伝説のロッカー

 「すげーな、これ、すげーな」

 カオリンが興奮して目をキラキラ輝かせている。


 踊るフィギュア・クリムが、『サマルカンド・ブルー』の新装オープンを飾るイベントで初めて披露された。


 特設会場にちっちゃなクリム千体が縦と横に等間隔にきれいに並べられて、その時が来るのを静かに待機していた。

 「—— なんだろう?」会場からお客さんのつぶやき声。


 定刻の瞬間、会場にポルテP「くりくり狂想曲」が鳴り響いた。

 それまで静止していた千体のフィギュアたちが一斉に踊り出し、「くりくり狂想曲」のMVを一糸乱れず再現し始めた。

 カクテル光線が場内を埋め尽くす。


 一気にヒートアップする会場。


 その直後、舞台の中央からクリムの等身大フィギュアが6体、ゆっくりとせり上がってきた。まだ6体はそれぞれのポーズで静止している。

 6体がライトアップされた直後、爆発するように躍動しはじめた。

 6体が6体とも独自の振り付けでありながら、それぞれのフィギュアと息ぴったり絡み合う、圧巻のパフォーマンス。


 テンションが上がった会場からは「くりくり狂想曲」を一緒に歌い、踊り出す人たちが続出した。



 最前列に先日の Kriemer 高校生2人組も張り付いて声援を送っていた。


 両手に持ったお手製うちわを盛大に振って、会場を盛り上げてくれている。

 うちわのひとつは『クリム様』。もうひとつは『ポルテ先輩』。


 「わたしのうちわ ——、嬉しいけど恥ずかしいからクリム様のにして ——」

 舞台の袖で、ポルテがひとり身もだえていた。


 次の曲となった。今度は流行はやりのダンスミュージックだ。

 ちいさなクリムたち  ちいクリ  千体が、今度はばらばらに、思い思いに踊り狂いはじめた。

 ばらばらに踊っているように見えながらも、全体を俯瞰から眺めると坩堝るつぼのようにあちらこちらに熱気が渦巻いては流れていき、全体が熱量のタペストリーを織りなす。

 ちいクリ目線のローアングルで近くに寄るテレンビ カメラ魔道具が映し出すダンスシーンが会場の大型スクリーンに流れている。

 ひとつひとつのちいクリが恍惚とした表情を浮かべ、上気させながら、カメラに寄っては後ろに流れていく。


 —— 曲が終わり、次の曲が始まる。


 曲が変わるたびに、千体のちびクリと6体の等身クリムが、それまでと全く異なる新たなパフォーマンスを魅せつけ、見るものを飽きさせなかった。



 —— ラスト曲、ポルテPの最初の神曲「ギガントマキアに恋して」が流れた瞬間、観客から一斉に喚起が巻き起こった。

 会場は最高潮の盛り上がりをみせた。


 突然、それまで踊っていた6体の等身クリムのうちの1体が、踊りながら舞台の前面に流れるように進み出てきた。

 口元にはダンスパフォーマンス用のヘッドセットマイク。


 「みんな最後は一緒に歌って ——!!!」


 クリムが絶叫する。

 1体が本物のクリムだったのだ。


 そこからはもはや観客全員が主役であった。


 神曲「ギガントマキアに恋して」が終わりに近づく。


 ちびクリ千体と等身大5体とリアル・クリム、観客全員で心をひとつにしての「暴食の嵐——!」絶叫エンドは、ダンジョン・ティンブクトゥの歴史に残る伝説のライブとなった。


 前日から千人が徹夜で開場待ちしたこともあり、この光景は世界中のテレンビ・ニュースに盛大に取り上げられた。


 —— その1日だけで1万体の踊るクリムが Kriemerクリム信者 に召された。



 新生『サマルカンド・ブルー』、大成功であった。



       ◇◆◇◆◇


 クリムは大成功を収めた『サマルカンド・ブルー』新装オープン後もその手を緩めなかった。


 様々な要望を取り入れ、『サマルカンド・ブルー』に次々に新しいショップ、新しいサービスをオープンした。



 中央に『Kriem Water』が湧く泉があるのが印象的な冒険者のアイテム交換所 兼 憩いの場としての『バザール』。


 そして、今や『バザール』の円形ドームの周辺をぐるっと囲むような構造で、『サマルカンド・ブルー』の店舗群 大小約50ショップがきれいなドーナツ形の円弧を描いて軒を連ねていた。


