クライムプレイヤーズ

 レジ前のサタケはどうにでもなれと言わんばかりに肩をすくめる。


 大柄なトシキは、ポニテな私服警官の有明朝日に殴りかかった。

 有明はストレートを左腕で押し払い、お返しの右ジャブでトシキの顎先を殴る。衝撃は脳震盪を誘発した。トシキは崩れて倒れ、立ち上がれない。


「次はちっさいおじさん。暴れないで」


 迷惑配信者のふたりめ、小柄なタクが口をもごもごさせた。


「詠唱やめて」

 

魔術の矢マジックアロー!」


 タクの言葉に従い、有明の眼前に青白い魔術の矢が現れ、打ち出された。彼女はこともなげに頭を傾けて回避する。

 魔術の矢は入口のドアガラスに刺さって消えた。ガラスが割れる。


 有明は眉間にしわを寄せ、くるっと回し蹴りを見舞う。タクは後ろにすっ飛んで紙パック飲料棚にぶつかった。衝突の衝撃でパックが破れ、飲料が漏れ、タクは全身が飲料まみれになる。


「詠唱は銃を向けたのと同じだよ。二度目は無いから」


「うるせえ、『我は理の――』」


 サンドイッチや缶コーヒーを抱える林は、笑顔で詠唱阻止の魔術を放った。


詠唱をやめなさいミュート


 タクは一瞬言葉に詰まったようになり、詠唱がキャンセルされる。


 有明は警告を無視したタクの股間を蹴り上げた。彼は奇声を上げて泡を吹き、白目を剥いて失神する。「制圧」の範疇には入るだろうか。


「この子ったら乱暴なのよ。大人しく言うことを聞いた方がいいわ」


 林は肩をすくめた。


「杉谷さんはおとなしくしてくれるよね。私は暴力が嫌いだから」


「……有明朝日、お前、覚えたぞ。警官のくせに罪もない市民を投げて殴って蹴ってタマ潰したんだぞ、懲戒免職モノだよなあ! 今から言い訳でも考えておけ! 俺は心が広いからとっとと消えれば許してやっていいが、居座るならこの暴行をネットに晒して人生メチャクチャにしてやるからな! さっさと失せろこのビッチ!」


「やれば。録画あるから。裁判官はどっちを信じると思う」


 有明は天井を指した。不可視の魔術カメラがあるのだろう。

 

「クソビッチ――」


 杉谷もタクのように詠唱を始める。


「やめて」


 有明はさっと屈み、床に転がる杉谷の胸倉を掴んで投げた。杉谷はゴミのように店外へ放り出され、スタントマンのようにごろごろ転がる。

 駐車場の白いワゴンから複数の警官が降車して、杉谷に駆け寄った。

 渋い顔の林が有明の傍に寄る。


「有明さん、また始末書じゃない?」


「向こうが先にやってきたんだよ。正当防衛」


 有明は一仕事終えたように首をこきこき鳴らした。


「店員さん、いいかな」


「あっはい」


「ご迷惑をお掛けして申し訳ないけど、私たち警察で……」


 その時、店外からバシュっとスプレー缶に穴を開けたような音がする。杉谷の周囲に黒い煙幕が立ち上った。逃走用の魔術だ。

 煙はあっという間に広がって周囲の視界を奪う。


「店員さん大丈夫――」


 有明は煙を吸って噎せ、言葉を続けられなくなる。林が魔術で風を起こして煙を払うが、時すでに遅し、杉谷の姿はなかった。


 迷惑配信者の二名、トシキとタクは警察のワゴン車に連行される。別の警官が杉谷を追跡することとなった。

 サタケ立ち合いで現場検証が始まる。


「ごめんなさい、サタケさんだっけ。ケガない? 大丈夫だった?」


「全然大丈夫です」


 サタケの言葉に、有明は少し表情を緩ませる。


「ならよかった。あの杉谷って迷惑配信者なんだよ。あいつの昨日の配信を見て、ここに来るって割り出したんだけど……とんだ迷惑起こしちゃって。どういえばいいか」


「全然大丈夫です」


 何を言われてもそう答えるサタケは、仮面でも付けたかのように無表情だった。




 しばらくして、店長が車でやってくる。有明と林は事情を説明した。説明を受けても、店長としては「そうですか」としか言えなかったようだが。


 見分が終わったのち、店長はサタケに帰宅を指示した。店長曰く「修理しないと店が開けられないから休業」「再開日が決まれば電話する」「休業中の給与は保険金で処理予定」とのこと。


「あっはい」


 サタケの返事はそれだけで、無表情のままだった。彼はバックヤードで黄色パーカーとジーンズの私服に着替え、三名の元に戻る。


「お疲れ様です」


 サタケは一礼して店を出る。駐輪場のサビサビなママチャリに乗り、きこきこ漕いで去った。

 有明と林はサタケが去った方角をじっと見つめる。 


「林さん、あの人、気になりませんか? ユグドラのサタケを思い出したんですが」


「苗字が同じだけでしょう? あのサタケさんに力があるなら杉谷に反撃していたはずよ」


「ですが、声が似てる気もしたんです」


「主観は証拠にならないわ。理由があれば声を録音して分析に掛けることも出来るわね。でも、被害者の声を録音するのは道理に合わないでしょう」


「です……ね」


 警察はユグドラの件やサタケの存在を認識している。しかし、サタケには悪運があった。ダンジョン外では異能が使えないという制約が疑惑を逸らした。




 警察にマークされているとは知らず、サタケは道すがらに思った。

 杉谷許すまじ。二回目のサタケ・チャンネルは杉谷のミンチだ。とは言え、俺はダンジョン内でないと能力使えんのよな。杉谷が都合よくダンジョンに潜ってくれないと無理……。


 無念な表情でママチャリを漕ぎ漕ぎするも、サタケは天啓を得て「あっ」と声を漏らした。

 杉谷はダンジョンに潜って警察をやり過ごさないか?


 サタケは顔をニヤつかせ、ママチャリを立ち漕ぎし始める。

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