬態のおそれあり。これにやられた」


「了解です。擬態するスライム、これの周知を実施。作戦続行は可能ですか」


「可能。すぐに『東京フロントコート』へ到着する。現地の状況は」


「通信が不通です。現地にて状況を確認してください。通信終了おわり


 通信が終わる。


「――行くぞ」


 鹿島は走り出す。部下の二人が後に続いた。

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