詐欺的動画2148

 迷宮ダンジョンは犯罪者を助けるという。理由は二点ある。


 一点目、ダンジョンは警察の目が届きにくいこと。

 迷宮内では警官の殉職率がハネ上がる。犯罪者だけでなくモンスターも相手にしなければならないからだ。


 だから警察は、犯罪者がダンジョンに逃げ込んだときに追わない。ダンジョン周辺に設置された監視カメラで犯人を出待ちする。またはダンジョン警邏を主とするNPOギルドからの情報を待つ。


 この施策は迷宮適性値を有する貴重な警官の殉職率を下げた。日本側のプレイヤー犯罪取り締まり強化にも繋がった。だがダンジョンの無法地帯化が促進された。

 ダンジョン無法化問題は日本だけでなく世界の問題とされているが、どの国も妙手を思いつけないでいる。


 二点目、一部のダンジョンは相互接続されていること。

 逃走者はダンジョン伝いに遠方へ逃げられる。


 これらの要因から犯罪者はしばしばダンジョンに逃げ込む。行方不明になる者も相当に居たが自業自得だろう。


 サタケもこの話を知っている。だから杉谷はダンジョンに逃げると感づいた。


 夜の帰路、ライトもつけずに自転車を立ち漕ぎするサタケの表情には、ランナーズハイのような喜悦があった。

 家で準備をしてから杉谷をキルする。これしかない! 楽しくなるぞ!




 老朽甚だしいアパートの外階段を上がり、「借金返せ」の張り紙がたくさん貼られた扉を開け、サタケは自室に戻る。


 サタケは肩掛け鞄を放り出し、敷きっぱ布団へ寝転がり、ポケットからスマホを取り出した。ブラウザに「スギタニ 配信」と入力する。


 サタケは杉谷の逃走経路を「半分だけ」予想できていた。


 錦糸町のコンビニから現代美術館跡地にあるダンジョン「現代絶命館」へ向かう。

 ダンジョン間を結ぶ連絡門を通り、東京テレポート駅跡地にあるダンジョン「東京ヘルゲート」へ進入する。ここまではわかった。

「東京ヘルゲート」は各地のダンジョンと繋がるハブで、逃走にはうってつけだ。


 杉谷が「東京ヘルゲート」からどこへ向かうか、それが分からない。

 サタケは無い知恵を絞って妙案をひねり出した。

 アーカイブ配信を見たら杉谷の行動が読めるかもしれない、あいつがどこへ行くか推測できるかもしれない――そう考えてスマホ検索を行った。


 検索にヒットあり。本人が言っていた通り、杉谷のチャンネル名は「チャンネル大義」。

 コンセプトは「正義の体現者たる杉谷聡志が世のクソ野郎を正す」というものだ。ブログやレビューを見る限り「保守層」への受けが良いらしい。

 特徴はライブが一切ないこと。「収録」のみ。


 名前が気に食わなかったものの、サタケは「チャンネル大義」のページを開く。

 動画のリストがスマホに表示された。トップは昨日のコンビニの件らしい。タイトルは「レジ前で居眠りするクソなコンビニ店員に物申す」。


 居眠りって山形の件か? 居眠りしてないだろ……と思い、嫌な予感はしたものの動画のタイトルをタップして再生を始める。


 サタケの嫌な予感は当たる。動画は完全に「フェイク」だった。

 コンビニの件はこんな動画にされていた。


―――――――――――――――――

 杉谷が店内に入る。

 レジ前では、パイプ椅子に座ったコンビニ店員――山形が居眠りをしていた。


「お疲れのところ済みません! 店員さん、煙草買いたいんで起きてもらえますか!」


 杉谷の声掛けに山形は目を覚まし、けだるげにつぶやく。


「うるっせえな、あんた。別の店行ってくれよ……」


 杉谷は思いっきり台を叩き、糾弾するように山形を指差した。


「あんた名札見せろ。ああヤマガタ……ヤマガタ、お前にひとこと物申す! お前はいつもこんな接客をしているのか? お前の居眠りを見て客が何と思うか分かるか? ガッカリして二度と来ねえよって思うはずだ! お前は客を不幸にした、まずはその点を反省しろ! 次に、お前は店に被害を出したも同然だ! 雇ってくれた店長に申し訳ないと思わないか? マジメに頑張っている同僚にも申し訳ないと思わないか! いい歳なんだろうアンタ、客も店長も同僚も、誰も幸せにしない生き方を改めようと思わないのか、少しは気合を入れて接客をやれ、周りをガッカリさせるのはやめろ――」


