クレイジークレーマー

 東京は錦糸町、牛乳パックのマークが目印のコンビニがサタケの勤務先だ。

 青い制服のサタケはコンビニのバックヤードでスマホをいじっている。休憩時間中のようだ。

 

 サタケのスマホ画面には「アカウントは削除されました」の表示が出ていた。

 大手配信サイトウィーチューブ運営によるアカウント強制削除アカBANだ。


「……はぁぁぁぁぁクソが死んでしまええええぇぇぇ」


 一日も経たずにBANとかふざけんな。滅びろ。

 サタケは歯ぎしりしながらスマホを睨みつけた。削除された事実は変わらない。床に投げつけたいのをこらえ、スマホを乱暴にポケットへねじ込んだ。


 結局は視聴者数ゼロか。俺の動画を見ろよカスリスナーども。いや……初回はそんなもんか? 何度かキルしないと分からんな。くそ。


 サタケは席を立ってレジへ向かう。交代のためだ。

 今レジにいる山形は白髪が目立つ細身の中年で新人だ。コンビニのバイトをする歳には見えない。訳ありなのかもしれないが、サタケにはどうでもよかった。


 怒声が聞こえた。サタケは「出たくないな」と嫌な気分になりつつ、観音開きのドアを押す。

 レジでは山形が深々とお詫びのお辞儀をしていた。

 客は背広姿の三十代男性だ。

 

「申し訳ございません。わたくし働き始めてから日が浅く『いつもの』がどちらの煙草かを承知しておりません。お手数ながら後ろの番号をお教えいただけますでしょうか」


「は? 別の子なら『いつもの』で頼んだら済むのよ。俺はそのくらい常連なの。そういうのってお店内で共有するの常識でしょ。あんた名札見せろ。ああヤマガタ、ヤマガタ。覚えたぞ。おい今すぐ店長を呼べジジイ」


「いえ、それは……」


「いえって何を反論するつもりだヤマガタ、俺は有名プレイヤーなんだが。後で杉谷聡志で検索しろ、チャンネル大義のスギタニ、登録者数七十万のスギタニだ。俺のバックには七十万がいるし、みんな俺の配信を見てるのよ。配信で晒したらお前は一生就職できなくなる。年金は大丈夫か? こんなところでバイトしてる程度なら無いんだろう。だが俺の知ったことではない。今日の晩に晒してやるから覚悟しろ。お前の人生は詰んだ。だが、今謝ったら少しだけ手心を加えてやってもいい。まず頭下げろよジジイ!」


 杉谷は顔を真っ赤にしてまくしたてる。威圧のマシンガントーク。メンタルの弱い者はこの手の話法で落ちることがある。


「失礼いたしました、反論などございません」


「違うだろまずは煙草の件だ! 分かれよジジイ、謝るならもっと声出せ!」


「申し訳ございません!」


 言葉のマシンガンに屈したように山形は腰を折り、深々と頭を下げる。

 心が折れたのを察したか、杉谷は嗜虐的に唇の右端を釣り上げた。


 杉谷は再び怒鳴り散らかす。山形は何度も謝罪をした。

 サタケは棚から「ブルー・ストライク」という煙草を取ってレジカウンターに置く。うるさいから早く終わってほしかった。


「すみませんお客様、これですよね」


「ああ、それそれ。やっぱ分かってるわ。ごめん名札見せて……ほらサタケくんはちゃんとしてるわけよ。サタケくん見習えよヤマガタ。これだからジジイは」


 サタケは「ありがとうございます」と礼をしつつ、ちらと山形に目を向ける。山形はカウンターすれすれまで頭を下げた謝罪ポーズで微動だにしない。

 サタケ的には「めんどくさい」以外の感想が無かった。


「申し訳ありません、僕に免じて、今日はご勘弁いただけませんか」


「仕方ないなあ。今日は許すけど次は無いぞヤマガタ。名前覚えたからなヤマガタ。次にやらかしたら一生働けないようにするからな。分かったかヤマガタ」


 杉谷はじゃらっと小銭をカウンターに置き、煙草を引っ掴んで店を出た。レジにはぴったり七百円が残される。

 恐怖感からか、山形はしばらく謝罪ポーズを続けていた。


「もういいんじゃないですか? めんどくさいんで山形さん休憩行ってください」 


 山形はよろよろバックヤードに引っ込む。


 その後、二人はいつも通りに業務を片付け、次のシフトに交替して帰宅した。 




 翌日の朝、サタケは店長から電話を貰う。

 山形が辞めた、穴埋めのクルーはいない、だから今日の昼はひとりで何とかしてほしい……と告げられた。

 勤務先へ向かう途中、仕事が増えるのを苛立たしく思ったサタケは、サビだらけのママチャリに乗りながら電柱とか金網とか生垣とかを蹴っ飛ばした。




 繁忙となる十二時から十三時、ワンオペのサタケはいつも通りダラダラやった。レジには長蛇の列が出来る。レジ打ちの遅さにキレたある客が露骨に舌打ちする。列待ちに嫌気した別の客は商品を戻して店を出た。

