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「音と声がするんですか? それで困っている、と?」
確認するように問いかけてくる男の言葉はいったん無視して、私は手元のアイスティーに口を付ける。
「初めから話すよ。長話になるかもだし、あんたもなんか飲み物買ってきたら?」
「無言電話に迷惑メール、SNSへ嫌がらせのようなDMが届くようになって、心当たりがないわけでもなかったんだけど面倒だったから放置してた。そしたら夜道にあとを尾けられるようになって。ストーカーっぽいけど、実害が出てないから警察行くのも無いかなって。でも鬱陶しいことこの上ないから、引っ越すことにしたんだよね」
「それは大変でしたね」
男のホットコーヒーから香ばしい匂いがたちのぼっている。
どうしてこんなにおいしそうな匂いがするのに、コーヒーっておいしくない上に苦いんだろうか。
「そう、大変だった。引っ越しってこんなにお金がかかるだなんて思ってなくてさ。だからといって妥協し過ぎるととんでもない物件に行き当たるし。そうこうしている間も四六時中監視されてるような気がして落ち着かない。さすがに参りかけてたんだけど、いくつかお世話になっていた不動産屋の一つから、希望に沿いそうな部屋にちょうど退去者が出て空きになった、即入居可能だよって連絡もらったんだ」
私は一度アイスティーで舌を湿らせた。
男もコーヒーカップを持ち上げてから、カバンからちゃっかりとダースを取り出して一粒口に放り込む。
甘いものに口元が緩んでいる様子がなんかムカつく。
「物件は予想以上に良かったよ。値段も希望より少し安かったくらい。一も二もなく飛びついた。他の人に取られたら嫌だったし。入居して最初の数日間は何もなかった。まあ、荷下ろしだなんだと忙しくしてたから気付かなかっただけかもしれないけど」
男が私にダースの開いた箱を傾ける。
私はありがたく二粒つまんで素早く口に放り込んだ。
「夜も更けた時間だった。私は寝てたんだけど、ベランダからする音で目が覚めてしまったんだ。
さっき読んでもらったやつと同じでさ、ゴト、リ、ゴト、リって。大きな音でもなかったんだけど、妙に耳につく。
なんだ? って思った。でもそれがベランダから聞こえてくるって気づいて、さすがにちょっと焦ったね。引っ越したばかりなのに、もうストーカーに特定されたのかって。ベランダで何してるのかは知らないけどさ、放置するわけにもいかないって思った」
ダースの箱をカバンにしまうと、今度はキャラメルの箱が出てきた。
こいつはお菓子屋さんか何かなのか。コーヒー一杯に対してどんだけ甘味を楽しむ気なんだ。
「でも、いざ立ち向かおうにもどうしていいのかわからない。怒鳴りつけるか? 逆上したらどうする? なにか武器になるものを持っていれば平気か? いや、ろくに喧嘩なんてものしたことがないのに、頭のねじが何本も飛んでるような奴相手に通用するのか? ぐるぐると考えているうちに頭がこんがらがって来て、とりあえず何をしているのかだけでも確認してみようと、カーテンの隙間からそっと覗いてみた。
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