One more thing!
「—— このロッカーは、奥行き、容量、入れるもの、全て無制限です!」
*
クリムが用意したロッカーには秘密があった。
ロッカーひとつひとつに専用の『胃袋』を設置したのである。
利用者は、ロッカーにものを入れているつもりでも、実際には『胃袋』にしまっている。
これが、奥行き、容量、入れるもの、全て無制限であるからくりだ。
『胃袋』の存在はまだ誰にも明かしていない。
今回も明かすつもりはないが、『胃袋』の正体を明かさずにどうすれば有効活用できるかを考えた結果が、このロッカー方式だ。
ロッカーに使う『胃袋』は、実は私の『胃袋』の複製ではない。
とうとう、灼熱竜の『胃袋』への偏愛的な研究が実り、複製ではない方法で『胃袋』をゼロから生み出すことに成功したのだ。
—— 答えは身近なところにあった。
『胃袋』は概念である。
そして『概念』を自分の想像力で形作ることが出来るのがオルタクリムだ。
オルタは今まで何百個もの『胃袋』を、工場の抽出工程用に作り替える作業の過程で、『胃袋』そのものの構造を完璧に理解した。
—— ある日、灼熱竜は思った。
『オルタなら、無からでも想像力だけで概念である『胃袋』を創造できるんじゃね?』と。
そしたら出来たらしい。
さすが『胃袋博士』だけはある。
ちなみに新しく生み出された量産型『胃袋』は私の『胃袋』とは全く繋がりがないので、人に貸し与えても私にはこれっぽっちも影響がない。実によい。
ただし、私の『胃袋』がいろいろなものを今まで吸収してきて、大きく機能が進化していることに比べると、量産型は出来ることは限られている。
抽出工程には使えない。
亜空間との接続や暴食の嵐にも使えない。
分解や解析も出来ず、当然複製も出来ない。
めっちゃ中途半端な『胃袋』だな、と思ったが、よくよく考えると私の『胃袋』がスライム時代に灼熱竜を喰らうことが出来るくらいすごかったのが異常であって、普通の『胃袋』はこんなものなのだろう。
量産型が出来ることと言えば、無制限にものを出し入れできることと、入れたものは外部にはもちろん、胃袋内でも互いに干渉しないという、アイテムボックスとしてごくごくシンプルな機能だけだ。
しかし、裏を返せば、人に貸しても問題ないアイテムボックスが無限に増やせるということではないか。
で、思いついた商売が今回のロッカーだったのだ。
利用者には『胃袋』や『アイテムボックス』ということを
*
「——『バザール』『サマルカンド・ブルー』と今回のロッカー、通称『サマルカンド地下大墳墓』。これらを総称して『オアシス』と呼ぶことにしました」
まだ先ほどの発表の衝撃から戻ってきていないジャンの頭には、今話しているクリムの声が遠くの出来事のように聞こえる。
この無制限ロッカーは、ジャンの想像の遙か上を行っていた。
さすが、クリムだ。今回は小粒の発表だろうと高をくくっていた自分をものの見事に裏切ってくれた。
パーティーメンバのためにも、このロッカーは手に入れなければならないな。
そう考えて早速会場を後にして仲間と相談しようと思ったジャンは、クリムの次のサプライズにさらに驚かされることになった。
「そして、ダンジョン・ティンブクトゥの冒険者へさらなるプレゼントです」
クリムはそこで一旦溜めを作ってから続けた。
「—— この『オアシス』を他の階層にも展開します!」
*
それを聞いた観客がさらにヒートアップした。
数千個ものロッカーの設置、そしてそれが容量無制限であることだけでも今日は十分な驚きだったのに、そのロッカーを『バザール』『サマルカンド・ブルー』とセットで他の階層にも作るだって⁈
「まずは5階層から30階層までの間に、5階層毎に『オアシス』を展開します。具体的には、新しく10階層、15階層、20階層、25階層、そして30階層に、この『オアシス』を作りますので、ぜひ利用ください」
ジャンは、この発表を聞いて、ロッカーを手に入れるための作戦会議のために早く帰る必要がなくなったことに気付いた。
数千人分のロッカーを奪い合うことになるかもなんて、想像した自分が恥ずかしかった。
クリムはいつもそんな小さなことはしない。
不足している商品を、みんなに入札させてできるだけ高く売り捌こうだなんてゲスなこともしない。
『オアシス』が6拠点もできるのであれば、ロッカーの数は数万個にもなる。