 サタケにはどうでもよかった。昼休みの時間帯にワンオペとか無理だって。知らんがな。




 昼下がり。

 杉谷が仲間二人を連れて来店する。全員が背広。杉谷はきちんと着ているが他の二名はザコっぽく着崩していた。

 サタケはクソだるいと思ったが、営業スマイルでいらっしゃいませと挨拶する。


「ああサタケくん『いつもの』」


 杉谷は少し前からコンビニに来るようになった。態度が横柄だったから注意していた。サタケが煙草の銘柄を覚えていたのはそのためだ。


「はい、いつものですね」


 サタケは素早く「ブルー・ストライク」をレジカウンターに出す。さっさと帰ってくれることを祈った。

 杉谷は七百円を払って煙草を取り、ズボンのポケットにねじ込む。ニヤニヤいやらしい顔つきで、居座りそうな雰囲気が出ていた。


「サタケくん、あのジジイどこ? 今日は出勤? 仲間内で話になって、老害は分からせないとダメだなって話になったのよ。店長さんと一緒に呼んでもらえる?」


「いえ、それがですねえ……」


 そのとき、二人の客が入店した。

 ひとりめはポニーテールで背の高い、リクルートスーツの女性だ。

 ふたりめは少し年上で、キャリアウーマン風のショートヘアな女性だった。

 サタケは横目で入店を捉えたが、杉谷らへの対応で厳しく、挨拶の暇はなかった。


「山形さん昨日で辞めちゃったんですよ」


「それは困るなあ。すぐ呼べない?」


「あの人は店と関係ないんで、申し訳ないんですが、難し」


 杉谷は大げさに舌打ちした。


「だからさあ、昨日もそうだったけどこの店ってお客様に反論するのがウリなの? 呼べって。お客様は神様って分かるよね、サタケくんはあの老害より頭いいでしょ。何ならサタケくんがヤマガタの代わりにサンドバッグになってくれるのかな?」


「それが」


「グダグダ言うな、やれ」


 杉谷はレジ越しにサタケの胸倉を掴んだ。

 このクソ野郎、絶対に殺す。

 そう思ったサタケだが、ダンジョン外では異能が使えず手の打ちようがなかった。


「……わかりました。電話させてもらっていいですか」


「賢いね」


 杉谷は手を離した。

 サタケはバックヤードに引っ込み、少ししてからレジに戻る。


「いったん店長が来るそうです。山形さんはわかりません。二十分ほど掛かりますが……」


「いいよ。待つから」


 迷惑客の三人はレジ前に居座って談笑を始める。会話の中に気になる発言があった。


「今回は久々に視聴者数よかったんだよな。ブザマ老害ざまぁ編って名前にしたら数字が出たからこの内容で押したい――」


 サタケは察する。

 杉谷の暴言や呼び出しは「収録」が目的らしい、と。

 世の中には下らん動画を作る奴がいるんだな……自分を棚に上げ、サタケは心中で三人をあざ笑った。


 迷惑配信者三人の後ろに、先ほど入店した女性二名が並ぶ。二人とも缶コーヒーやサンドイッチを手にしていたが、迷惑系三人が退く気配はなかった。


「すみません、次のお客様の会計やらせてもらってもいいですか」


「サタケくん、あのさあ、キミは俺らの接客してるよね。終わってないから。俺が間違ってる? 間違ってないよね。後ろなんか放置したらいいの。どっか行くでしょ」


 杉谷の発言は聞こえたはずだが、後ろの二名の表情は変わらない。


「林さん」


「有明さん、やります?」


 ポニテの有明と、ショートヘアの林は頷きあった。

 有明はサンドイッチと缶コーヒーを棚に戻し、店内をぐるっと大回りする。胸元のタイピンへ「始めます」と呟いてレジ前へ移動し、杉谷の前に立った。 


「杉谷聡志さん、上の魔術カメラを仕舞って。威力業務妨害の現行犯」


「は? ふざけんな、お前ダレ様だよ」


 杉谷は苛立ったように掴みかかる。有明はその手を払い、杉谷の胸倉を掴んでぶん投げ、床に叩きつけた。

 

「警視庁迷宮部、安全対策課の有明朝日。暴行罪と公務執行妨害も追加だよ」


「……」


 投げ倒された杉谷は観念したように目を瞑るが、

 

「くそ、トシキ、タク、やれ!」


 悪あがきの指示を出した。

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