 上空から見ると、中央のきれいな白色のドームを取り囲むように、ブルーに染まった建物が幾重にも円を構成している。



 『サマルカンド・ブルー』の仲間に加わった新店舗には、コヒショップや武具レンタル、シャワールームなどなど。



 その店舗群の中でもひときわ大きく、ひときわ目を引くのが、最初のドロップアイテム買取所から端を発した『アイテムトレーディングセンター』と、総合販売ショップ『デパート』、そして邪聖クリム様公式グッズショップだ。


グッズショップは、遠方からも人を惹きつけ、Kriemerクリムっ子 界隈で『聖地』と呼ばれていた。



       ◇◆◇◆◇



 クリムは、ジャンたち、仲のよいパーティーを招待して、比較的小規模な発表会を行った。


 「—— もうクリムが何をやっても驚かないけどな」

 ジャンはそう言いながら、興味津々で何が発表されるのか楽しみに『バザール』にやってきた。


 しかし、いつもの『バザール』や『サマルカンド・ブルー』から大きく変わったところは見つからなかった。


 目の前に、絹の布で隠された四角い箱状の何かがあるのは分かる。

 しかしその大きさから想像するに、クリムが今まで仕掛けてきた数々の大規模なサプライズと比べ、今回はびっくり箱としてはどうしても小さなものに思えてしまう。

 せいぜい2メートル四方の箱に何が入っていても今さら驚かないだろう。


 「それまでクリムがやることなすこと、驚きの連続だったからな。期待しすぎて基準が厳しくなってるんだろうな、俺も」


 『聖女の宅急便』サービスに始まり、『Kriem N°5』の世界的ヒット、そして、この発表会の舞台である『バザール』『サマルカンド・ブルー』をわずかな期間で立ち上げてしまうその企画力と行動力にはいつも驚かされた。


 そして、新たな伝説となった先日の『サマルカンド・ブルー』新装オープンイベントだ。


 今回の発表が少しくらい小ぶりであっても、それはそれで普通に考えれば充分楽しみだ。



 ジャンは気を取り直して発表会の席に座った。

 周りには既に数十人の知り合いが同じように席に座り待っていた。


 報道のひとも回りに陣取っている様子。テレンビ配信魔道具も複数台設置されているのが目に入った。


 —— 発表を待つ間の、興奮を抑えきれないとでもいうかのような周りのざわざわが耳に心地よかった。


        *


 定刻通り、クリムが登壇した。


 「今日は、まずこちらの紹介をしたいと思います。私たちが展開する『バザール』『サマルカンド・ブルー』に次ぐ第三の柱となる新事業です」


 想像していたとおり、絹の布で覆われた四角形の箱を指し示した。


 「これはたぶん、このダンジョンを利用している冒険者のみなさんが、夢にまで見ながら、そんなものはできないだろうと諦めていた画期的なサービスです」


 ずいぶんともったいぶった言い回しだ。

 仮にそれほど熱望していたサービスだったとしても、あの箱の大きさから想像するにスモールスタートになること間違いない。


 2メートル四方の箱だとすると、せいぜい人がひとり入るくらいで一杯一杯だ。

 『サマルカンド・ブルー』に最近新設されたシャワールーム一人分ですらあれよりも大きい。


 と思いながらも、クリムであればその予想をいい意味で裏切ってくれる予感もしていた。



 「これはほんの入口にすぎません ——」

 クリムが続ける。


 掛けられていた布を大きな動作でさっーっと剥がした。



 布の下には、大きく口が開いた本物の「入口」があった。



 「さあ、実際に中に入ってご覧ください」

 クリムが手招きをする。


 クリムが先頭に立ち、「入口」の中に入っていった。


 発表会の座席の周囲に配置されていたスタッフが「どうぞ、ご覧ください」と言って、立ち上がって「入口」に向かうように案内する。


 ジャンはその案内に従って、「入口」に向かった。

 わくわくが止まらなかった。



 すでに10人ほどが「入口」に消えていた。

 ジャンもそのすぐ後から「入口」に入る。


 すぐに階段があった。緩やかな勾配だ。

 前を歩くひとにぶつからないよう、ゆっくりと階段を降りた。

 中は壁沿いに明るい照明魔道具が設置されていて足下もよく見えた。

 