ダンジョン・ティンブクトゥの冒険者全員よりも多い個数だ。
—— 必ず余るのだ。
まともな経営者であればそんな無駄な投資はしないだろう。需要より少しだけ少なく供給すれば確実に値段は青天井になるのだ。
しかし、クリムは本気でこのダンジョン・ティンブクトゥを冒険者の楽園にしようと思っている。
『聖女の宅急便』でも『サマルカンド・ブルー』でも、クリムの商品の値段はどれも驚くほど良心的だ。
クリムが今までダンジョンにもたらした数々のサプライズには、必ず『冒険者ファースト』の思想が入っている。
日頃のクリムの行動をよく考えれば、冒険者の必需品となるこのロッカーをクリムが高い値段になるよう釣り上げるわけはないのだ。
—— 彼女の翼の生えた想像力には見えているのだろう。
近い将来、ダンジョン・ティンブクトゥを生きる糧として、数十万人にも増えた冒険者が安全に快適に人生を謳歌している姿が。
*
クリムがここでさらに声を上げた。
「—— One more thing!」
クリムの背景にでかでかと「One more thing...」の文字が浮かんだ。
クリムは今日一番の張りのある声で発表した。
「この『オアシス』に併設して、冒険者向け宿泊施設『ホステル』をオープンします!」
「「「オオオオォォォォォ——ッ!」」」
一番の大歓声が地鳴りのように響いた。
気がつくと、ジャンも大声で叫んでいた。
今日もう何度目だろうというサプライズの最後に、まだこんなサプライズがあるとは!
—— 冒険者にとって積年の悲願、ダンジョンでの快適な宿泊がようやく現実のものとなるのだ。
◇◆◇◆◇
数ヶ月前のクリムの発表通り、『オアシス』と『ホステル』が次々に開業された。
ジャンも仲間を誘って30階層の『ホステル』に泊まってみた。
今まではダンジョンの中と言えば全て野宿だった。
深い階層に潜れば潜るほど、危険な魔物が増え、野宿も難しくなる。
30階層でこれほど快適な朝を迎えたのは初めてだった。
力がみなぎっている。このまま強い魔物と今すぐ戦いたいくらいだ。
「この味知ってしまったら、もう野宿生活に戻れないな——」
30階層までの間は、5階層毎に『ホステル』が用意されている。
『ホステル』のすぐ隣には『オアシス』があり、好きな時に買い物や食事が出来る。武具の修理やドロップアイテムの交換・売買も行える。
中間の階層で無理して野宿せずに、『ホステル』のある階層をホームとして行動する冒険者が確実に増えていた。
この『オアシス』と『ホステル』の開業により、ダンジョン・ティンブクトゥの冒険者の生活の質は明らかに上がった。
◇◆◇◆◇
クリムは、さらなる手を打った。
『ホステル』が実質的な冒険者のための宿泊施設だとすると、そのもう一つ上の楽しみ方を提供したかった。
『ホステル』はいわば野宿の延長である。
冒険者にとってダンジョンに潜る理由は『魔物討伐』だ。
みんなそれが当たり前だと思っている。
しかしクリムにとってはそれがおもしろくない。
「単純にダンジョンの中にいるのが好き、って意見も尊重しなきゃね」
クリムは実際にはほとんど冒険者らしい冒険をしていない。
実力は冒険者の中でも群を抜いているのだが、魔物討伐よりもログハウスでのんびり本でも読みながら過ごしたり、友達と女子会をしている方がずっと楽しい。
クリムが冒険者になった理由はただ一つ、食うに困ったからだ。
食うに困っていない今は、のんびり悠々自適に過ごしたい。
ただし、クリムのような異端者はダンジョンの中で目立つ。
ダンジョンでは、他の人間はほぼ全て冒険者で、生きるか死ぬかの戦いに挑んでいる。
そのすぐ脇をかわいいワンピース姿で散歩している私が通り過ぎたりするのだ。
—— めっちゃ気まずい。
*
最初にダンジョン・ティンブクトゥに来たときは、冒険者は日常的に死を感じており、アドレナリン分泌過多のせいで、みんな目が血走っていた。
クリムはそれが嫌だった。
『聖女の宅急便』で、死亡者や治療できない大怪我を負うひとを大幅に減らした。
『オアシス』や『ホステル』で、安心・安全や、人間として最低限の生活水準をダンジョンの中でも満たすことができるようにした。
『オアシス』はその利便性だけ注目されることが多いが、実際には『オアシス』が一定階層毎にあるお陰で、冒険者の心理的安全性が大幅に高まっているのだ。