 杉谷の「説教」が進むうち、山形の表情が神妙な面持ちに変わる。反省しているのがわかる。これが杉谷の「手心」らしい。

 山形は椅子から立ち上がり、腰を深く曲げ、謝罪のお辞儀を行った。


「申し訳ありません!」

―――――――――――――――――


「フェイク動画かよ。AI生成か? ありえねえ。わらう」


 サタケは汚物でも見たような気分になり、動画を一時停止した。




「チャンネル大義」はAIで正義を偽造する。

 手口はこのようなものだ。


 まず、素材となるシーンを録画する。

 録画データを元に、AIで嘘動画をいくつも生成する。

 AI生成の動画は内容がバラ付くため、複数の動画から面白いシーンを切り張りして一つの動画とする。


「チャンネル大義」がライブをしない理由は偽造ができないからだ。


 杉谷の動画は無駄にクオリティが高く、知らない人が見れば、バラエティ番組以上のスカっと感があった。視聴者はレビューなどの通り保守派の男性が多いようで、動画へのコメントも「右」寄りだった。

 被害者が杉谷の動画を見れば、警察に被害届を届けたくなるだろうが。




 杉谷の嘘動画に、サタケはスマホをぶん投げたくなった。


 こんなカスがチャンネル登録者数七十万とかふざけんな。

 俺なんかヤラセなしのマジ殺しで視聴者数ゼロだ。杉谷の動画、昨日のコンビニの件は四万人も見たらしい。

 理解できん。視聴者全員ボンクラか。嘘くらい見破れ。

 お前らは杉谷のウソ動画見る前に俺のガチ動画を見ろよ。ふざけんなカスどもが。


 苛立ちからサタケは「あいつぜったいころす」と呟きつつ、杉谷の潜伏先のヒントを得るために別の動画を見始めた。


 サタケはいくつもの動画を流し見する。過去動画のコメントにヒントらしきものがあった。

「チャンネル大義」の旧名は「迷宮エクスプローラーズ」。

 何かをきっかけに、杉谷はダンジョン配信をやらなくなったらしい。


 改名のきっかけを探すため、サタケは初期から中期の配信をチェックした。

 初期の動画は視聴者数が低く、一万にすら達しないものが多い。中期から「物申す」系のタイトルが現れて、視聴数は大きく伸びていた。


 サタケは一覧を見て、どの動画から視聴者数が伸びたかを確認する。


「チャンネル大義」の動画で最も視聴者数が多いのは「死体漁りルートするクソ野郎に物申す」。

 ダンジョン「品川大絶海」で死体漁りルートする探索者を見つけた杉谷が、相手をさんざ罵倒せっとくして遺品を戻させる動画だ。

 探索者や配信者プレイヤーならば「モンスターにやられたパーティの生き残りが仲間の遺品を持って撤退する」場面だと見当が付くのだが、杉谷は「死体漁りやめろ」と迷惑系のイチャモンをつけた。

 これがハネた。

 視聴者数が伸びた「死体漁り」以降、杉谷はダンジョン配信をやめて「物申す」ばかりを配信するようになったらしい。


 サタケは察した。

 あいつ、ダンジョン配信で売れなかったから「物申す」をやりはじめたんだな。


 もちろん「物申す」相手がしょっちゅういるわけもないため、杉谷はAI生成に手を染めたらしい。視聴者数欲しさの悪行だろう。

 サタケは杉谷研究家ではないから、それ以上は考えないことにした。


「あいつ『品川大絶海』にいるな」


 それさえわかればどうでもよかった。


 サタケはスマホでダークウェブ接続用の「RVブラウザ」を起動する。

 前回の配信で視聴者が付かなかったサタケは、ダークウェブに宣伝をネジ込むつもりだった。


 ダークウェブの大手掲示板クローン「RVちゃんねる」へ行き、プレイヤーキル板を開いて「キル配信予告」スレに配信予定時間と「新サタケ・チャンネル」へのURLを書いた。

 サタケは汚らしく口を歪める。

 今回は誰かが見るだろ。一発でバズる。間違いない。きっとニュースになる。

 視聴者数百万人を想像したサタケは、おかしな笑い声を止められなくなる。

 

「よし、やるか……!」


 サタケは勢いよく起き上がり、畳に放り出した鞄を拾い上げた。

 冷蔵庫から五百ミリペットボトル入り配信ポーションを取り、鞄に放り込む。

 部屋を出た。


 サタケのプランはこうだ。


「現代絶命館」から「東京ヘルゲート」を経由して「品川大絶海」へ向かう。

「品川大絶海」で杉谷を探し、プレイヤーキルのライブ配信を行う。


 もうすぐ深夜で、外は真っ暗だった。

 サタケは駐輪場に向かい、サビだらけママチャリに跨ってアパートを離れる。ペダルが重くなるから自転車のライトなんて付けない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る