 階段が終わり、地下に到着する。

 地下は広い空間になっているようだ。


 「できるだけ奥に入ってください」

 クリムの声がする。


 奥に行くと、照明魔道具が消されているのか、かなり暗かった。


 クリムの手元に自分の魔法で付けているであろう灯りがひとつあるだけ。

 そのか細い光は近くに集まっている人々の顔は互いに充分見えるが、壁や天井までは届かない微妙な光量だった。


 全員入るまで少し待ったが、入口の階段も歩きやすく、奥も広々していたので混乱もなく、すぐにクリムの近くに全員集まることが出来た。


 「ここは、先ほどまでいた『バザール』の地下となります。よくご覧ください」

 クリムはそう言うと、灯りを強くした。と同時に、今まで消されていたと思われるこの空間の照明魔道具が徐々に点灯した。

 ほわっーっと明るさが増す。


 「————————!」


 浮かび上がったそれは、円筒形にくりぬかれた広い空間だった。


 『バザール』は半径10メートルほどの円形だ。

 しかし、この円筒形の半径は優に100メートルほどありそうだ。


 たぶん『サマルカンド・ブルー』の青タイルの店舗が並んだドーナツ形の外周あたりまで入っているのだろう。



 クリムが話しを続ける。


 「今日は、このスペースの大きさを見てもらうためにあえてがらんどうにしていますが、ここには冒険者に長期間貸し出すためのロッカーを常設します。数千人分のロッカーが設置されます。ロッカーにはいつでも自分のロッカーに自分の荷物を自由に出し入れ出来ます」



 ロッカー!


 確かに夢に見たものではある。

 アメーバーによりダンジョンに施設が設置できないのが今までの常識だったので諦めていたが、確かにクリムが発見したポーション水によるアメーバー被害防止方法であれば、ロッカーを持つ夢も叶うということか。

 目からうろこだった。


 しかも一気に数千人分も用意するのはクリムの豪快な行動力の賜物だな。


 全体の冒険者の人数を考えるとこの長期貸し出しロッカーが争奪戦になることは間違いない。

 しかしこのサービスは上級冒険者であればあるほどその恩恵が大きい。

 常にダンジョンに潜っており、深層で様々なタイプの魔物と戦うためにも、どうしても荷物が多くなるからだ。


 クリムが仮にロッカー利用権を競売にかけるのであれば、その価格は驚くほどつり上がるだろう。

 お金持ちである上級冒険者から順にロッカーの利用権を獲得し、残ったロッカー利用権をその下のランクの冒険者が購入していく図式になる。


 数千人分か ——

 自分も購入できそうかな?

 マップメーカーとしてダンジョン・ティンブクトゥでも名を馳せ、それなりのお金を持っているジャンは、自分より上にいる冒険者の人数を頭の中で妄想し始めた。

 きっと行けるぞ!

 まあ、どのくらいの金額になるか考えるだけで恐ろしいけど。


 自分専用ではなく、パーティーメンバ共用で購入してもよい。

 それであれば数分の1だ。


 そこではたと気付いた。

 ロッカーの大きさはどのくらいだ?


 クリムの横にサンプルとしてロッカー棚一式が置かれていた。


 「ロッカーの入口の大きさは、通常の60センチメートル四方のものと、長物が入る60センチメートル×120センチメートル、そして特大サイズの5メートル×5メートルの3種類を用意します」


 クリムが説明していた。



 「奥行きはどのくらいある?」


 「どのくらいの容量のものが入る?」


 「中に入れられるものの制限は? さすがに爆発しそうなものや匂い袋はNGだと思うけど」


 矢継ぎ早に冒険者たちからクリムに質問が飛んだ。



 「それがこのロッカーサービスのもう一つのサプライズです」


 クリムはにやっとして、みんなに聞こえるように声を大きくした。


 「このロッカーは、奥行き、容量、入れるもの、全て無制限です」



 その言葉で、一斉に多くの冒険者から質問が上がり、会場がヒートアップした。


 その熱気も当然であった。

 


 —— これこそ、みなが待ち望んでいた伝説のロッカーだったのだ。




———————————————————

次話『One more thing!』へ続く

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