もう、ダンジョン・ティンブクトゥで、常日頃目が血走っている冒険者はいない。
*
次なる手は、ダンジョンのリゾート化だ。
保養を目的とするひとが出てくると、ダンジョン内の雰囲気がまたがらっと変わってくるはずだ。
気候が温暖で風光明媚な20階層に、ロングステイ専用の『コテージ』を作った。
リゾートとして楽しみたいお客を呼び込みたかったので、宿泊料金は思い切って高めに設定。
最短1週間。1ヶ月以上の滞在をお勧めするこの『コテージ』には、料金に見合うだけの贅沢なサービスを提供した。
世界的なリゾート地の超高級ホテルにもひけを取らぬラグジュアリー感。
近景は湖、遠景には山々が連なる景色はダンジョンの中とは思えない。
—— ダンジョンでのんびりくつろぐという最高の贅沢。
そんなキャッチコピーで、お金持ちの退役冒険者が多く訪れるようになった。
彼らはダンジョンを恋しがっていたが、もう冒険をするだけの気力・体力はない。
そんな彼らの晩年の楽しみ方として、『コテージ』が注目されたのだ。
若手の冒険家の中にもダンジョン攻略目的ではなく、悠々自適にダンジョンでの暮らしを楽しむ人々も現れた。
彼らはダンジャニアンと呼ばれ、素敵な暮らしぶりを紹介する雑誌『月刊ダンジャニアン』が世界中で人気を博すようになる。
もちろん創始者も命名者も雑誌刊行もクリムだ。
『コテージ』は密かなブームとなり、1年先まで予約で一杯となるのが常だった。
*
生粋の冒険者だけでなく、多種多様な目的を持つ人々がダンジョン・ティンブクトゥを訪れるようになると、次に課題となるのはダンジョンの難易度だ。
難易度で言えば、他のダンジョンの中層が、ダンジョン・ティンブクトゥの1〜3階層の最浅層レベルに相当する。
『コテージ』の20階層は言うに及ばず、『オアシス』などがある5階層に行くことですら、世間一般の冒険者から見ると、夢のまた夢なのだ。
ポルテが最初にダンジョン・ティンブクトゥを訪れた際、1ヶ月かかってようやく3階層までたどり着くのが精一杯だった。
この課題の解決のため、クリムはダンジョン・ティンブクトゥの退役冒険者に頼った。
「みなさんにチカラを貸してほしいんです」
集まってくれた元冒険者のみんなを前に、クリムは頭を下げた。
大怪我を負って、深層攻略を諦め冒険者を引退した人々が、故郷に帰るでもなく、ダンジョンの見える、ここティンブクトゥの地で定食屋や雑貨屋などを営んでいた。
彼らはダンジョンが好きであったが、片目や片腕がない状態では、満足に深層で魔物と戦うことは出来ない。パーティーの仲間にも迷惑を掛けてしまう。
しかし、泣く泣く冒険者を引退しても、結局はダンジョンのこの雰囲気が忘れられずに、こうしてなんだかんだ理由を付けて結局近くに居着いていた。
クリムがダンジョンの内外をいつもちょろちょろしている内に、そんな彼らといつの間にか懇意となり、孫のようにみんなにからかわいがってもらっていた。
そんなクリムの願いである。
彼らは快く引き受けてくれた。
上級の退役冒険者である彼らは大怪我により深層攻略こそ厳しくなっていたものの、30階層程度の中層であれば今でも目をつぶってでも行けるほどの卓越した熟練冒険者たちであった。
クリムの新サービス『ダンジョン・ガイド』は、話題的に大きく取り上げられることはなかったものの、それまでダンジョン・ティンブクトゥに来たくても諦めていた大勢の人々にとって、なくてはならないサービスとなった。
今日も、彼らが初心者に様々な知恵を授け、道案内し、初心者には厳しい魔物を追い払う。初心者が中級者となり上級者となっていく、その指導者ともなっていた。
年端もいかない
『コテージ』に泊まる年配の退役冒険者を安全に20階層に送り届ける。
彼らがいるお陰で、ダンジョン・ティンブクトゥを訪れる客層は見違えるほど豊かになった。
◇◆◇◆◇
クリムには、まだ誰にも明かしていない野望があった。
ここまで来てもまだまだ届かない大きな大きな野望だ。
「
—— クリムは走り続けるのであった。
己の終焉を己が一番楽しみにでもしているかのように
———————————————————
次話『悪魔との契約』へ続く
あと、残り話数わずかとなりました。
大いに励みになりますので、コメントやいいねなどもらえると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます